誕生日と空

a0249049_22175238.jpg

ルネッサンス絵画の背景みたいな空です。

とても静かな夕暮れ時の空です。

風はもう秋の気配を漂わしていて、虫の声が響いています。



来週から、展覧会が始まります。

1月の展覧会の時もそうだったのですが、会期が近付くにつれ、心がシーンと静かになります。

それまでは、

『ちゃんと作品が出来るだろうか?』

『いろんな人に見てもらえるかな?』

とかいろいろ考えてザワザワした気持ちなのですが、展覧会前になると何故か落ち着くのです。

余計な事はシュウウンと消えて行き、シンプルに、作品を発表出来る事が嬉しくてたまらなくて、でもまだまだながーい道を行く事を知っているので、まだまだ自分の作品は自分の思った通りには仕上がらないという事を感じています。


あんまり作品を量産しないので、学生の頃は

『もっと沢山描きなさい』

とよく先生に言われましたが、一点モノの油絵一つ描くのも相当頭と心を使うので、未だにポツリポツリとしか作品は作れません。

そんな感じで今の歳になっています。





先日、ある方のブログで、

『若い頃には出来なかった事を今とても楽しんでいる』

といった様な事が書いてあり、素敵だなと思いました。



私も、どちらかと言えばそんな感じです。

だから私は、10代や20代に戻してあげようと言われても、嫌だと言うでしょう。

思い出すだけで、腹の底から冷え上がる様な気持ちになる10代の自分にはもう二度と戻りたくありません。

同じく、20代もしっぽを追いかけては転び、それの延々繰り返しだったので、いくらピチピチお肌に戻れると言われても、私は嫌です。


年齢や見た目で判断する人は多いですが、私が良いなと思う人は皆、見えないモノを大事にしていて、心が年を取っていないのです。

だからいつ見ても綺麗に見えるし、日々魂は新たにされています。

そんな方達に憧れます。



地元の友人は25才くらいから

『もう25やで、四捨五入したら30やで !!嫌やわ~!!』

と言って嘆いていましたが、今も同じ様な感じで今の歳を嘆いています。

じゃあ一体いつが一番良いのか ? と私は思います。



こないだ、大学の友人の誕生日祝いをしました。

サプライズ誕生日にしたので、友人はとても喜んでいました。

3人でしたので、とても賑やかなパーティーになりました。

その時思ったのですが、誕生日が一番 【今】 を大事にできるものだなと思いました。



今、ここに居る。という事が一番だな~と思い、ほんの少しの量、お酒を飲みましたが酔いました。

キャアキャアと楽しむ友人の輪の中に居て、その雰囲気に酔ったのだと思います。




a0249049_23294989.jpg


雲が空を縫い綴じようとしていました。



その時その時にしか見れないモノ、感じれないモノが沢山あります。

空も、誕生日と同じ要素があるなぁと今思いました。





さてさて、今日は最後に告知です。

来週火曜日からの京都市美術館での展覧会、まだまだ残暑が厳しくお誘いするのが申し訳ないのですが、お時間ございましたら是非お越し下さい。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-09-08 23:45

師の姿

a0249049_22583778.jpg

近所の公園で、冬に撮ったポプラの木です。

このアングル、ちょっと不思議です。

光と影みたいです。

両方とも同じ木です。



見方によっては同じ木も違う木に見えてしまいます。




私は 木 が好きです。

何故かと言うと、とても神秘的なものを感じるからです。

そして、姿形が美しいからです。

この【美しい】と感じるのはきっと木が内包している奥深さがあるからだと思います。



油絵のキャンバスは木組みで出来ているし、家も木で出来ていて、特に木造建築の家にいると木の中に住んでいる様で居心地良いのです。


昔見たアニメで 南の島のフローネ だったと思いますが、そのアニメでフローネの一家が無人島に辿り着き、大きな木の上に家を建てて生活していたのを見て羨ましく思いました。

フローネのお父さんは確かお医者さんだったと思いますが、やたらと大工仕事が得意で、家を作り、フローネ達が使うベッドやテーブルやイスまで作っていて凄いお父さんだと思って見ていました。


無人島で暮らすのはちょっと無理がありますが、やはり木造建築が好きです。



木は物質的にも精神的にも豊かなものだと思います。



北欧神話に、世界樹と呼ばれる【ユッグドラシル】というものがあります。

天界、地上、黄泉、その三つの世界にまたがる大きな樹木です。

その木の周りにはいろんな神話のエピソードがあり、木があらゆるものの根源的要素を持っているのだと思わされます。

私はいつかこのユッグドラシルを描いてみたいです。


シャーマンが木と友達になり木からインスピレーションをもらったり、熊楠と名付けられた和歌山の青年が世界的な学者さんになったり、屋久杉の森から日本を代表するアニメーションが出来たり、作物を実らす神様が山から下りて来て桜の木に宿り花を咲かせたり、木と人間の間にあるものが沢山あります。



木の側に居ると落ちつくし、百戦錬磨の師匠と対面しているような気持ちになります。

様々な世界神話や日本の神話を書かせたのは樹木なのではないかとさえ思います。

風景が人を育ててくれているような気がします。




近所の公園のポプラ並木は緑いっぱいの姿をしていましたが、秋を迎える準備をしている感じでもありました。

a0249049_23391927.jpg

a0249049_23395956.jpg


秋になるとまた綺麗な色が木に宿ります。

1年通して見飽きる事のない 木 が大好きです。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-09-05 23:53

雨と虹

a0249049_21183299.jpg

花の上に雨粒が乗っていました。

雨上がりの植物は何故こんなに綺麗なんでしょうか?


空を見ると、半月型の大きな虹がありました。
a0249049_21211322.jpg

a0249049_21214875.jpg

急いで歩道橋に駆け上がり、まだ雨がパラパラ降っていましたが、傘を差すのも忘れてしまいました。

良く見ると、虹が2つ出来ていました。

2つ目はうっすらとしか見えませんでしたが、初めてダブルレインボーを見て感動して写真を撮りました。
(これは二枚の写真ですが、いつもタテ構図で写真を撮る癖があるので、この二枚は一つの虹です。パノラマ写真的に左右二回に分けて撮りました。その一つの虹の外側にもう一つ虹がかかっていました。解りにくくてすいません・・・)



3、4日前、不思議な夢を見ました。

晴れ渡った空に大きな入道雲かと思ったら、やけにリアルな龍の雲が天に昇っているような形でした。

その時も必死に夢で写真を撮っていました。



人間関係で納得行かない事があり、最近ずっともんもんとしていました。

眠る時に

『何故こんな事が起きるのか?!』

と心に問い、眠る日々が続きました。


すると、龍の雲を夢で見たり、現実で私の苛立ちを教え諭すような出来事が起きました。

私は価値観の違う人に対してもんもんとしていたのですが、現実に起きる事は嘘みたいに私の考えから外れたモノばかりで、初めは

『なんでこんな事ばかり起きるんや??』

と思ってびっくりしていました。

でも、私と価値観が違っている人の、事を起こす原動力というか根っこの部分は 【愛】 から発していて、私が考える愛とは別物だけれど、相手は相手なりに最善を尽くそうと言う愛から生まれた出来事だったのです。


