夏野菜

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これは何でしょう ?



何かの表面です。


素材好きとしては、こんな表面にも

『おおっ ! 』

とします。







正解は・・・・・

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かぼちゃ でっせ。




母の田舎から送られて来ました。

かぼちゃは目にも良いし、免疫力を高める効果があるらしいので、今の私にぴったりという事で、早速料理に取りかかりました。




かぼちゃと言えば、やはりかぼちゃの煮物。

母は薄味で作るのですが、私はご飯に良く合うような味付けで作ります。



出来上がったのがこちら。
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仕上げに、これまた母の田舎の特産のゴマを散らして、出来上がりです。




そして、まだかぼちゃがあったので、明日のご飯用に、かぼちゃコロッケのタネを作っておきました。

明日はそれをサクサクに揚げて食べます。


両親も和食ならパクパク食べてくれます。

洋食で、オリーブオイルやバターを使うと途端に箸が止まるので、和食は作り甲斐があります。



それに和食は、みりん、醤油、砂糖、があればだいだい美味しく出来るので、助かります。

あと、めんつゆがあると出汁を使う料理の際にお手軽に料理が出来ます。

めんつゆは出汁が効いてるので !

・・・単なる手抜きかもしれないですが(^_^;)



なにはともあれ、美味しくて健康に良いのだから、自分で作る料理は楽しくて嬉しいものです。


もう少ししたら、家庭菜園でシソが出来るので、シソジュースを作り、一夏をバテずに元気に過ごしたいです。
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# by matsu-komichi | 2012-06-18 19:54 | 料理

心と体

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美術館の搬出作業があり、またまた京都に行って来ました。

父の車で美術館に行き、美術館で自分の落選した作品を引き取り、車に積み込みました。

父と作品は先に帰り、私は一人でこないだ行ったお寺に行きました。



美術館から歩いて15分くらいでしょうか。

のんびりてくてく歩きました。



午前中だったので、また人は少なく、居心地良かったです。


この時期、ほんの数日しか開花しないという、菩提樹の花に会う為です。

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遠目から見えたその姿は、以前来た時と違い、淡い黄色が緑に混ざっていました。



ドキドキして近くに寄ると、ほんのり花の香りがしました。

嗅いだ事のない、凛とした印象の不思議な香りでした。



その花の付き方が変わっていて、真下に向かって花が開いていました。

下から見上げると、天蓋の様でとても綺麗でした。
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まるで、お釈迦様が私を天から見ていますよ~と言っている様でした。

風がざわっと吹くと、その花の一つ一つがパラパラ落ちて来て、花が天から降って来たみたいでさらに心地良く感じました。

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もみじの種子も落ちていました。


みんな小さくて、少しの風でも舞ってしまうのに、この小さな黄色い花が地面に沢山敷き詰められていて、黄色い絨毯の様でした。


樹の側では、ぶんぶんと大きな音を立て、大きな蜂が花の蜜を集めていました。


この菩提樹の花の蜜はどんな味なのか・・・?少し気になりました。




菩提樹の側で、ゆっくり休憩して、それから出町柳の方へ歩きました。

川の側の道を歩きました。

緑いっぱいの桜並木が続き、丁度道が陰になっていたので、日差しを避けながら歩けました。



出町柳でお目当ての和菓子をちょこっと買い、電車に乗って自宅の最寄り駅まで帰りました。

行きは父の車だったので、駅からも徒歩で帰らないといけなくて、またてくてく歩きました。


家にたどり着き、なんとなく疲れたなと思いながら夕飯を食べました。





・・・・・・ところが !

その夕飯を食べている時、急に視界の半分がぼやけて来ました。

持病が悪化したのかと焦りましたが、妙に落ち着きながら

『よし、目を休めよう ! 』

と思い横になりました。

すると今度は片頭痛がして、だんだん痛みが強くなったので、頭痛薬を飲む事にして、早めに寝る事にしました。


翌日、症状は無くなりました。

大学病院の主治医さんに見てもらうと、症状は治まっているし、危険な状態ではないので大丈夫との事でした。




自分の意識では疲れていないと思っていても、体は疲れているんだなと思いました。


強いストレスや疲労が引き金になり、体を壊した事をきっかけに、私はよく、心と体の関係について考えます。

体は正直で、心は・・・というか意識は自分に嘘を付いたり、ごまかしたりするのです。

そして、体を壊して初めて、心から求めるモノに気付いたような気がします。



痛い代償を払わないと、本当の気持ちに気付く事が出来なかった事。

これは一見不幸の様に見えますが、実はとても幸せな事だと最近思うようになりました。



昨日の晩ご飯は、半分見えなくて、今思うと怖いなと思いました。

でも、今はキチンと見えているので、やはり普通にモノが見える事は凄い事なのだと思いました。


だから私はものを観察してしまうのだと思いました。




『あんた !!  もうちょっと深くモノを観察しなよ !! 』

てな具合で天から言葉が降って来たんでしょうね。
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# by matsu-komichi | 2012-06-16 19:19 | 写真

仕組み

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近所にある植物園の中にある熱帯植物です。

大きな葉っぱが水面に浮かんで、子供だったら乗れそうな大きさです。


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たった2,3日しか開花しない花が咲いていました。


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蓮の花の蕾の色やラインの美しさ。


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変わった花があり、とても色が綺麗です。


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これは何の幹だと思いますか ?

答えは・・・





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パパイアです。






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多肉植物の中央らへんから茎が伸びていて、その先を見ると・・・


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こんなに綺麗な花が咲いていました。

淡いブルーの多肉植物から、淡いピンクの花。

自然の配色の絶妙さに感心します。



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サボテンにもこんな繊細な色の花が咲いていました。

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ブルーグリーンの葉に淡いピンクの花の高山植物。


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エーデルワイスも小さく可憐に咲いていました。

花弁には毛糸の様なモヤモヤが付いていて、見た目、暖かな感じを抱かせる花なんだなと思いました。




どうすればこんな多様な形となり、どうすればこんな絶妙な配色になるのか・・・ ?

不思議で仕方ありません。

自然の造形美には勝てないとさえ思います。



私は植物の絵を描いていますが、描く度に、絵と実物の大きな差を感じます。

植物の姿を追う事は畏れ多いのかもしれないですが、目は彼らを求め、手は彼らを追うのです。


そして、出来上がった作品は、実物ではなく、私の眼を通した色と形で、私の心の中のモノが表れています。




花が歌い出したら、どんな声で歌うでしょう ?

樹がしゃべり出したら、どんな事をしゃべるでしょう ?

何千年と生きている屋久島の杉なんかが話をしてくれたら、どんな話が聞けるでしょうか ?




そんな事を考えながら、植物観察をしています。

でも、話さなくても、植物の側に居るととても心地良くなるので、言葉ではないツールで植物達は生きているのかもしれません。




形と色はいつもたくさん教えてくれます。

絵に成る仕組みを。
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# by matsu-komichi | 2012-06-13 22:08 | 写真

光る姿

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ろうそくのゾウは鼻でボールを操っています。


サッカー、今日は 1対1 の引き分けでした。

でも、今日も観ていて楽しくてあっと言う間に試合が終わってしまいました。


次の試合では、3人が出場出来ないらしいですが、新たな選手がキラリと輝いてくれるのを楽しみにしたいです。



日本代表の選手の中で、イタリアでプレーしている N 選手の事を私の母は、いつも名前を覚えずに、

『あ !! 今日はあの元気印出てるんや !!』

と言います・・・。


確かに元気にピッチを走り回っていますが・・・名前を覚えてあげてほしいです。



そして、もっと酷いのが・・・

よくCMにも出ているロシアでプレーしている金髪の H 選手 を呼ぶ時母は・・・

『あ !! 出た !!摂津の男  !!』

と言います。


確かに大阪・摂津出身ですが・・・【港の男】みたいな言い方・・・やめて欲しいです。



その H 選手や他の選手を見る度に私は思う事があります。

『男の人が何かに真剣になっている時は、小さな子供みたいなキラキラした目をしてるなぁ』

と。



一番最初に好きな事に興味を持った瞬間から、年を取らずに大きくなったような感じです。

男の人に対する褒め言葉ではないかもしれないですが、

『可愛いな』

と思ってしまいます。



次の試合も楽しんで欲しいものです。
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# by matsu-komichi | 2012-06-12 21:58