自分と価値観が合わないとすぐに嫌気がさしてしまったりしがちですが、相手が何を根本に置き、何を伝えたかったのか?という事に気付かない時が多いと思わされました。


相手の気持ちになって考えよう、とかいう事を掲げたりしていますが、大抵自分の基準で物事を判断してしまうのだと、改めて感じました。

むむむ(怒)・・・と思うより先に、幾つもびっくりな出来事が起きたので、頭が

『いやいや、怒るより先にクールダウンや!』

となったのが良い結果を生みました。



トラブルや怒りが出て来る時は、相手を理解していない時が多いのだと思いました。

理解しようとしても無理なら、相手とやり合う(自分から意志表示する)。

解決しても、またトラブルが起きると、やっぱりまたちゃんと自分の意見を言わないと相手の意見も聞けないのだと思わされました。


そうやって、相手が自分の知らない愛情を持っていた事に気付くと怒りや不安はすうっと無くなるのです。

不思議ですが。

気付いたからと言って、自分が相手の心と一緒になるわけではないのですが、相手の愛情を知ると、不思議と怒りはおさまるのです。


心と心に虹が掛るような・・・

(カッコ良く言い過ぎですが・・・)

自分の周りに起きる事は、理不尽のようで、実はそうでない事が多いのだと思いました。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-09-01 22:03

安堵

a0249049_052617.jpg


自家製おはぎです。


おはぎ は不思議です。



ふつうに、晩ご飯とかに、ご飯茶わんにもち米がよそわれて、そのおかずに

『はい、おかずはあんこですよ~』

なんて言われて出されたら、

『米にあんこなんて合うかいな !!』

と言ってしまいそうですが、おはぎになると

『もち米にあんこサイコー !!』

となるのですから。


カテゴリー分けされているモノの面白さという所でしょうか。



それと似た感じで、私は 【豆ごはん】 が苦手です。
(グリンピースご飯や赤飯や、あ、あと栗ご飯も・・・)

ご飯と一緒に豆を炊くと、豆に口の中の水分が取られて余計喉が渇く、という理由で苦手です。
(栗も豆と同様の理由です・・・)

でも、ご飯におかずで五目煮とか枝豆があると喜んで豆を箸で一粒一粒取り味わって食べます。

栗も、米と別なら喜んで食べます。





と、そんな話はどうでも良いのです・・・。


やっと、来月のグループ展の作品にめどが付いたのです。

出来なかったらどうしようという不安から解放されて、体の細胞が一度に緩んだ気がします。

あとまだ額付けや梱包が残っていますが、なにわともあれ一安心です。



最初は マギ について描こうと思っていたのですが、今回のグループ展のテーマを知り変更しました。
(マギとは、東方の三賢者の事です。)

マギの次に頭に浮かんだのは、ゲート(門)でした。

フジコへミングさんのコンサートに行った時に頭の中に現れた金色のでっかい門が一瞬頭によぎりました。



そして、門出、あの世とこの世の境目の門、四門出遊、花道の門・・・といろいろなシーンの門が浮かびました。

浮かぶそんな門をぼんやり考え、最終的に出来たのは、植物の門でした。
(私の頭の中では、千と千尋の神隠しの、船から各地の神様達がやって来る時に流れている音楽が何故か流れています。)


モチーフの植物は見てのお楽しみです。

なので、9月11日~16日、京都の美術館で見に来て下さる方を絵はお待ちしています。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-08-27 01:48

風の形

a0249049_22104736.jpg

日曜日、空の雲があまりにも綺麗だったので写真を撮りました。

それまでは酷い雷雨で、大変だった関西。

景色に意味なんてないのかもしれないですが、目の前の景色は私の考えを遥かに超えていて、唖然とするばかりです。



以前、木版で筋斗雲を作った事がありますが、筋斗雲みたいな雲もありました。
a0249049_22162386.jpg


暑いし、虫は出るし、予定は狂うし、辛いニュースが多いし、なんて夏なんだ!!と思ってしまいますが、何が起きても一日はやって来て、過ぎて行きます。





昔、朝ドラのヒロインが

『雲の行先は風が決める』

と言っていました。




無理やり自分で何か動こうとしても動けない時はあり、それとは別で流れに乗っているような時があります。

雲はいつもそんな流れに乗っているのかもしれません。



私は今、ある植物の絵を描いています。

来月の展覧会用の絵です。

(ちゃんと出来上がるか不安だらけです・・・)



最悪なまでに心が落ちた時、ホワンと闇の底で見えたものがありました。

当時は何か解りませんでしたが、今はようやく少し解って来た気がします。


それを絵にしているのだと、最近ようやく気付きました。

でもイタチごっこなので、解り始めたかと思うとすぐぼやけてすり抜けて行きます。



ただ、ものすごく思うのは、自分というものが絵に表れると言う事です。



私が今描いている植物は丁度、今の時期、花が満開になります。

その花がアーチ状になって、門になり、労ってくれているような、そんな気がしてなりません。



考え方が違う人、国が違う人、悩みが違う人、それぞれが異なる心を持っているのに、ある一つの事象を軸にして動いているのだと感じる事がよくあります。

傷付けて、傷付けられて、解らない者同士ですが、【同志】なのだと思えて来ます。


そんな時、ものすごく自分の絵を人に見てもらいたいと思ってしまいます。


『ありがとう』

『ごめんね』


という言葉では伝わらないものがある気がします。


いろんな人に絵を見てもらいたいです。

自分の絵ももちろんいろんな人に見てもらいたいですが、人が描く絵を普段絵なんて見ない人にも見てもらいたいです。

外国みたいに、【第何日曜日は美術館入館無料】とかに日本もなってもらいたいです。

否、世界中でそうなれば良いのになぁと思います。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-08-20 23:32 | 写真

お盆

a0249049_2350585.jpg

枇杷の写真です。

本格的な夏になる前に撮って、今頃写真出しています・・・。


枇杷の木があれば医者要らずと言われているそうです。

枇杷の実は美味しいし、葉っぱも、冬にお風呂に入れると入浴剤要らずで体の芯までポカポカになります。



そんな枇杷の木が私の家の裏にあります。知人に貰ったものです。

決して裏庭とは呼べない狭小空間に植えられているのに、毎年沢山の実や葉を付けます。


枇杷・・・、体だけじゃなくて心も治してくれたらいいのに・・・・とぼんやり思います。





お盆の期間中、兄の姪っ子達2人が家に来ていたのでとても賑やかでした。

その期間中、兄たちと両親は休みを利用して釣に出かけました。

私と姪っ子①は釣りが面倒だったので、家で留守番でした。



姪っ子一人だけだから楽勝と思っていたのですが、こないだの豪雨・雷。

朝方、びっくりして目が覚め、姪っ子を怖がらせてはいけないから、平常心を保とうと必死になりました。

『ま、しばらくしたらおさまるで。』

と姪っ子に言いながら、内心ドキドキしていました。

ちびっ子を預かる責任は大きいな・・・と思いました。

心が大きくないと、安心させる事も出来ないし、また虫が出て姪っ子より騒ぎ立ててしまったので、楽勝ではありませんでした・・・。



そして、しばらくして、テレビを見たら、京阪神で大雨被害続出で驚きました。

幸い、私の住む所は何にもありませんでした。

でも私がよく使う地下鉄が水浸しになっていたり、親戚の家が床下浸水になっていたらしいです。


次の日、お墓参りに行くと、墓石を取り囲む塀のような部分の一部が壊れかけていて、水の力がどれだけ凄かったか物語っていました。




自然の怖さは、人が地球に住まわせてもらっているのだと言う事を思わせてくれます。

人が良いように解釈しているだけで、実はもっと別な側面が自然にはあり、考えも付かない所にその意味があるのかもしれないなと思います。



でも、人はイメージをして、こうなったら良いなとか嫌だなとか考えたり、草木や植物や空を見て自分を解放してしまったりします。

弱い自分を受け止めてくれるのは言葉を必要としない景色だけなのかもしれないと思ったり。





怖さや嫌悪感、相手を勝手に判断して決めつけたりする事、不安が先に立って誰かを信じなかったり、いろいろ人はあります。

怖さがあるのにも関わらず、人の心を丸ごと受け止めてくれる、自然は、実に不思議です。

傲慢で、ワガママで、相手が自分の映し鏡だと知っているのに相手を受け付けなかったりするバカ野郎の人の心に密かに赦しを与える様な、不思議さがあります。


傷つく時は決まって自分の一番の問題がネックになっているのに、それから逃げ出す事をしてしまい、私は袋小路にはまります。



まず、自分で納得行くまで自分を許さないと相手は許せないのだな・・・と景色を見て思います。

自分の中の子供を大きな心で受け止めて、落ち着かせるような感じです。





心の中には誰しも子供が居て、ある記憶や思いを必死に抱えていて、誰かに気付いて欲しいと思っているのかもしれません。


でも、なかなか心の中までは人には伝わらず、毎日毎日、毎年毎年、何十年も赦してくれる人を求めていて、なかなかそんな人に出会わないから代わりに何かにすり替えてみたり。

心は何かと頑張って来ていたのです。

頑張っているのに周りは気付く事無く、平気で自分の嫌いな言葉や行動をして来て、我慢の限界が来て我を忘れてしまうのだと思います。





雷と子供と赦し。


もういい加減気付け!!と怒りの様な雷でした。


何故か、キーワードをポンポン投げられていたかのようなお盆となりました。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-08-16 01:03

絵の原点

a0249049_1334610.jpg

お盆のお供え用の果物です。

綺麗な濃い紫です。

皮の中は緑がかった透明な色で、やはり食べる前に色に見惚れます。





油絵制作で煮詰まって来ている最中、今日は篆書の本を読んでいました。

昔から、何かに煮詰まると別な何かにのめり込む性質です。

試験勉強中に、何度別な事をしたか・・・。

これは飽きっぽい性格だからでしょうか?

いや、自分としては、あくまでも気分転換のつもりです。


篆書の本を読んでいると正に温故知新です。

モノの形から字が生まれて来たという事も理由の一つですが、何か人間的な嗅覚で感じて見える形を繋げて出来上がった字がある事がなんとなく解ってきました。


人に自分が立ち会った出来事を伝えたいという気持ちがビシビシ伝わって来て、目に見える事や目に見えない事も形として表せるのだという信念の様なものも感じられます。



私は美術の予備校に通っていた時に岡本太郎さんの事を知り、アカデミックな技法や考えに疑惑を持ち、写実的なものは受け付けなくなり、模写なんてもっての他!!写真を見て描くのもナンセンスと思っていました。

そのころは岡本太郎さんの考えを知って間なしだったので、彼のうわべしか見ていなかったから、そんな極端な頭に自分がなっていたんだなと今は思います。


岡本太郎さんの事をそれからずっとことある毎に調べて行く内に、彼が何を言いたかったのか、今は少し解ります。

彼の発言は派手でしたが、派手な発言の裏には、繊細な思いがあり、見事に派手さに隠れてはいるものの、ずっと息はしていた、といった感じです。





とまあ、今回岡本太郎談議をしたいのではなく、篆書です。

何が言いたかったのかと言うと、今の自分はやっと少し目が世界に慣れて来たのかもしれない、と言う事です。


出来上がったモノを丁寧に見るという目。


いや、昔は昔で一生懸命だったので、昔の自分は否定しません。

昔の自分がモノを丁寧に見ていなかったという様な書き方になってしまったので訂正です。

ただ、今、ここにいる自分は何に興味を持っているか?という事がそのまま作品に出るものなので、その詰めの作業をしているのだと思います。


篆書はまだまだ勉強の余地がありますが、調べているとポツリポツリと、また自分のルーツに出くわす事があり、やはり絵に繋がっているのだと感動してしまいます。



篆書で、【無】と言う字や【旅】という字があり、それを見た時、字は絵の原点である様な気がしてとても感動しました。



今年1月に、私に篆書の文字を見せてくれた書道家さんに、是非もう一度会ってお礼が言いたいです。


会えると信じていたら、会えるでしょうか?

いや、もう既に再会を果たした、と思っていた方が現実を引き寄せるらしいですね。



とにかく、絵の原点を生み出した先人の作品を見て、模写をして、また作品を見て・・・という行為はあたかも自分がその人になったかのような錯覚を起こし、気付きを沢山くれます。


絵の原点を見て、またキャンバスに絵が描けるという喜び。

破綻しそうなモノを抱えながら、せっせと表現に関わる事の大事さ。



たった一人の都合で描いてはいない気がなんとなくします。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-08-10 02:14

長野の8月

a0249049_016127.jpg

一昨年の8月、長野県・安曇野のいわさきちひろ美術館に行きました。

その時に撮った長野県の写真です。



何故今頃その写真を見ているかというと、今日はとてもとても怖い体験をしたので写真で癒されよう!と思い立ったからです。




今日、夕方からまた作業場で作業をしていたら、なんとなく入口付近が気になりふと目をそちらに向けました。

・・・すると、私の目に入って来たのは、文字で表すのも嫌で固有名詞を言うのも嫌な、黒い虫でした!!

しかもとても大きい・・・(T_T)

サァァァ・・・と血の気が引き、逃げ場もなく、助けを呼ぶ事も出来ず、立ち尽くしました。

でも、作業場の入口からヤツが侵入してきたら、油絵が危険にさらされる!!と、油絵の事が心配で心配で、今までヤツに対して奮い立たせた事のない勇気を必死に奮い立たせ、近くにあった50センチくらいの棒を持ち、入口付近にいるヤツを外に追いやりました。


そしてその後、ヤツが出て来そうな所にスプレーをかけましたが、逃げられていました・・・退治出来なかった。

どうしよう・・・・・明日から・・・と、闘志も一気になくなり落ち込みました。


でも、油絵は仕上げなければいけないので、自分に暗示をかけようと思います。

【作業場では何があっても油絵優先 !】

【作業場では何が来ても戦う !】


とは言ってみても虚しく・・・。

全米の催眠術チャンピオンとかにヤツが来ても平気に戦えると催眠をかけてもらいたい・・・(;_;)


そんなこんなで、落ち込み、素敵なモノを思い出そうと思いました。


なので、長野です!!