ピアノと風

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これは、風が作り出した模様です。

木の何かの部分が地面に落ちて、風に乗せられ模様になったものです。




日曜日の午前中、ピアニストの友人のコンサートが地元であり、行って来ました。

ピアノとマリンバのコンサートでした。




誰もが知ってる楽曲を沢山演奏していました。


私の友人のピアニストさんは、満面の笑顔でピアノと戯れるように弾いていました。

彼女のピアノを初めて聴いたのですが、とても大きな音を響かせる演奏者だと感じました。

 

大きな音と言っても、ただ単に音がデカイという訳ではなく、音がいろんな所に広がって行きそうな、スケールの大きい音という意味です。


今日のコンサートはギャラリーでのコンサートだったので、広がりは控えめに弾いているなと感じましたが、これが大きなホールや、屋外なら、めちゃくちゃ楽しく音が弾けて飛んで花火みたいにドカンと広がるんだろうなと思いました。


手が印象的で、沢山の音を集めて宙に放つ様な、とても躍動感のある手でした。




その演奏の中の一つで 【風になりたい】 が演奏されました。


♪ 天国じゃなくても 楽園じゃなくても

  貴方に会えた幸せ 感じて 風になりたい  ♪


という歌詞の、曲です。

一番最初の曲がこれだったんですが、私はこれを聴くなり、目頭が熱くなり、泣きそうになりました。

『こんな最初から泣いてはみっともない !!』

と思い、必死に涙をこらえました。


こらえはしたものの、心が熱くなりました。




私は一度、自分の住んでいる街に居られなくなり、逃げ出した事がありました。

以前ブログに書きましたが、母の田舎に逃亡したのです。

10代半ばから心を締めつける出来事に遭い、20代半ばで

『もう無理 !!』

となり、自分に起きた事から全部逃げたくなり、全部忘れたくなりました。



けれど、たった2ヶ月後に何故かまた大阪に舞い戻って来る事になりました。

大阪行きの飛行機があと少しで伊丹空港に着くと言うアナウンスが機内に流れ、寝ていた私は目が覚めました。

(これも以前ブログに書いたので重複しますが・・・)


窓際の座席だったので、ふと窓の外を見ました。

すると、丁度夕暮れ時で、大阪上空にうっすら白い霧が出ていました。

ひしめき合う建物や緩やかにカーブする川を薄い霧が覆っていて、西の空にはオレンジ色の太陽が長い陽を伸ばしていました。


薄い白い霧の街を、優しく包み込む様にそれは伸びていて、自分の知っている大阪だとは思えず、私は見惚れてしまいました。

そして、頭の中にある言葉が浮かびました。


『堂々と戦って楽しめば、ここが自分の楽園に成る』

と。

その時は、その言葉の意味を深くは知る事がなかったのですが、ごく最近になり、知る事になりました。



出会った出来事や人にはちゃんと意味があり、10代でいきなり背負わされた重いカメの甲羅の意味も、ちゃんと用意されていました。


そんな思いを今日ピアノを聴き思い出したのです。





人、一人一人の中には、ドラマ以上にドラマチックな嬉しさや哀しみがあります。

それを抱えながら、

『あぁ、自分は生まれて来て良かった。』

とか

『あぁ、この人に会えて良かった。』

とか思える瞬間があるという事は凄い事なのだと思います。



【風になりたい】

の歌詞を書いた人もきっと、凄い瞬間を当たり前の中に見付けたのでしょう。




写真の風が作り出す模様も、当たり前過ぎて、誰も気にも止めません。

でも、風が起きた、という形が残っている事は凄い事だと思い、私はシャッターを切らずにはいられませんでした。




ピアノに感動して、猛スピードで家に帰り、作業場で100号キャンバスを2つ張りました。

明日はきっと腕が筋肉痛です。




でも、嬉しいです。
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# by matsu-komichi | 2012-06-11 02:09 | 音楽

意識

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近所にアマリリスがいました。

とても鮮やかです。


蓄音器のラッパのような部分みたいで、重低音の地中の交響曲が聴こえてきそうです。





今日は大阪市内の画材屋さんに、キャンバスロールを買いに行きました。

(キャンバスロール・・・ロールケーキみたいな響きです。
油絵のキャンバスの事で、何メートルかの単位で売られています。それを切って、木の木枠に打ち付け、キャンバスが出来上がります。)

家に帰って、大きめのキャンバスを張りました。

大工仕事が好きなので、大きくても朝飯前です。



途中、ふと右手の小指を見たら、マメがつぶれていました。

キャンバス張りをすると、よく手にマメが出来ます。

つぶれた状態で、キャンバス張りをしていました。

『あ~!マメがつぶれてる~』

と思った瞬間から、急にズキンと痛み出しました。


不思議だなぁと思いました。

作業に没頭している時は、痛くも痒くもなかったのに、傷がある、と意識した途端に痛み出すなんて。



ま、こういう事は、多々あるのです。

絵を描き終えて、一息付こうとすると、激しくお腹が空いていていきなりクタクタになったり、あるモノに見とれてトイレに行くのをすっかり忘れたりして気付くともの凄くトイレに行きたくなります。


絵を描いていたり、何かに夢中になっている時はそうなるようになっている気がします。





しかし、この事とはちょっと違うのですが、昨日ある人に


『意識する事や、認識が何処にあるのかを心に留めて』

と言われました。


【好きな人がいるから意識してしまってカラ回りする・・・】 という意味ではなく、自分や人の心や感情を意識すると言う事です。

例えば・・・苦手な事を意識していたら、案の定失敗してしまうとか、自分の得意な事を意識していたら自分にぴったりの役が回ってきたとか、そういう意味だと思います。


目的を持って事に臨むという感じにも近い気がします。

何も考えずに楽しむ事も大事ですが、何かを発展させて行くには、どうなりたいか ? とか、自分はどう感じているか ? とかも大事だと教えてもらいました。




意識した瞬間、痛みが出て来た今日の出来事もナルホドと思いました。






【 私はどうなりたいのか ? 】


改めてそれを意識すると、ちょっと世界が変わった気がしました。

それを続けて行く事をしてみようと思います。
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# by matsu-komichi | 2012-06-09 23:42

生きるボール

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今日、サッカー日本代表の試合をテレビで観ました。

テレビの前にいつも置いてある ゾウ のロウソクが心なしか希望に満ちた目に見えます。



私は熱狂的なサッカーファンではないのですが、何故か日本代表戦は見る、せこいにわかファンです。


でも、いつも思うのですが、ゴールが決まる時の絶妙なパス回しや技に惚れ惚れします。


ワンタッチでボールがスルスル人から人へ繋がれ、吸い込まれる様にボールがゴールに向かうのを見ると、音楽を聞いている様な、彫刻が出来上がる様をみているような気分になります。

美しいと思ってしまいます。




特にこの選手が好きというのは今はないですが、今日一番しびれたのは、前半に2点目ゴールを決めた H選手です !

テレビの解説者の言葉を借りると

『トップスピードで駆け込み、ワンタッチでゴール ! 』

でした。



ナデシコ・ジャパンの選手の印象的なシーンで言うと、ワールドカップの時の K 選手の超ロングシュートや、アメリカ戦の時の最後の S 選手のゴール際でのシュートです。



スポーツ選手の、練習を重ねに重ねた努力と技が、ある時点でピカッと光る時、美しいなと感じてしまいます。

サッカーを見ていると、美術館の作品を見ているみたいです。





前半、後半の中で一つあるかないか、という極めて少ない、バランスが作り出す美しさ。



チームプレーが上手く成された時にスルスルとボールは生き物の様に選手の間をくぐり、ゴールネットに向かう。



見習う所が大いにある、サッカー観戦です。
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# by matsu-komichi | 2012-06-08 23:25