長野県は、夏でしたがとても風が心地良く、レンタルの自転車で駅からちひろ美術館に行くのが最高に気持ち良かったです。

ちひろ美術館はとても緑溢れる素敵な美術館で、子供が遊べる大きな庭や大人が寝転がってくつろげるベンチや広いお花畑がありました。

a0249049_0421714.jpg

ラベンダー畑が広がっていました。


美術館の中にはいわさきちひろの作品がたくさんあり、とろけそうに優しい気持ちになりました。



ちひろさんは子供の動作や表情を捉えるのがとても上手で、走ったり転んだり笑ったり怒ったりすねたり何かを想像している所の絵を見ていると涙が出そうになりました。

絵の中の子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきそうでした。



私は家の前が小学校なので、いつも子供たちの声が聞こえます。

子供たちの話を聞いていると本当に可笑しくて笑ってしまいます。



こないだは

『アンパンマンは男なんか女なんか、どっちやねん?!』

とか。



友達と遊んでいる子が

『一つの事はちゃんと守れ!』

とお父さんみたいな口調で話したり。



『自転車でこの細い道を行くのは危険や!』

と探検隊の隊長さんみたいな声をあげていたりします。


そんな、子供の楽しい遊びや気持ちを、ちひろさんは絵にしていて、ふんわり抱きしめてくれる優しいお母さんや温かくて大きい手のお父さんみたいな絵でした。



夏休みが自分の生活から無くなってかなり経ちますが、家の前の小学校のお陰で毎年自分も夏休みを楽しんでいる気分になります。


虫が活発になる夏は苦手ですが、機会があればまた、安曇野のちひろ美術館に夏に行きたいです。




そういえば、最寄り駅から美術館までのほんの少しのサイクリングの途中には手打ち蕎麦のお店が何件かあり、農家レストランみたいな所でざる蕎麦を食べました。

とても美味しくて今でも忘れない味です。




電車に乗り、青春18きっぷで大阪まで帰りました。
a0249049_1122768.jpg


その土地その土地の空気が、写真に表れている気がします。


ああ、ホントに、グループ展の絵が出来上がったら、どこかへ夏旅がしたいです。

普段行かない様な所の美術館とか、行きたいです。


夏旅なのに、海や山でなく、美術館かよ・・・と言われそうですね・・・。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-08-09 01:28 | 写真

闘志

a0249049_15302710.jpg

油絵のキャンバスを作る時の道具です。

私は油絵ではけっこう大き目の作品を作るのが好きなので、キャンバスを作る時はけっこう力がいります。

画材屋さんでキャンバスの木枠とキャンバス(油彩用の塗装をされている布)を買い、木枠を組み立て、木枠の大きさに布を切り、その布を木枠の横に釘で打ち付けます。

大きなものは、気を抜くとシワが寄ったりするのですが、キャンバス張りは大得意なので、失敗は殆どありません。

九州の大工さんの孫という遺伝があるからでしょうか。
(酒飲みなのも、この遺伝が大きいです・・・。)



力仕事を終えて


『さあ、優雅に油絵描きましょう ♪ 』


といった具合ではなく、キャンバスに一礼して、汗だくで絵の具まみれになりながら描きます。

着ている服や汗ふきタオルが絞れるくらいになります。


それ以外では暑がりなので、クーラーや扇風機がしょっちゅういる派ですが、何故か絵を描く時はこの汗だくでの作業が気持ちいいのです。

頭に【闘志】と書いたハチマキを巻いている気分です。





暑い中で作業していると、この暑い中、重たい電化製品を運んだり、修理したり、理不尽なお客さんに対して感情的にならずに冷静に対処して頭を下げたりしている父の姿が頭に浮かびます。

駆け込み寺か ? というくらい実家の店にお客さんが愚痴を言いに来て、それに冷静に対応してお客さんを落ち着かせている母の姿も頭に浮かびます。



それぞれが出来る事を精一杯頑張る。

それを思わされます。


販売や修理の仕事の店ですが、両親はそれ以外の事を本当に一生懸命にしています。

私は、仕事に出ていた時は気付かなかった事がたくさんあります。


お昼ご飯時でも、お客さんが来たらすぐに対応して、ご飯が冷めて硬くなってしまってからやっとご飯を食べていたり、どういう時に一息付きたいのか?とか。



今は夏なので

『アイスコーヒー入れようか?』

というと、仕事モードの顔が緩みます。



両親にコーヒーやお茶を入れてあげる時が私の唯一の楽しみとなっています。







だから、私も私が出来る精一杯の事をやろうと思えるのです。







単なる癒しでもなく、自己満足でもない、自分の絵。


自分が感じて来た鉛の重さや、費やして来た時間や、馬鹿な行いもみんな、絵に成りたいと言っている気がします。

酷い仕打ちを受けた心、長い間待たされた思い、突発的な辛い出来事、理不尽な事、失望した事、心に穴があいてどうしようもなくてもがいた事。

自分の中にあるモノ、そのモノの矛先を誰かに向けず、自分の中にそれを打つ。

すると簡単な小手先だけではとうてい出来上がらない、堅いものが像になって行く気がします。




熱中症にならないように、スポーツ飲料を汗だくで飲むと、不思議な事に


『よっしゃ!いっちょメダル取ったろかいな!』


とスポーツ選手のような気持ちになります。





超文化系ですが、気持ちはアスリートです。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-08-06 16:23

景色の理由

a0249049_23504190.jpg

夕暮れ時のお花たちです。


夕暮れと言うと涼しいイメージがありますが、ぜんぜん涼しくないので困ります。

最近、夕方から9時くらいまで作業場で作業をしていたら、熱中症みたいな症状になってしまいました・・・。

頭が痛くて、気力が湧かなくなりました。

それに付け加えて、台風時や雨降り前などにもよく頭が痛くなるので、両方が影響しているのかもしれなくて、薬を飲んでもなかなか治りにくくて、今ようやく頭痛薬が効いて来たみたいです。



作業場で、だらだら汗をかきながら絵を描いている時は、何も不都合な事はないのですが、やはり描き終わると頭の痛みで

『イテテッ』

と言ってしまいます。

お茶を飲んだり、スポーツ飲料を飲んでいたのに・・・



でもま、今は痛みも治まったので良かったです。

台風早くどっかに行って欲しいです。



でも、そんな体調不良になっても

『次に絵の具をのせる時はこうしよう ! それから、次は・・・』

とワクワクしているのだから、自分でも自分がアホかと思います。


アホかと思いますが、熱中できる事は素晴らしいです。

上手く行かない事が多いですが、楽しい、嬉しい、大好き、です。




そして、一息付く時がたまらなく心地良いです。

(一息付くと言っても、私はタバコとかは吸わないので、主にコーヒーを飲んだりしながら空を見ます。)