絵に恋

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これは私が幼稚園の時に描いた絵です。

母が私の幼稚園の時の絵をずっと大事に保管していてくれたので、こうして今も見る事ができます。

確か、絵本の物語を題材にして絵を描きましょうという事で描いた絵です。


【かしの木ホテル】 という本です。


絵の中の字が少し鏡文字になっています・・・。





私は小さい頃から絵が大好きで、ものごころ付かない時からあらゆる所に絵を描きまくっていた、という事は以前ブログに書きました。

タッパーにまでマジックで絵を描いていたそうです。




サワガニを家族旅行で取って来た時、家では飼えないので幼稚園に持って行きました。

その時、園のクラス皆でサワガニを描きました。

私はあまり覚えてないのですが、母に聞くと、その時の絵を幼稚園の先生が絶賛して母に見せたらしいです。



幼稚園の先生は

『お母さん !! 見て下さい !! ○○ちゃん、小さなサワガニの足をとてもよく観察して、足の一本一本まで全部のカニに付けて描いてるんですよ !!』

といったらしいです。

他の子達は足の数とかを気にせず自由に描いていたらしく、神経質なのか、観察魔だったのか、そんなふうに足一本一本を丁寧に描いていた園児は私以外いなかったそうです。


卒園の時にも、これも前に書きましたが、将来なりたいものを先生に聞かれた時、頭の中にベレー帽をかぶった絵描きのお爺さんが表れ、そのまま 

『絵描きさんになりたい』

と言っていました。



自分が感じた事、自分が見たモノを表す事の面白さを知っていたのです。

でも、大人になるに連れて、いろんな事に流されたり、傷付いたり、変な知識が蓄積して、頭でっかちになって行ったんだなと思います。



私は、ものを見て感じる事や、見えないものの雰囲気を感じる事が好きなのです。

それを絵にする事がもっと大好きなのです。


苦しんだ思い出や、治らないクセ、心の在り様も色に変わり形に変わります。

私以外の人が見たら、なんじゃこれ、と思うでしょう。

でも、ちゃんと自分の色と形を表せていると実感すると、とてもホッとするのです。


そんな超個人的な産物が、たった一つ、唯一、相手に伝わる魔法なのだと思います。

伝わったから成功とか、相手に不快感を与えたとか、そういうものではなく、心で感じてただ絵を見てくれさえすれば良いだけ、そのやりとりに、一生をかけようとしているのだと思います。


好きな絵はじっと見ていたいし、嫌な絵は一度見たら充分だし、どうしても見たい絵は家に帰って画集を開いてまで見てしまう。

いつまでも記憶に残る絵もあります。

胸いっぱいに広がって、キューンと心を心地良く締め付ける絵もあります。



絵がコミュニケーションとかと学生の頃は思っていましたが、今は違います。

自分が思っている以上に自由に人やものを行き来するモノのような気がして、なんと言って良いか解らないべラボーなものです。

人の絵を見たいし、私の絵を見てもらいたい。





恥ずかしいですが、ただ絵に恋をしていると言えるでしょう。
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# by matsu-komichi | 2012-06-08 14:49 | 美術

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これは何の花の蕾でしょう ?




正解は・・・サボテンです。

去年から夏に咲きだしました。

でも、ここまで蕾がほころんだのにもかかわらず、朝見てみると咲き終わっていました・・・。



そして今年も蕾が出来たので、今年こそは花の開花を見ようと思います。



サボテンの種類によっては、40年近く経たないと花が咲かないとか、と調べたら書いてありました。

私の家にあるサボテンは、母がご近所さんに株分けで頂いたもので、2、30年は経っていると思います。

それが去年から咲き出したのです。


大きな蕾で、大きな花を咲かせるサボテン。

こないだ散歩をしていた時、よその家のサボテンが咲いていて、写真に撮ろうかどうか迷いました。

結局、撮れませんでした。


サボテンの花、とても綺麗なので大好きです。

花が咲くのが楽しみです。




以前、ご近所さんの月下美人が咲いた時に写真を撮らせてもらいました。

名前の通り、月の下で咲く花で、とても豪華な香りがしました。

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植物の形態は面白いです。


植物画の画集を買おうと思ったら、馬鹿みたいに高くて手が出せませんでした。

ですので、地道に、自分で植物の絵を描き続けることにします・・・。



嗅覚が戻ってきたので、写真を見るだけで、花の香りが蘇りそうです。





もう少し経つと、サルスベリが咲き始めます。

夏は嫌いですが、花がたくさん咲くので、ま、いいか、という感じですね。
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# by matsu-komichi | 2012-06-07 13:27

浮かぶ歌

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今年初めてこのマカロンというお菓子を食べる機会がありました。

色とりどりの見た目のカワイイお菓子です。

食べてみると、以外に繊細で美味しかったです。



今日は一日、自室に引きこもり寝床でティッシュペーパーを使い倒し、鼻がバカになりそうでした・・・。

風邪は普通、冬に引くものだと思っていて、こんな初夏に引いてしまうなんて思いもしませんでした。


部屋の窓から綺麗な夕焼けが見え、オレンジ色からだんだん赤紫になり、青になりました。





そして、何故か今日一日中、頭にとある音楽があり、これがまた懐かしく、不思議でした。

10代の頃に聴いていた歌です。



 ♪ あなたの選んだ生き方が 必ず誰かに届くはず

   誰もが痛み抱えながら 明日が来る事信じてる

   愛する事を諦めない 信じる事を諦めない

   いつでもいつでも信じてる

   全てを全てを愛してる  ♪  




かなりベタな歌詞ですが、ずっとこれが頭に浮かんでました。



生きにくいと言ったり、何をやってもダメだとか、出口が見つからずにただただめちゃくちゃな事をしてしまったり、人はしてしまいます。


自分以外の人なんて理解に苦しむ、とか、プライドが邪魔して本当に行きたい所へ行く勇気が出なかったり。


でも、一人の人の中には、その人でないと出来ないモノがあったり、その人でないと背負えない荷があるのだと思います。



負荷がないと行きたい場所には辿り着けないのかも、とさえ思います。



自分の選んだ生き方が誰かの心に辿りつく。



誰かの心に辿り着く。
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# by matsu-komichi | 2012-06-05 19:58 | 音楽

香りと記憶

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昨日から、鼻風邪を引いてしまいました・・・。

変換間違えで 花風 だともの凄く素敵な感じですが・・・。

私は鼻が利くほうなので、鼻から香りを感じれないのはちょっと苦痛です。



昨日、京都のアロマのお店で 自分の香り というものを作ってもらいました。

京都なのに、そのお店の中はヨーロッパの森の様でした。

森の中の小屋で、一対一でのカウンセリングを受け、秘密のハーブやアロマオイルを調合してもらった、という感じです。



出来上がった香りは、インドでした。

タージマハルもびっくりする様な豪華な広がりを持った、それでいて強くしなやかな意志と神聖さを持った女性のような香りでした。

鼻風邪の鼻でもちゃんとしっかり解る香りで、いろんな香りがブレンドされていました。



私は常日頃からターコイズブルーが好きなのですが、何故か昨日の気分は 赤 でした。

その事を伝えると、アロマの方は私に合った香りをどんどん選んで下さいました。

そのアロマの種類の中の、精油の原産地がインドのものがあり、インドの香りとなって行きました。



一つ一つの香りを私に確かめさせて下さり、私はその度に

『わぁ ! これは○○の香り !』

と思い付く香りを言い、それがとても楽しくて、鼻の力をめいっぱい使った感じでした。



香りは目に見えないですが、一本の木になり、根っこがあり、花が付いた、という絵がアロマの方の頭には出来上がっていて、自宅に帰り、自分の部屋で香りを焚くと、あら不思議 !!

見えない樹木がドカ~ンと部屋に置かれたような気がして、その樹木の木陰でぐっすり眠れました。




香りは記憶を呼び覚まします。



チャーハンの香りを嗅ぐと、小学生の頃の土曜の昼を思い出します。

午前中で授業が終わり、家に帰るといつも母がチャーハンを作っていました。


お香の香りを嗅ぐと、父方の祖母の事を思い出します。


キンモクセイの香りを嗅ぐと、学生の頃を思い出します。


アロマオイルの香りを嗅ぐと、時々、見た事はないけれど、懐かしいモノや場所や雰囲気を感じ不思議な気持ちになります。




今回作って頂いた香りは、強く優しい大地母神とか、聖母マリアが頭に浮かびました。

何故か懐かしくて、ずっと感じていたいなぁと思ってしまいます。



『受胎告知』はレオナルド・ダビンチが有名ですが、私はフラ・アンジェリコの受胎告知が好きで、その絵の前で立ち尽くしている様な気分です。

この香りの側に居ると。



しかし、鼻風邪はしんどいです・・・。

早く治して、油絵の具の香りの側に行きたい・・・。
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# by matsu-komichi | 2012-06-05 09:53 | ブログ

パロール

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今日はどういう訳だか、ブログに書きたい事があり過ぎます。