毎日毎日、雲は違っていて、太陽の色も違っていて、人の生活を浮き彫りしているように思います。

昔、大学院の卒業論文にも書いたのですが、真っ赤な夕陽は様々な人の思いを飲み込んで夜に沈んで行くように思えます。


毎日毎日、植物も動物も人も自然もみんなその役割をちゃんとしているから、景色は綺麗に見えるんだろうなと思います。


自分の周りが綺麗に見えない時もあります。

周りよりも自分の頑張りを認めて欲しい、と思う時、私はそうなります。


でも、ふとした瞬間に自分を全力で受け止めてくれるものに出会ったりするし、景色はそういう要素を持っていると思います。


私が写真を載せるのは、そのお裾わけと言ったところでしょうか。

a0249049_0434785.jpg

[PR]
# by matsu-komichi | 2012-08-02 00:50 | 写真

夏の思い

a0249049_0165586.jpg

向日葵が咲く季節です。




今日は朝から作業場で制作でした。

しかし、朝からオリンピックの競技を見ていたので、心はロンドンに行ってます・・・。

a0249049_0191247.jpg


開会式もテレビのライブ中継で見てしまうほど、何故か観てしまうのです。

ナデシコに続き、男子もスペインに勝ち、連日興奮しています。




でも、そうそうオリンピックばかり観てはいられなのです・・・。

9月のグループ展の作品がまだ出来ていないのです・・・(T_T)

今日はそのグループ展の会議に出席し展覧会のDMをもらいましたが、出来ていない作品の事を思いお腹が痛くなりました・・・。




まだ出来ていないのに

『見に来て下さいね~』

と言ってDM配らないといけないなんて・・・辛すぎます。



でも、ま、なんとかなるさ、なんくるないさ、です。

(と、自分に言い聞かせます・・・。)






最近、自分の周りにキーワードが現れます。



『心を軽くする』


です。



心配性で、怖がりで、すぐ二の足を踏んでしまう性質ですが、私は今年から作品を発表するようになって、開かなかった重い扉が開き、新しい機会に巡り合う事が多くなりました。

好きな事をすると人生が廻り始める、らしいのです。



私は、絵が下手ですが、絵が大好きという気持ちがあります。

絵はいろんな出来事が出会い、生まれると思うのです。

一人一人が違う心でいるのだから、皆、絵や他の作品に対する思いは違って当然です。

自分の中にある、琴は何に触れると音が鳴るのか・・・?

何に自分を映すのか・・・?

それは本当に様々です。



心を軽くするのは、何も人生に軽薄になる事ではないし、熟考しない怠惰な訳ではないと思うのです。






そんな事を思いながら、制作をしようと思う夏。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-30 01:46

美しい

a0249049_21395817.jpg

私は夏野菜のゴーヤが大好きです。

苦みが駄目という人もいると思いますが、この苦みがまた良いんです !

苦味が苦手な人は、ゴーヤのワタをよく取り、切ったゴーヤを塩水にさらしておくと苦味は少し取れます。

ゴーヤを切っている時、恐竜を料理している感じになります。

(ゴツゴツの表面が、恐竜に思えてなりません・・・)

a0249049_21381516.jpg

そして、これは小松菜と豚の角切り肉の炒めものです。


・・・というのは嘘で、この豚角切り肉に見えるモノは実は・・・・・・お麩です、車麩です、ヘルシー野菜炒めです!!

これがまたシンプルな味付けで塩・胡椒だけで、上手いんです !! すごいんです !!




すごいんです !! と言えば、ナデシコジャパン。

深夜にも関わらず、私はテレビにかじり付き選手たちを応援しました。



始まった時から、何か雰囲気が違いました。

ボールが日本選手達の周りを滑らかに移動していて、選手達一人一人の所へカチッとはまったりしていて、独特な動き方でした。

大きなカナダの選手は力強い印象を受けましたが、日本選手達からはなんていうか・・・ボールと思う存分楽しんでいる楽しさと信念を感じました。

何か面白い事が起きそうな予感がしました。



すると、前半にO選手からバックパスでK選手にボールが渡りシュートを決めたあの絶妙のタイミング !!

ボールが吸い込まれるようにゴールネットに飛び込んで行きました。



そして、前半の終わりかけにカナダのゴール前にボールが飛んで来て、そのボールめがけてカナダ選手の守りと日本のM選手が飛び込み、M選手の頭にボールが見事に当たりボールはゴールネットを揺らしました。

背の高いカナダ選手にはボールは当らず、背の低い日本のM選手にボールがあたるなんて・・・!!


選手の瞬時の判断力やタイミングの絶妙な図り方がまたもやキラリと光る面白いゲームでした。


様々な思いが交錯する中で、本当に見ていて素晴らしいと思える瞬間を与えてくれるスポーツは凄いです。






さあ、今夜は男子サッカーの試合です。

見逃せません。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-26 22:14

面白い事

a0249049_0272787.jpg

これはトルコキキョウです。

こういう花の先に色を滲ませたような花が好きです。



a0249049_029713.jpg


そして、この、また花びらが解けようとしている形が幾何学模様みたいで美し過ぎます。



先週末、大きな図書館に行くと、探していた篆書の本がたくさんあり、5冊も借りてきました。

早速、墨で書いてみましたが・・・見るも無残。

お手本通りに書こうとしても書けません・・・。

『普通の字より難しいじゃないか !! 』

と、ツイッターをやっていたら、呟いていた所です・・・。



篆書、これは練習がいります。

でも、篆書の文字の面白い事、面白い事 !

漢文や古典が高校の頃、得意だったので、けっこう読めるのですが、楔形文字みたいな、ストーンヘンジに書かれた古代文字みたいな、不思議な文字があり、読めないのですが、こちらに訴えて来る強さが半端ないのです !!

青銅の器に刻まれたモノもあり、その青銅に 【萌え】 っとなりました。(表現が古い・・・そして、篆書の本も何やらスゴイ古い匂いがします。お香の香りが本からしたらいいのに・・・)


殷の時代からいろいろ時代が変わる毎に字も変わるし、国によって字も微妙に違う所が面白い !

そして、秦の時代に始皇帝が文字の統一化をはかっていたなんて・・・。

思い出したのですが、大学4年時に東洋美術史の授業のレポートで何故か私は秦の始皇帝陵の兵馬俑について書いたのでした。

22才の時、33才の自分がこの事に関した事を調べるなんて思ってもいなかったでしょう !