『人はパロール(ことば)によって自分自身を発見する』



これは大学の恩師の本に載っていた言葉です。

とても共感し、感動しました。


言葉や文字を表す事によって、自分を観る事が出来る。

何故か今年からブログをやり始めた事の答えがこの言葉にあったような気がします。



自分が発した言葉を相手が受け取り、その相手が自分の内なる姿を映し出す。

自分ってなかなか解らないなぁと思う事が多々ありますが、その思いを出す事で、解る事がある。



一生しっぽを追い続ける事になるのだと思いますが、思う事、思った事を伝える事がカギになってくるような気がします。



フランスのとある場所で、壁一面に文字が書かれていました。

いろんな言語で書かれてありますが、全て 『愛』 の言葉だそうです。



面白いです。
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# by matsu-komichi | 2012-06-04 00:06 | 写真

引き返せない旅

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サルスベリの木です。

地元の、サルスベリの並木道を通り、すこし買い物に行きました。

サルスベリは真夏にピンクや白の細かい花を咲かせます。

並木道いっぱいに伸ばされた枝に付いた花はアーチ状に並びます。

私は、それを サルスベリの門 と密かに名付けています。

暑い暑~い夏に現れる、期間限定のゲートです。

何か、とてつもなく惨い現場を見てきた者や、何年も手かせ足かせを付けて来たものだけが通れるゲートのような感じがします。




さっき、父の友人から父に電話があり、病気の辛さを訴えて来たと言う事で、父と母は、友人の住む滋賀へ向かいました。

『泣き事の電話なんかしてくんなよ・・・』

と父は言ってましたが、すぐに車を出して滋賀に向かう所を見ると、やはり父も友人が大事なんだと思いました。



私も泣き事を言いたくなる時があります。

(否、既に言っている気がしますが・・・)

目に爆弾抱えているし、精神的な問題で不安になる事が多いからです。




今日、サルスベリの木を見て、

『引き返せない旅を人は皆しているんだ』

と思いました。


毎日毎日、自分で選択項の中から一つの道を選び、また枝別れした道で一つの方向を選ぶ。

泣く、笑う、怒る、喋る、喜ぶ、好きになる、嫌いになる・・・・・。

間違っていたとしても、自分に成る為に必死に物事を選んでいて、失敗しても何処かに繋がる糸を見付ける。



泣き事を言う父の友人を、私は素直な人だと思いました。




何故か絵画制作のプロセスに似ていて、心の中には父の友人の姿でいっぱいになりました。


心の中にある出来事や人がこれでもか ! と言うくらい出て来る時があります。

心はどれだけのものを受け止め、どれだけの辛さに耐えられるのか ?



不謹慎かもしれないけれど、私は泣き事を言う父の友人が羨ましく思いました。

その父の友人には、電話をしたら、飛んで来てくれる父の様な人がいるのだから。


そして、そんな父の様な態度を、数年前にする事が出来なかった自分が情けなくて、自分を責めてしまう気持ちや喪失感が消えなくて、黒い塊になっている事を感じます。



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立ち葵の花を見付けました。

『今、連絡を取りたい人は誰 ? 会いたい人は誰 ?』

と花に言われた気がしました。



引き返せない旅なのだから、今出来る事を、泥臭くてもしてみたいです。

『あんな醜態、恥ずかしいわよ・・・』

とか、

『あんな事して何になるの ? デリカシー無さ過ぎよ』

とか言われても、自分のしたい事、言いたい事を言う方を選びたいものです。
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# by matsu-komichi | 2012-06-03 18:39 | 写真

集い

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昨日は大学時代のゼミの集まりがありました。

大学3年時の時に入った抽象クラスで、10人にも満たない少人数クラスのゼミでした。

他にも抽象のクラスはあったのですが、一緒に編入した友人が

『あの先生、見た目かなり面白いで !! 』

と言い、すぐにその先生のクラスに入りました。



あれから12年が経ちましたが、相変わらず、そのゼミのメンバーと時々こうして会います。

ゼミの先生も一緒です。


先生の素敵なお家で、先生ご夫妻とメンバーが集う会も3回目です。

今回はそのメンバーの中の一人が結婚をしたので、おめでとう会をしました。

私は上の写真の、イチゴタルトを焼いて持って行きました。



先生の家の大きな庭でバーベキューをして、飲んで騒ぎました。

四国から来る主役がトラブルで来れなくなるかもしれない事になりそうでしたが、少しおくれて登場してくれました。



すでに結婚した友人達は子供を連れて参加していました。

結婚した旦那さんもこのゼミのメンバーになったりして、私は酔っ払っていましたが、家族が増えて行く事に感動を覚えていました。

先生の奥さんが友人の子供を抱っこしたり、友人の旦那さんがテキパキと食材をコンロで焼いてくれたり、歩き始めた友人の子供が旦那さんと一緒に先生宅に居るワンコを眺めていたりして、とても目に優しい光景が沢山ありました。



誰かが

『次結婚するのは誰やろな ? 』

と言ってました。

私を含め、3人が未婚です。(女子2人、男子1人)

『かなり遠いやろ~』

と友人が言い、笑いました。



最後のシメに、バーべキューコンロの火を使い、バウムクーヘンを焼きました。

竹の真ん中にホットケーキミックスを塗り、何層も重ねながら焼いて行きます。

竹の両サイド、交代制で手で持ち回しながら焼きます。

焼きあがったら、竹からバウムクーヘンを外します。

30㎝くらいの大きなバウムクーヘンが出来上がります。



それを皆で食べ、会はお開きになりました。


皆車でそれぞれ帰宅して行き、私と友人1人は電車だったので、駅に向かいました。

その駅に向かう途中、お酒のせいで頭が痛いと私が言うと、友人も

『ああ、俺も、頭痛いな』

と言いました。

痛すぎてフラフラでしたが、友人も私もなんだかかなり年を重ねて来たんだなと思い可笑しかったです。


学生の頃はいくら飲んでも頭なんか痛くならなかったのに・・・。

飲めると思っていても、体はだんだん付いて行かなくなるものなんだなと、友人と話しながら、電車に乗りました。



電車に乗ると、大学時代の思い出がわんさか出て来ました。

頭の激痛に耐えながら、甘い思い出や苦い思い出が電車の窓に映っているようでした。

そう思っていると、友人が大学4年の頃の、私の酔っ払ってダウンした思い出を話し出しました。

電車は友人にも思い出を蘇らせたのだと思い、面白いなと思いました。



大学の最寄り駅から、何度、この友人と一緒に電車に乗った事か。

酔っ払いの介抱をさせてしまったり、気になる本や映画や作品の話をしながら熱く話したり、いろんな時間を過ごしていたんだなと思いました。



友人一人一人と関わって来た事は、確実に私の血や骨となっていて、私を成長させてくれています。



出来れば、ゼミの先生の様な年になっても、同じ学び舎で共に過ごした友人達とずっと集える仲でいたいものです。


そして、私も出来れば家族を増やして、皆と一緒に美味しいご飯やお酒を飲める様になりたいな~と、頭の激痛に耐えながら帰宅しました。
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# by matsu-komichi | 2012-06-03 14:56 | 美術

5月の山

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京都の鞍馬に行きました。

5月は体調の良い日と悪い日が入れ替わり立ち替わりでした。



そんな中、大学時代からの友人と

『そうだ ! 鞍馬に行こう ! 』

となりました。



季節の変わり目に体調を悪くしてしまう私の性質を解ってくれる友人と、なんともタイミング良く、出かける事ができました。


鞍馬の駅に着いて、ロープウェーではなく、歩いて本殿まで行きました。

そして本殿から、貴船神社に行く山道を行く事にしました。


山道を歩いていると、とても綺麗な小鳥の声がしました。

都会で聴く小鳥の声とはまた違っていて、とても涼しげで綺麗な声でした。




しかし・・・そんな都会の喧騒を離れた場所でも、どこからともなく、大阪のおばさま達のマシンガントークが聞こえて来ます。

山が好きなおばさま達の一行とよく出くわすのです。

しかも、そのおばさま達の話がワールドワイドな話で驚きます。

『これはな~ヒマラヤで買ってん!』

と・・・。凄い・・・。


以前、女子トイレで順番待ちをしていた時の大阪のおばさまの話もワールドワイドでした。

『ここのトイレはまだマシやで ! イタリアのトイレなんかすごかったで ! 』

イタリア・・・。 何がすごかったのでしょう・・・ ?