不思議です・・・。



最近の自分は何か掘り起こしている気がしてなりません。

自分の過去の事もそうですが、輪廻転生とか、魂が記憶している事柄とかも思い出そうとしているような気がします。

忘れてしまっている、大事な大事なものがあり、それを掘り出し、また磨こうとしている気がします。


自分が関わっている事や、好きな事や、出会う人もそんな感じがします。

どうしてもこれがしたかった、とか、どうしてもこの人に会いたかった、とか、そんなべラボーな説明付かない思いが根底にあり、今ここにいる様な、感じです。


行き場のないモノを背負い負荷を感じないと思い出せなかった大事なものが、一つ一つ開示されている様な気がします。




人はずっと魂のリレーをして来た様な気がします。

バトンを受け取って、また走り、次にバトンを渡す。

そうやって、何年も何十年も何億年もかけてまでもやり遂げたいものがあるのだと、なんとなく思います。



孫悟空が筋斗雲でどんどんいろんな所に飛んで行っても実は仏様の手の中に居る、みたいな感じかもしれませんが。



時を超えて、それでもなお求めるものや人がいるのは面白い事です。

そしてそれを掴んで、自分は何がしたいのか?という問いに答えられる自分に成れる事。

それはとても面白い事なのだと思います。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-25 01:22

和の下

a0249049_1214850.jpg

マンホールの縁に緑の輪が出来ていました。

日曜日は油絵を描いたので、どうにも意識が高ぶって眠れません・・・。




先週、無料ピアノコンサートの後に、偉いお坊さんの話を聞く機会を得ました。

友人にその機会を与えてもらいました。



日本という国や、日本人は一体何なの ?

という話でした。



北方アジアの国には昔から 四神相応 という思想があり、それによると日本は東なので青龍の国だとか・・・


そして、龍はオスメスどちらか?と聞かれ、話を聞きに来たお客さんの大半がオスと答えていましたが、なんと !!メスらしいのです。


ケルトでは龍をファルコンと言うらしく、やはりメスらしいです。





女性性、母、母の情け、と話は続き、聖徳太子は和をもとに国を作った、など。

日本は母親の愛情の様な、和という性質があるというお話でした。

私は何故か、マザーテレサや聖母マリアや、ポニョに出て来るグランマンマーレを思い浮かべました。




いろいろな国の人が日本に渡って来て、様々な国の人間の要素が日本人にはあるらしいです。




ストレス大国と呼ばれるような国ですが、和 という性質が一人一人にあるんだと思うと良い本質が心の奥にはあるのだなと思いました。



いろんな事が起きて、ニュースになって、大変な事が多くて、頑張りたくても頑張れないという気持ちをひた隠して生きている人が多いと思います。

イライラして、人のやる事成す事にケチを付けたりして、吐き出してはいるものの、本当に心から幸せだと言える人は何人いるでしょうか?



お坊さんはこんな事も仰っていました。

『誰かの為に何かをした時、人は幸せを感じる。小さな事でも自分が出来る事をする。見返りなんて求めずにそれこそ母の様な気持で行う』


と。




怒りや不安で我を忘れてしまわずに、和 を意識したいなと思いました。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-23 02:37

気になる事

a0249049_19325171.jpg


今日は雷と雨でした。



何故か過去の事を思い出します。

25才くらいの時、本屋さんで偶然手に取った詩集に心を奪われました。



長瀬清子さんという、明治39年生まれの人です。

不思議な事に、この方の詩集には今の私が興味を持っている事柄が所どころに散りばめられています・・・。

天使、種、神々、禱り、シバの女王やソロモン、麦、など・・・ま、そればかりが詩に出て来るわけではないですが。


25才から8年後の今、イタリア・キリスト教美術の画集を見ている私を予知していたかのような感じでなんとも不思議・・・!


私はそんなに詩に詳しい訳でもないですが、良いなと思う詩は絶えず流れる音や映像を思わせ、絵に似ているなと思うのです。




彼女の詩を少し紹介します。




【雨フレバタマシイノ】

雨フレバタマシイノ
  
ウルミテ春ヲタダオモフ
  
キヨイツメタイ暁ガ

次第ニアケテユクヤウナ

ウツクシイ手品ガイマハジマル

マダ来ヌ時間ノ豊富サヨ

(中略)

雨二ケムラフ梢ノサヤギ

イマダ花ヲユルサレヌ

一ト時ウツクシイ飢渇ノスガタ

ワタシノココロトソレガミエル



【大いなる樹木】

我は大いなる樹木とならん

そのみどり濃き円錐の静もりて

宿れるものを窺ひ得ざるまで

(中略)

夜来りなば闇に溶け去りて

人知れぬ時に

その唄のみは見えざるさざなみとならん 


などが好きです。





あと・・・


『詩にリズムが必要であることは、踊る為ではなくて精神の壁にきざみ付ける方法だからだ。リズムは錐だ。』

『すべての詩は祈願の心に要約される』

『挫折することのない人は信用できない。人は宿命として挫折によって「人間」を獲得する。』


などなど。



何故か心にズキンと来る詩や言葉があります。




そんな詩や言葉を思い出したり、書道家さんの展覧会で知った篆書の事が何故か頭に浮かび、こないだ本屋さんに行ったのですが、篆書の本はなかなか見つかりませんでした。


だからネットでいろいろ調べたりしています。


思い出したり、ピンと来る時は、その事ばかり考えています。

頭を乗っ取られたかのようです。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-20 20:51

夏の景色

a0249049_23351326.jpg

猛暑の一日でした・・・。

でも、これから猛暑という言葉が普通になる季節です。



人はうだるような暑さに参っていますが、植物達はそれぞれが季節を楽しんでいる様に感じます。

木の側に行くと、そんな雰囲気を感じます。

静かで、人間のあらゆる感情を受け止めて良いモノに変えてくれるような気がします。







今日は昨日に引き続き、油絵の作業場にいました。

開け放たれた窓から、いつもご近所さんの話声が聞こえて来ます。

今日はお孫さんが遊びに来ていたらしく、賑やかでした。



おばあさんやおじいさんと話が出来るのっていいなぁと思いました。

私の祖父母はもうだいぶ前に天国に行ったので、今の年で祖父母と会話が出来る人が羨ましいです。



祖父母と言うと、一番に思い浮かべるのは、父方の祖母です。

近所に住んでいたので、頻繁に会っていたと言う事もありますが、それ以外にとても印象深いものがあります。


父方の祖母はとても可愛らしい祖母だったのです。

昔の写真を見ると、日本人離れした洋風な顔立ちでものすごい美人で、名前もハイカラでカタカナ読みでした。


年を取った顔しか知らなかった私は昔の写真を見た時、腰が抜けそうでした・・・。

でもその超美人さんが年を取ると、なんとも可愛らしい顔になるのです。

亡くなる前に病院に入院していたのですが、看護婦さん達に

『○○ちゃん、○○ちゃん』

と可愛がられ呼ばれていました。



母曰く、

『おばあちゃんは心がそのまま姿に表れてるような人やったわ。人は心がそのまま顔や姿に出るからなぁ。意地の悪い人は意地悪い顔してるやろ ? おばあちゃんは嫁の私に意地悪なんかした事なかったわ。いつも親身になってくれたで。』

とよく言います。


そんな祖母と、今、話がしたいなぁと思いました。


ご近所さんの賑やかな話しが終わり、作業も一段落したので作業場を後にすると、空が絵になっていました。

a0249049_094952.jpg


数分単位で色が移り変わる、猛暑の夏の時期独特の、その日一日を賛美するような空です。

a0249049_0132100.jpg




祖母には 『夏』 という字が戒名の一部に付いています。

夏の綺麗な空みたいにキラキラした心で人を受けとめ愛して愛されて人生を楽しんだ祖母に、私は憧れます。


心が姿形に表れる。

表すものにも、自分の心が写る。



祖母は私の油絵をどう思うでしょうか・・・?