そして、鞍馬の山道で何故か日本語の合間に英単語を使うおばさまもいました。

『こんなに登って来たのに、また階段やで ホワ~イ ? 』



何処に行っても笑う事に事欠きません。

大阪人の遺伝子は一番強い気がします。



そして、やはり山は樹です。

巨人がねじねじと樹をねじらせたような樹がありました。
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足元にも緑がありました。
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そして、そうこうしている内に貴船に着き、神社にお参りをしました。



神社の一角に休憩所があり、そこから見える緑が綺麗でした。
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不思議な形の花もありました。
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鞍馬は良い所です。

また来年も行こうと思います。
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# by matsu-komichi | 2012-06-01 19:22 | 写真

美しい姿

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これは多分 ホトケノザ という草です。

小さいけれど、ラッパー風に手を伸ばして

『Yo Yo  !! ワシ、どうよ !! 』

と自己主張しているような姿で面白いです。






今日、公募展の結果の封書が届きました。


結果は・・・・・




ダメでした。


封を開けて、結果を知り、5分ほど少し落ち込みましたが、その後は何故か、

『ま、いっか』

と思いました。



私は、ガジュマルの絵を出品しました。

ガジュマルは四方八方に伸びる枝から地上に支根を下ろします。

その樹には キジムナー と言われる妖怪が住んでいると言われます。

心優しい、子供が大好きな妖怪だそうです。


樹の幹には枝から伸びた支根が絡み付き、グルグルと網の目の様になっています。

自らを締め付けている様な姿にも見えます。


でも、とても強く大きく太く成長する樹で、南国特有の猛烈な台風にも負けない樹です。




沢山のしがらみを抱えながらも、大きな夢や希望を抱いて、にっこり笑って全てを背負っている様な姿に見えます。

そんな絵を描けたらいいなと思い、出来上がったものでした。


でも描いて行く内に、樹の姿ではなく、身近に居る人の姿に見えたり、自分の姿に見えました。


美しい姿は矛盾を孕んでいたり、過度な抑圧の跡があったりします。




入選したらいろんな人に見てもらえるなぁ~と思っていたので、少し残念ですが、ま、これも良い経験です。




次は、9月のグループ展です。

気合いを入れて、絵に打ち込むのみです。
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# by matsu-komichi | 2012-05-28 21:35 | 美術

一番

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ネギと夕時です。

両親がやっている家庭菜園のネギを撮ったものです。

どうでも良いですが、フランス語でネギは ポワロー と言うみたいです。

アリんこ になった気分です。



日中は暑かったです。

初夏の日曜日の夕時は穏やかで涼しく、どこかから夕食の香りがして来て心地良いです。



夕食と言えば、こないだ友人の家に行き、ブフブルギニョンという牛肉の赤ワイン煮込みを食べました。

美味し過ぎて叫びました。

香辛料も沢山入っていて、その内の種の様なモノをかじってしまい、口からも鼻からも香辛料の香りが爆発しました。

でも美味しかったです。

携帯で写真を撮っただけなので、画像が悪く、ここには載せれないのが残念です・・・。



私は割と人と料理を食べるのが好きです。

美味しいモノを分かち合えるし、美味しいお酒があれば最高です。



何をしてる時が一番幸せか ? 

と尋ねられたら、多分私は人と美味しいご飯やお酒を飲む時と言うでしょう。
(あ!絵を描く時は別格です。絵以外での幸せ・・・みたいな感じです。)



一番・・・・・

一番というものはとても重要だと思います。

一番になれ、とか言う事ではなく。



『本当は一番これがしたかった・・・』 とか

『本当は一番・・・・~だ』

という事です。




普段は自分の欲求を抑えに抑えて、周りに合わせたり、自分の本心に従って動く事は身の破滅をもたらすとか、一番こうしたいのに一番がなかなか叶わない、そんな事を私は学生の頃よく思っていました。


押さえていたので、深酒すると必ず爆発していました。

言わずに抑えて隠していたので、とてもしんどい目に遭いました。



でも今年から自分の絵を表に出すようになったり、こうしてつらつらと他愛もない事をブログに書くようになって、救われたように思います。

素直になると、素直な人に会います。

自分の中のモノとは合わない人にも会います。


敵も味方も同じくらい居るという事に気付きます。

でも、息がし易いのが何よりです。


花が一番綺麗に咲く時期。

空が一番綺麗に見える時。

自分は一番何を求めているのか ?



植物達や自然はそれを教えてくれているように思います。

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# by matsu-komichi | 2012-05-27 18:35 | 写真

金具

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前回のブログで書いた場所の建物に付いている金具です。

前にも書きましたが、私はこういった金具が好きです。

何故だか解りませんが・・・



私の両親の祖父はどちらとも大工さんです。

父方は船大工で、母方は普通の家の大工さんです。


その遺伝子を継いでいるのか、私は絵の次に大工仕事が好きです。

釘打ちやノコギリで木を切る事とか。


もし男で生まれていたら、宮大工さんになっていた様な気がします。

そんな感じだから、建物の金具が好きなのでしょうか・・・?



祖父達は木を扱っていたのだから、きっと木に詳しかったでしょう。

一度、ゆっくり木について話し合ってみたかったです。




油絵のキャンバスは木枠を組んで、キャンバス生地を張ります。


木枠は釘を使わず、木のホゾを溝に組み、出来上がります。

その組み立てがピッチリ出来上がると、この上なく嬉しく満足気分で絵が描けます。




以前、テレビで大工さんが口の中に釘を入れ、ピョコピョコと釘を一本ずつ出して釘打ちをしている様を見た時、


『 カッコイイ !! 』


と思ってしまいました・・・。

普通の女子ならあり得ない萌え所です・・・。
(‘萌え‘も既に死語のような気がしますが敢えて使ってみました・・・)


今日はなんてことないブログ内容になってしまいましたが、木と縁がある家系なのだという事に気付いたのでした。


明日は早いので寝ようと思います。
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# by matsu-komichi | 2012-05-26 00:13 | 写真

日曜の出来事

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写真は ガジュマル です。



今日は金環日食でしたね。

世間のこのイベントに対する熱とは対照的に、私は何もしませんでした。



理由は、体調が悪かったからです。

数日前からイライラしたり頭痛や吐き気がして、みんなが 『良し』 とするモノには何故か興味が湧かなかったからです。

占星術とか、天文学的な事は好きなのですが、体調の悪さには勝てませんでした・・・。





そんな頭痛などを抱えていましたが、昨日の日曜日はいろいろ私的な用事があり、動かざるを得ないという感じでした。


不思議な事に、昨日は朝から頭痛もなく、スッキリとしていました。



京都の美術館で公募展があったので、作品の搬入作業をしました。

搬入時間よりかなり早めに着いてしまったので、暫くぼんやりと受付が始まるのを待ちました。



搬入時間が近付くにつれ、続々といろんな作品を持ち込む人達が集まり、活気付いて来ました。

何故か心がワクワクして来ました。



受付時間になり、作品をヨイコラセと運び、無事搬入は終わりました。


F80号の油絵で、写真の ガジュマル をモチーフに描いたのを出品しました。

ま、初めての出品なので、結果よりもこういった事に参加するという経験が私にとって大事なのだと思います。




その後、前に知人の方に教えて頂いたあるお寺の木に会いに行きました。

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緩やかな石段をトコトコ歩くと、目の前に有名な木が植わってました。

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菩提樹です。
お釈迦様が菩提樹の木の下で悟りを開いたという、あの話に出て来る有名な木です。

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私も何か悟れるかと思い、木の近くの石のベンチに座りました。

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花はまだ咲いていませんでしたが、下に向かって咲く花みたいで、開花した時にまた来ようと思いました。


そして・・・悟りはしませんでしたが、かなり長い間、座っていました。

人も少なく、木陰の風は心地良く、どこからかお経が聞えてきて、とても穏やかな気持ちになりました。



『あーなればいいのに』 とか

『こーして欲しい』 

とか、いろいろ邪な気持ちがあったのですが、


『大好きな絵が描ける事を楽しもう』

という気持ちになりました。



それから、大阪市内に行き、友人宅で女子会をしました。

女子会で、友人の友人を紹介してもらったのですが、驚いたことに、その紹介してもらった人は、昔私が教育実習生だった頃の教え子でした !!

立派な大人に成長していて、感動しました。

そして何より私の顔を覚えていてくれた事が嬉しくて、お酒が入っていたら泣いていた所です。
(失礼な事に、私はというと、すっかり教え子の顔を忘れていました・・・ごめんなさい!)



そんなミラクルな再会があり、

『不思議な事もあるもんだ』

と朝から思っていたら、母が私に話しかけて来ました。



『昨日、高校の友達の集まりで、面白い話を聞いたわ。

お母さんの友達は北海道の人と結婚したんやけどな、その結婚エピソードを聞いたら、一目会った時に あ、

この人と結婚する ! と思ったらしい !!

一度会って話したけど、また奄美と北海道に分かれ分かれになってんてさ。でも手紙のやりとりとかして、最

終的には思った通りになってんて ! ドラマみたいやでな !!』



と母は興奮していました。

その話の次に、『アンタもそんな話の一つや二つないん ?!』

と言われそうだったので、言われる前に退散しました。


事実は小説より奇なり だなと思いました。




でも不思議と言えば、菩提樹の木の下に居る時、

『今度来る時は自分の大事な人と来よう。その人とこの穏やかな雰囲気を一緒に味わいたい。』

と何故か思いました。



さてはて、誰と行く事になるのか・・・?




不思議な日曜日でした。
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# by matsu-komichi | 2012-05-21 20:24 | 美術

教わる時間

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最近よく

『ツイッターしないの ? 』

とか

『フェイスブックはしないの ? 』


と言われます。




しかし、私は今年からブログを始めたので、まだ他のものにはなかなか行けないのです。

一つのモノをじっくり味わう事をしてから、次に行く派ですので。




上の写真は、シマサルスベリの木です。

以前、ブログにモノクロ写真で載せた木です。


五月の空の感じ出ているなぁと思いました。




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シロツメ草もとても綺麗に咲いています。

この花の形態はまた美し過ぎます。

どこから撮っても 絵 になります。



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そして、名前は知らないですが、面白い形と色の草を見付けました。



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これも名前は知らないのですが、面白い姿で、初夏の夕暮れに佇んでいました。



私は自分なりのペースでこんな風に見付けたモノを記録するのが好きなのだと思います。


散歩をすると、絵になるものをたくさん見つけます。

色や形をたくさん見つけます。



キャンバスの上に乗せるモノを、こうしていつも教わります。

好きな事を通して、ゆっくりと世界の秘密を解いている様な気持ちです。



絵に表すと、いつもそれは自画像の様で、出来上がりはいつも少し恥ずかしさを感じます。

でも、言葉では表せない誰かの心と私の絵が繋がる時があり、それで初めて絵が出来上がるような気がするので、恥ずかしくても表し続けて行きたいものです。
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# by matsu-komichi | 2012-05-18 23:35 | 美術

陶器という絵

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一昨年あたりから陶器とか陶器に描かれた模様(アラベスク模様とか)が好きになりました。



陶器は、全く興味なかったのですが、一昨年、近所の公園で陶器市がやっていて、そこである陶芸家さんに出会い、興味を持つようになりました。

一昨年の5月、なんとなく気になったので陶器市に行きました。



~焼、~焼といろんな各地の陶器が所狭しと並び、陶器を買うお客さんで賑わっていました。

大きな会場だったので、ぐるりと適当に見て回ろうと思いました。

ふむふむと腕組みをしながら、陶器を見て楽しんでいました。


すると、何故か一角だけお客さんの入りが全くなく、閑古鳥が鳴いているお店がありました。

遠目でそうだと解ったので、少し気になりました。

『どういう陶器が閑古鳥鳴かせてるんやろ・・・?』 と。



そんな感じで気にしていると、中からハッピを来た人が ぬぼーっと店の中を歩いているのが見えました。

『あの人はきっと作家さんだ ! 』

と思いました。


と同時に、なんとなくヤバそうな雰囲気を感じました。

しかし、会場を見て回る間、何故か目が合い、うわっと思い、目をそらす事が何回か続きました。


その作家さんの所には寄るまい !! と思い、会場出口に行きかけたのですが、何故か何故か、足はその作家さんの居る所へ向かっていて、ついにその作家さんの陶器を目にしました。



見てみると、とても綺麗な淡い青色の陶器で、一目で私はその陶器が好きになってしまいました。

手に取ってみていると、とうとうあの、ハッピを着たぬぼーっとした作家さんがやって来て私に話かけてきました。


恐る恐る話をしてみると、なんとも素朴な良い人でした。

ヤバそうだと思った事を心の中で謝りました。


控え目なのにちゃんと色が生きている、という色合いの陶器でした。

気に入ったモノを一点買いました。


そしてまた、違う日にも陶器市に行き、その作家さんと話をして、また陶器を買いました。



翌年も、その作家さんがいらしていたので、陶器を買いました。

クラシック音楽が好きという事で、クラシックの話をしたり、最近好きになった陶芸家のルーシー・リーの話をしました。


また違う日に行くと

『あれ、また着たの?』

という顔をされました(笑)

『僕は商売向いてないので、来年はもうここには出品しないです。』

とその時おっしゃっていました。



で、今年、たぶんその言葉どおりだろうなぁと思いつつ、でもほんの少し期待を込めて陶器市に行くと、やはりその作家さんは出品されていませんでした。


陶器市にはたくさん各地の陶器がありましたが、今年は気になる陶器がなく、少し寂しい気分で会場を回りました。


一緒に行ったお料理好きの友人は、気に入った陶器を購入していました。


私は 

『しめしめ、これでまた友人の美味しい料理にありつけるぞ』

と思い、寂しい気分は少し消えました。

単純です・・・。





気になる人やモノとの出会いは、いつもそんな感じです。

避けようとしても、結局、気になる方へ足が向いて行きます。



その陶芸作家さんは、ガツガツとした商売気もなく、風来坊のような雰囲気でした。

陶器はというと、植物のような機能性をほんのり感じさせ、澄み渡った夜空で何億光年もの宇宙の神秘を一人でただじっと見つめているような、そんな雰囲気を持っていました。


陶器に込められた大きな時間を感じます。

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陶器は使うモノですが、見つめてみると絵に似てるなぁと思います。
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# by matsu-komichi | 2012-05-18 00:23 | 美術

意図と糸

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明日は母の日という事で、兄から母へお花が届きました。

大きなバスケットに入った撫子です。

(母の日はカーネーションではないのだろうか・・・?)

ナデシコ・ジャパンを意識したのでしょうか・・・?



私は先週、500円で買ったミニカーネーション苗を母にあげました。

(明らかに兄の方が華やかな花です・・・)



しかし、母はその事に関して何も言わず、兄と私、子供から貰うプレゼントに素直に喜んでいました。




この撫子の花、蕾もたくさんあり、その蕾の形態がまたもや私の心を掴みました。
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花が解けそうになっている形態が美し過ぎます。

純粋な幾何学模様のようで、誰かが意図して作ったとしか思えません。




意図・・・・・と言えば、糸を連想させます。

そして糸は・・・・・糸が出会うと書いて 絵 と成ります。



自分の意図と、大いなる存在の意図が、ある時点で出会う時。

過去の自分が、今の自分と出会う時。

誰かの背中に乗せられたモノを偶然見つけた時。


様々なモノとモノが出会う時があり、心が揺さぶられる感覚を覚えます。



絵は、静止画のようでもありますが、出会ったモノをずっと追いかけているような気がします。

止まっているのではなく、笹の葉で作られた小舟が川を漂っているような感じです。

その小舟をずーっとカメラが追いかけて撮っているような感じがします。




止まっているのではなく、流れている。




絵はそんな凄いモノなのだと思えて仕方ありません。


でも絵だけじゃなく作品はみんなそういう要素があり、作者と一緒に人生を歩んでいるような気がします。






作品だけじゃなく、人と人の意図(糸)が出会う時もまた素敵です。


知らない者同士なのに、繋がりが隠されていたり、誰かと誰かを経て出会う貴重な出会いがあったりします。




絵に成る風景の中に、人は生きているのだと思います。
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# by matsu-komichi | 2012-05-12 23:13 | 美術

気になる木

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私は木が好きですが、木の根元に落ちている葉っぱも大好きです。

自然に落ちている様も観察には良いのですが、ちょっと配置換えして、写真に撮るもの面白いです。 






木ばかりを見ていて、ふと足元を見ると足元にも木があります。

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葉っぱが木になっていました。



鶏が先か ? 卵が先か ?

みたいな気持ちになります。






気になるものは不思議です。



まだ、はっきりとした絵にはならないのに、気になる言葉が重なり既に絵のタイトルやテーマが絵より先に出来てしまったりする事があります。

絵が先か ? タイトルやテーマが先か ?