聞いてみたい・・・
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-17 00:34 | 写真

不器用

a0249049_0264849.jpg

土曜日、地元のとある施設でピアニストの友人のコンサートがあり、行って来ました。

こないだ聴いたばかりなのに、またピアニストの友人の音が聴ける事は私にとってとても贅沢な事でした。

しかも無料のコンサートなので、有り難いです・・・(T_T)



会場に着くと真っ白いピアノがあり、白いピアノを見たのは初めてだったので感動しました。

暫くして、友人がピアノを弾き始めました。



連弾とソロ。

最初、友人はもう一人のピアニストと連弾曲を弾きました。


連弾は二人の音色の違いを感じさせるものでした。

音の色がはっきり違っていて、私の友人の音はパワフルでジャズみたいな感じ。

もう一人の人は、ヨーロッパの古城の周りにある湖に浮かんでるスワンみたいな感じ。


違った音だけれど、とても調和していました。


ソロは、これまた驚く演奏で、リストの水の戯れに坂本龍一の音を足した様な、水の惑星って感じの印象を受け、とても心地良かったです。


友人のエスプリが伝わる伝わる。

私は音楽を聴く時は目を閉じるのですが、閉じて夢でも見ている様な心地良さでした。




思いが伝わる、と言う事は凄いです。




私は、自分の思いを人に伝えるのが下手です。

いろいろ自分なりに考えて発言したり行動したりするのですが、上手く人には伝わらず、相手が怒りだしたり不機嫌になりだし、自分の意図を説明する暇なく

『ごめん・・・』

と謝り、その場を落ち着かせます。


怒る人が極端に苦手なので、自分が先に謝ればいいや、と思ってしまい、自分の意見を言わずに居る時が多い様に思います。


でも、人に不愉快な気持ちをさせてしまう時はいつも自分なりに思う所があり、何かしらしている事があるのです。

じっくり周りの間合いを見ていたり、その人に一番合っている伝え方は何か?とか、世間一般的にはマズイという事でもこの人になら心に届くかな?とか・・・



でも、思いは届かない時が多いです。

届かなかった時に、すぐに自分の本当の気持ちを言えばいいのですが、上手く言えない自分が居るのです。





『本当はこんな気持ちを抱いていたから・・・』

とか言ってみたい相手が何人かいます。



私の心の込め方が、相手の意にそぐわないのなら、それは改めるべきだと言われると思いますが、だんだん気持ちを殺して謝る事に疲れてきました。

なので、ピアノで上手く思いが伝わる事が凄いなと思ったのです。



私は19歳から油絵を描いていますが、やはりその辺の不器用な所の埋め合わせをする為に絵を選んでる気もします。





今日は、またもや蒸し暑く、ポロシャツが絞れるくらいたくさん汗をかきながら100号キャンバス3枚と格闘しました。



大きな作品を作っている時は、いくら暑くても寒くても心が喜んでいます。

描き終えると異常な程お腹が空いていて、足がフラフラします。

描いてる時はお腹も空かず、足もふらつかないのに・・・不思議です。



木版画をしたり、ピアノをちょこっと弾いたり、写真を撮ったり、お裁縫をしたり、といろいろモノ作りが好きなのですが、一番好きなのは 油絵 です。


大好きな事が不器用さを帳消しにしてくれるといいなぁなんて思います。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-16 01:40

鉛と受け皿

a0249049_23212649.jpg

強い不安や、怒りや、寂しさを感じる時が誰しもあると思います。

周りと比べたりして自分が遅れをとっていると感じたり、自分の自意識を酷く傷付けられた時の感情は何処にぶつければ良いか解らないと悩む時。

何処を見ても敵ばかりに見える時。

いくらポジティブになろうとしても、鉛のようなものがドカッと居座っている時があると思います。



不安が故に、誰かの行動にイライラしたりして、良くない事ばかり数えてしまう時があると思います。

誰にも取られたくないと何かに必死にしがみ付いたり、纏わりつくモノを蹴落としたり。



自分が作ってしまった負荷のせいで苦しくなって、そのはけ口を誰か何かに向けたり。

人が悩んでいたり苦しんでいたりする姿を見て、面白がったり。



大人も子供も関係なく、心の鉛に喰われてしまって抜け出せない事が多いなと最近よく感じます。

今、表に出ている事はきっと氷山の一角でしょう。



地球の裏側で起きていると報道されている事も、根本的には身近に在る事と同じで、他人事ではなく人一人一人に突き付けられている事なのだと思います。





昔、仕事場で、私が見ていた子供が、どうやっても落ち着かず困り果てていたら、ベテランの先生がその子供をいきなり ぎゅうっ と真正面から力強く抱きしめたのです。

私は

『ああ!そんなことしたら余計暴れるわ・・・』

と思っていました。



でも、驚いた事に、子供は暴れず、しゅううううん と落ち着いて、何分間かずっと抱きしめられていました。



その光景が今も目に焼き付いています。

体も心も、ぎゅっ と抱きしめられるのをみんな欲しているのではないかと、最近よく思います。




私は、聖母マリアの絵を見ると、ぎゅっ と抱きしめられている感覚になります。

人それぞれ、欲するものは違うだろうけど、いろんな人がそれを持って欲しいなと思います。



今年2月にとある料理人さんが私に言ってくれた言葉が浮かんできます。

『まずは自分が幸せにならないと周りも幸せにはならない』




自分を自分で救う事から始めないといけないなと思います。

周りを気にせず、周りと違っていても、それは調和しているような気がします。


a0249049_0215418.jpg

[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-14 00:22

記憶と直感

a0249049_2037328.jpg

家庭菜園のパセリです。

私は香草が好きなのでよく食べます。


パクチーやパセリや、ハーブが好きです。

オリーブオイルも好きなので、焼いたパンにバターなどは付けず、オリーブオイルに塩、コショウ、乾燥バジル少々を入れて混ぜたモノを作り、パンに付けて食べます。

(フランスのオリーブオイルのお店で、オリーブオイルだけをパンに付けて食べていたのをヒントに作りました。)



でも、母は香草もオリーブオイルもダメで、純和風ものが好きなので、かなり私とは好みが違います。
(父は美味ければ何でも良しなので、なんでも食べます・・・)