みたいな気持ちになります。




なかなか、自分の頭の中というものは、自分でも理解不能です。




そして頭の中では


♪  この~木~何の木、気になる木~  ♪


の歌が流れています・・・。





気になるものや、気になる人。

それは何かキーワードなのかもしれません。





そして頭の中では


♪  目に映る~全ての事は~  メ~ッセ~ジ~  ♪


宮崎駿アニメ、魔女の宅急便の主題歌が流れています。
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# by matsu-komichi | 2012-05-11 21:55 | 写真

5月の事

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5月に入り、もう何日か経ちました。

5月はとても良い季節ですが、私は学生の頃からよくこの時期は体調を壊したり、心の変化に悩まされていました。



大学生になりたての今頃の季節、どうしても気持ちが内にこもり、どうしようもなくなっていた時、私は大阪の宝でもある 【太陽の塔】 に会いに行きました。


太郎さん風に言うと、太陽の塔は 『べラボーなモノ』 です。

太陽の塔を目の当たりにすると、ウジウジ悩んでいた私の心にドカーンと大きな風穴があきました。




その時の感じが、何年経ってもこの季節になると思い出されます。



とても新緑の美しい季節なのに、何故か心が内にこもりたくなる様な感じです。





未知なる所へ思い切って飛び込むと、綱渡りの様ですが、渡りに船みたいな状態にもなります。




怖い、不安、嫌だ、逃げたい・・・という気持ちが普通に自分の中にもあるという事を気付かせてくれているんだなと、この季節はよく思います。

そんな心を抱きつつも、何を自分は一番欲しているか?なども考えます。




太郎さんは


『ふりかかる災難や不安は、まるで恋人を抱きとめるかのようにして受け止めろ』


と言うでしょう。



自分の中の靄も、そうやって一つずつ受け止めて行けたら良いなと思います。






こないだ散歩した時に見付けた自然が作り出した寄せ植えです。

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自然もまた、べラボーなものです。
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# by matsu-komichi | 2012-05-09 01:53 | 写真

音を楽しむ

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桜の木に黄緑色の若葉が付き始める頃、この花をよく見かけます。

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綺麗なピンク色の花です。
(名前は解りません・・・植物好きのクセに木の名前を知らないなんて・・・。)




季節は移り変わって行きます。


ゴールデンウィークはほぼインドアでしたが(前回のブログ内容の通り)、部屋で雨音を聞く事が多い休みでした。


最近、雨音を聞くと雨音ではなく、川の音に聴こえて仕方ありません。

学生の頃、ヘルマン・ヘッセの 『シッダールタ』 という小説を読んだ事を思い出します。

その小説の後半に、川が出て来ます。

シッダールタが川の側でいろんな事に気付く、という箇所です。




川の流れの中に、いろんなモノがあり、ただ流れ行くモノの美しい情景が描かれています。


そんなシッダールタのような崇高な精神なんて私は持ち合わせていませんが、何故か雨が降ると、川の側に居て、ただ流れを見ている様な気分になります。





タイトルから離れた内容になりましたが、今私が聴いている音楽もまた、シッダールタに繋がるような音楽なので、ちょこっと書いてみました。




既にブログには書いていますが、私は学生の頃、ピアノを習っていたので、クラシック好きです。

今、スーク・トリオ演奏のドヴォルザーク、ピアノ三重奏曲、第3番を聴いています。


第3番へ単調作品65の、ⅡーAllegretto grazioso が好きで良く聴きます。


(と、こんな風に書くと、よくよそのブログでは音楽を張り付けたりしていて、解り易いのですが、私はブログ初級者なので無理です・・・。)




この曲、何が好きかと言うと、この曲(ⅡーAllegretto grazioso ) の2分14秒あたりからの音の雰囲気が大好きなのです。

ピアノ、ヴァイオリン、チェロが三者三様の音を出していて、三本の糸が綺麗に紡がれていく様な、過去・現在・未来が流れている様な、そんな面白い音の景色が見えるのです。


そして、ある瞬間、その全てが一つに重なり、ほんの一瞬しか見れない空の色の様なものを形作り、また解けて所定の場所に還る、といった印象を受けます。


様々な事が、ある一つの場所へ向かう為のキーワードのような、そんな感じを受けます。





ヘッセのシッダールタみたいな悟りの境地には程遠いですが、自分の身近にはいろんな師匠が居るのだなと思います。

あまり多くは語らない師匠です。

音は。





音を楽しむと書いて 『音楽』 と読む。



『ああ、師匠 !!』


と叫びたくなるくらいです。
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# by matsu-komichi | 2012-05-06 18:17 | 音楽

恋しくて

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ようやく、購入して頂いた木版画作品の梱包も終わり、明日には発送です。

展覧会に足を運んで下さった方々へのお礼のハガキも摺り終わり、明日送ろうと思います。




一息ついたので、近所のいつもの公園に行くと、植木市がやっていて、ハーブの苗とちびっこいカーネーションの苗を買いました。


カーネーションは小さいながらも元気な苗で、母の日までは母に見てもらう為、小さな植木鉢に入れお店に飾っています。

母の日が終われば、ベランダの少し大きな鉢に入れ替え、大きく育てようと思います。



そして写真のハーブ、イタリアンパセリとバジルは、もう少し大きくなるまでベランダで育てます。

イタリアンパセリは魚料理やマリネに使ったり、バジルはトマトパスタソースやピザに使えます。

早く使いたいものです。




ちまたではゴールデンウィーク真っ最中でウキウキ感がありますが、私はなんせ一人者なので何処かへ行く予定もなく、極普通の日常です。



しかし、この5月は、一つ勝負に出る予定で、公募展に油絵を出そうと思っています。

どうなるか解りませんが、私の所に公募展の募集要項が転がり込んで来た時


『これは出すべきだ!』


と思いました。


ですので、一つ頑張ってみたいと思います。




それからやはり、夏のグループ展に向けて新しい油絵を制作する意欲が湧いてきていて、既に絵のタイトルとかも決まっているので、ちまたではゴールデンウィーク真っ最中ですが、私は私の相棒の絵筆と一緒に過ごそうと思います。




木版とは違い、私の油絵制作は私流です。

窓を開け、絵を描く前にお香を焚き座禅を組み、何分間か瞑想をして、頭をスッキリさせてから一気に絵を描きます。

職人技ではなく、泥臭い描き方の油絵が大好きです。



ちまたでは、ゴールデンウィークで、恋しくて恋しくて仕方ない恋人と一緒に居られる事が楽しくて仕方ない、という人が多いと思いますが、私は先月木版をずっとやっていたせいで、油絵が恋しくて恋しくて仕方ありません。



なにはともあれ、良い休みになりそうです。
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# by matsu-komichi | 2012-05-02 22:41 | 美術

静観

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グループ展が終わり、なんだか静かな気持ちになりました。


何故かアヴェ・マリアを聴きたくなりました。



シューベルトのアヴェ・マリアです。



静かな救いを感じる曲です。

歌い手さんの声は、女神の慈悲を歌うというより、聴く者の見まいとしている自分の心の部分に一石を投じるような感じです。


極端に暴走してしまう事や、自分の本心を認めない事や、弱さ、妬み、などを色濃くして行く様な、辛い過程をまざまざと見る修練みたいな感じです。





絵はいつも素直です。

音も、文字も、色も。



でも心は違う気がします。






自分や人の中に、からまる糸を感じたり、傷付いている箇所を見たりしても、私はアヴェ・マリアを思い出します。



どんなに深い黒いモノを内に秘めていても、その存在を見付け、『そのままの自分でも良い』と言ってくれるような気がします。





ビートルズの 『Let It Be』 にも、マリアが表れ囁いた、という歌詞があります。



心に囁くのは、悪魔でもなく、天使でもなく、神様でもなく、マリアの場合が多いと思います。

自分の代わりに、その目に涙を浮かべてくれるような、不思議な存在だといつも思います。



自分ではなく、他の誰かの安否を思う時も、その誰かにそっと私の代わりに寄り添ってくれているような気がします。


自分が嫌いな人も、苦手な人にも、出来ればそのような寄り添う存在があれば良いなと、思ったりします。




自然の美しさの中にもそれがあると思います。

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# by matsu-komichi | 2012-04-30 12:47 | 音楽

木版画、展示その後

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最近ずっと木版画をやっていたせいか、こういう切り取ったモノに目が行きます。

桜の季節が終わり(否、まだ八重桜は咲いてます・・・)、チューリップやタンポポが公園で咲き乱れています。


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このチューリップは水彩絵の具で赤色をスィーっと走らせた様な配色に心奪われました。


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このタンポポは、真ん中の部分がたくさんクルンとなっていて、不思議でした。


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そして、何より新緑の美しい季節になりました。
(これは自家菜園のサラダ菜ですが・・・)




と、タイトルとはかけ離れた内容を書いていますが、なんと、展示した私の木版画が全て売れました!!

お手頃価格だった、という事もあり、一人の方が快く全部購入して下さりました。



ギャラリーで、びっくりして興奮して、しばらく滝の様な汗が止まりませんでした。


本当に有り難いと思いました。




深夜にも関わらず、興奮の冷めない、妙な気持ちです。

そして、まだあと一日展示の期間はあるのですが、今回もまた、かなりの収穫を得ました。




私は今回、車をテーマにしたグループ展に木版を出品しました。

お誘いを受けた時に、頭に浮かんだ私なりの車のイメージは【だんじり】でした。



次に、神様の乗る乗り物、神様の宿る木、といった具合に、トントンイメージが湧き、最終的には、木をモチーフにした版を作っていました。



【星車】 【陽車】 【月車】 【サオリ】 という4点です。
(前回のブログに写真を載せてます。)


星車、陽車、月車は樹木に車輪を付けた様な絵です。

この車輪のデザインは実はケルトの渦巻きから発想を得ました。
(でも私が描いた渦巻きはヘンテコな形です・・・)



そして、サオリ。

これは一説によると、山の神様が田畑に降りて来て、穀物を実らせる前に、一旦桜の木に宿るらしいのです。

何故宿るのかは解りませんが、【サ】は神様という意味で、【サ】が【降りる】といった具合で、【サオリ】と言うらしいです。



それが面白いと思い、その作品が出来ました。



展示して、いろんな人に見てもらうと、思いの外、高評価で驚き、買ってくれる人まで現れました。

木版画、失敗300枚も無駄ではなかったと思いました。





そして、今回一番気付いた凄い事がありました。


作品は作家が作って仕上げた段階では、いくら最高傑作でも 9割 の出来で、後の 1割 は見る人が居る事によって、完成するのだと思いました。




その事を示すとても印象深い出来事がありました。


私がギャラリーの当番をしていた時の事です。

お客さんがギャラリーに入って来られて、作品を見て、何の悪意もなく、ある作家さんの作品を見て笑ったのです。

それがお一人の作家さんではなく、複数でした。


『私ならこれやわ~』 とか 『これはこんな時の気持ちやわ~』 とか言って、カラッと笑ったのです。



吉本新喜劇のような腹を抱えて笑う【笑い】ではなく、乾いた突き抜ける笑いです。
(ちょっと説明し辛いですが・・・)


何かの本で読んだのですが、昔中国の偉い人が、夜空を見ていて、不意に雲間から月が覗いた時に、そういう笑いをしたそうです。
(この引用はもっと意味が解らないですよね・・・すいません)



小難しい事を考えずに、ただ面白いと感じた人の素直な表現を、私はギャラリーで見てしまいました。





昔、岡本太郎が万博の際、太陽の塔の事で、

『偉い評論家や美術家達に喜ばれるより、田舎から出て来た様々な家族に、作品の前で記念撮影されているほうがよっぽど嬉しい』

と言っていたのを思い出しました。




心に純粋になり、作品を作ると、そのような、岡本太郎が憧れた反応を得るのだと、今回の展示で思いました。




作家の純粋な気持ちから生まれた作品と、それを見るお客さんの姿を見て初めて、作品は完成するんだなぁと思いました。


作品が売れた事より、その仕組みが分かった事が何よりの収穫で、私は帰り道、自転車をこぐ足取りが軽く、
作品を作る情熱のスイッチがまた一つ押された気がしました。



そして、私のポートフォリオの油絵も面白いと言ってくれた人もいたりして、リンク展に続き、今日は人の反応に嬉しさを感じずにはいられない一日となりました。






次のグループ展の私の作品もおぼろげながら、決まりました。

【マギ・カルテット】です。


キリスト教の東方の三賢者と四重奏です。



私はキリスト教徒でもないのに、何言ってるんだ !

とお思いの方もおられるでしょう。



しかし、思い付いたのだから、それを表さずには居られないのです。

愛さずにはいられない、みたいな。

何故山に登るのか?と尋ねられ『そこにただ山があるからだ!』と言うように。




直感型人間ですが、その直感はいつもあながち間違いではないのです。

表すと、やはりそれを説明してくれる事象が後から後から現れるのです。




いつにも増して、文章ばかりのブログになってしまいました。

でも、表す事は、私にとって喜びなのです。


苦痛を伴うものですが、ひたすら無目的に宇宙に向かって爆発する岡本太郎のような気持ちに似てます。





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タンポポの綿毛も、密かに、爆発寸前です。
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# by matsu-komichi | 2012-04-29 02:26 | 美術

突き抜ける

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油絵はブログに載せたくないのですが、木版画は何故か載せたくなりました。

版画を油絵より下に見ているとかそういう気持ちではなく、むしろ、今回は油絵より力を込めて制作しました。




木版画を本格的にしたのは初めてで、失敗の紙の枚数を数えると、約300枚・・・

木を彫る時にも失敗し、手にマメが出来、納得の行く摺りが出来るようになったのは、つい最近でした。


木を車に見立てた作品です。

ネット上ではなくやはり実物を見てもらいたいのですが、今回の展示は京都の北の方でのギャラリーなので、なかなか人を誘えませんでした。

遠過ぎて・・・




自分で納得行く作品が出来上がる時、絵が哀しみに満ちて突き抜けているような気持ちになります。

決して悲観的な作品ではなく、突き抜ける感、があるものです。



窮地に落とされて、逃げ場がない時の爆発するような心ひとつ。

過去も現在も未来も突き抜けて、意味の存在を笑うような、円空や木喰の仏像の笑みのようなもの。



モチーフを彫る手が震えるほど、切羽詰まった思いがあり、作品が煌びやかな姿になっても、その空間に綴じられた見えない要素は確かに在るのです。



綺麗な色が出せる時、気になる形が出来る時。

それらは心の中の膿んだ塊が表に出る時なのではないかと思います。




苦しい思いばかり抱えていたら、壊れてしまいます。

壊れないように、唯一、作品や言葉に表す事は許されると私は思います。

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# by matsu-komichi | 2012-04-23 01:21 | 美術

木版

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ホームセンターで、木版画を彫る際に試し彫りに使う為、木材の小さな切れ端を買いました。

その試し彫り用の木が余ったので、ちびっこいモノを作りました。



私の大好きなドラゴンボールの悟空の乗る 筋斗雲 です。

・・・しかし、作って摺ってみると、悟空が乗るあの超高速筋斗雲とは印象が違い、超ノロマな動きをしそうな筋斗雲になってしまいました・・・。


作者に似たのか・・・?





筋斗雲は、心が綺麗な者しか乗れない乗り物です。

少しでも邪な心があると、乗れません。

私はきっと、乗れないでしょう。




今回、3月末からずっと毎晩木版画をしていて、やっと出来上がりました。

油絵とは勝手が違い、木を彫り、紙に摺るという行為にとても苦戦しました。



最近は毎年、年賀状を木版にしていましたが、きちんとした紙に仕上げる事はした事がなかったので、大変でした。


木版の人にやり方を聞こうとしたら、急用で会えなくなって、結局、自分で一からのスタートでした。





でも、たまに自分の専門分野以外の方法で制作する事は刺激がたくさんあり、良いなぁと思いました。

集中してくると、同じ速さで何枚も版を摺っていて、一段落付くと、一気に気が抜けて無気力・脱力状態、それの繰り返しでした。


しかし、とても心地良い疲れを感じます。


目の前の大事な事に一生懸命になる事が、また何か大事なものに繋がる気がしてなりません。




私の下手くそな木版、なんてことない作品ですが、何かを表したいと思った気持ちは素直に出す方が、次へ行く勇気をもらえる気がします。
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# by matsu-komichi | 2012-04-19 23:12 | 美術


『コミチ ピクトゥーラ』 油絵・写真・音楽・自然観察を楽しみながら日記のようなものを書いています。


by matsu-komichi

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