よく、音が過去の出来事を記憶していて、ある音を聞くと思い出すモノがあります。

それと似ていて、香りや味も昔の事を記憶していると思います。



記憶はとても不思議だと思います。

私は世界地図を見た時、ある国だけまるで真っ黒に塗り潰したかのような印象を受ける国があります。

また、ある国の言葉を聞くととても懐かしく耳に心地よいものを感じます。



人が発するある言葉を聞くととても嫌悪感を感じる事があったりします。

恐怖の記憶は一番頭に残ると、何かのテレビで見て、なるほどと思いました。

生きのびる為に必要な本能的なモノだからでしょう。



嫌いな言葉や心ない発言を誰かがした時の嫌悪感、もしかしたらそれは記憶がそうさせているのではないかと思う事があります。

魂に蓄積されたモノがある気がしてなりません。




好きなモノや、好きな人にも、その記憶が関係していて、ピンと来た時には既にその虜になっている気がします。

私は今年から自分の絵を出すようになってから、自分が興味を持っている事に反応してくれる人にいろいろ出会ったし、

『これが好きだ』

と思いを表に出すと、それに関係したモノに次々出会いました。



気になる事や気になる人は、自分の人生を面白くしてくれます。






私は、最近、妙にイタリアの教会に行きたいと思っています。

キリスト教の美術や、聖母マリアの絵に強く惹かれるからです。

学生の頃は全く興味なかったのに。





先週、宮崎駿さんのアニメ『千と千尋の神隠し』を見ていたら、ぜにぃば が千尋にある事を言っていました。

千尋がハクの事で、初めてあった気がしない、みたいな事を言うと ぜにぃば は


『一度遭った事は忘れないものだよ』


と教え諭すように言っていました。

そして千尋は覚えていないけれど体験した昔の出来事を思い出します。

その場面が一番美しく印象的で、その映画の中で最も好きなシーンです。




単なる直感で動くのはバカらしいという人もいるでしょう。

直感に従うのはとても勇気がいるという人もいるでしょう。

来るもの拒まず、去るモノ追わず、の人もいるでしょう。


でも、子供みたいに素直に

『これがしたい』

『これはイヤ!』

という気持ちで動くと、面白い発見がポンポン出て来ます。



いろんな事を記憶している頭というか心というか魂は・・・凄い!!
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-12 21:39

好きだから

a0249049_1105336.jpg

枯山水です。

雨降りの蒸し暑さと猛暑で、頭がおかしくなりそうです。



そして、9月にグループ展があるので、その、追い込み段階でおかしくなりそうです。

しかし、油絵の具合があまり良くなくて、変な乾き方をしていて、手こずっています・・・。




学校を卒業してからの方が、格段に失敗の数が増えました。

実践的なスキルを叩きこまれているかのようで、絵具の種類とか、画用油の性質とか、絵を描く環境設定なども、身に沁みて勉強になる日々です。

安い筆は10年は持たないとか。

ある一定の時期を超えると、筆の毛が抜けたりもろくなり、約3分の1まで毛がすり減ります。




絵具は通気を良くしないと、というのは解っていましたが、描き終わると倉庫を閉めて戸締りするので、また描き込むまでの時間、部屋は通気が良くないので、不完全な乾き具合でした。


夏場は温度が急激に上がり、何故か表面に皺が寄ったり、ジンクホワイトを使ってしまいその上から加筆してヒビが入って、

『本当にヒビってはいるんや~』

と妙に納得したり。



失敗であれこれ考えていると、煮詰まってしまい、逃げたくなります・・・。

知ってるようで知らなかった事が沢山ある事に気付きます。



でも、逃げるわけには行きません。

キチンと自分の意識を表せるようになりたいので。


何度失敗をしても、あきらめません。

絵が好きだから。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-11 01:43 | 美術

七夕の日

a0249049_23274686.jpg

夏は新しい葉がどんどん茂って来ます。

ある一定のリズムを奏でている様な葉の付き方で、見惚れてしまいます。

a0249049_2331095.jpg

野原にアクセントを置く様な感じで、この花たちが咲いてます。



今日は七夕です。

昨日から笹つながりの話題でもちきりですね、白と黒の模様の動物の赤ちゃんで。



笹の事を考えていたら、家には商売繁盛のえべっさんの笹があり、さすがにそれに短冊を付けてはいけないなと思いました。





織姫と彦星。

梅雨の空の中でもちゃんと出会っているでしょう。




今日は、梅雨の合間の夏の空が綺麗でした。
a0249049_23392854.jpg

[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-07 23:42 | 写真

花菖蒲

a0249049_23441864.jpg


a0249049_234837100.jpg


近所にある菖蒲園の花です。

先月頭が見ごろだったのに、行きそびれました・・・。
(これは3年前に撮った写真です。)

a0249049_23513751.jpg

完璧に綺麗な姿だと思い、写真を何枚も撮りました。

a0249049_2352457.jpg

連続する個々の美は、少し三十三間堂の仏像のようです。





私の家の2軒隣のご近所さんの家から、夜になると重低音が少し響いてきます。

最近の歌はあまり知らないので解らないのですが、真夏の海辺の道を走っている車から聴こえてきそうなガンガンな音楽みたいなものの重低音です。

少しなので、騒音という訳ではないですが、夜なので重低音だけが響いて来て、前はもっと酷かったので、夜は音を下げるかヘッドホンにして欲しいとご近所さんに言いに行きました。

その甲斐あって、さすがに夜遅くは聴こえて来なくなりました。



でも、10時くらいは

『ああ、またガンガンならしてるな・・・』

と思う重低音が響いて来ます。


音が聴こえない時は、イライラしている声が聞こえて来ます。

きっと、ものすごく仕事でストレスがある人なのだなと思い、最近は重低音が聴こえて来ると私も音楽をヘッドホンで聴くようにしています。

仲が良ければ、写真の様な植物園に誘ってあげたい所ですが・・・ストレスで体壊さないように、と祈るくらいしかできません。





怒りや不満や寂しさはいろんな所にあり、いろんな人が抱えていると思います。



怒りは出す方が良いです。

私も怒りをよく出したり、悔しくて泣いたりして、強い感情を表します。

出し尽くすと、怒りや不満は誰かに向けられていたのではなく、自分の解消できない弱さに向けられていたのだと痛感したりします。

人を変える事より、自分が変わらなければ世界は変わらないのだと、気付きます。




a0249049_235437100.jpg

色を見ているだけで、心が満たされます。


『今日もお疲れさん』

と言ってくれているみたいです。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-06 00:28 | 写真

模様

a0249049_125016.jpg

a0249049_132311.jpg


今日、一つ気付いた事がありました。

上の写真は、型紙紙です。


私はこの紙や布の模様が大好きで、こういった模様のものをつい買いもとめてしまう癖がありました。

その癖に何も疑問も持たず、ただ好きだからという理由で。


でも、今日、ハッと気付きました。

a0249049_174445.jpg
a0249049_175212.jpg

a0249049_184391.jpg
a0249049_192274.jpg

これらはどれも布です。

一番下のはフランスの蚤の市で見付けたものを友人が私にくれました。刺繍布です。
調べたら、これはハーダンガー刺繍というらしいです。



これらの模様を見て何か気付くでしょうか ?

私の絵画制作の意図を知っていて、ものすごく勘の良い人なら、もしかしたら解るかもしれません。


・・・でも、私自身今日気付いたので、解らないかもしれませんが・・・。




模様。

これは見えるモノと見えないモノのハーモ二ーだったのです・・・ !!
(私の個人的な意見ですが・・・)



5月のグループ展に出した、版画。

あれにはケルト模様の渦巻きを真似して作った車輪のような模様を版に入れました。

でもあの時はその模様が何を意味しているか考えずにただ面白いから、という理由でした。



今日、ふと、布を見ていたら、その理由が解り、府に落ちた、という感じです。


仏像の光背も好きで、仏像よりまじまじと見ていたりしました。

光背も炎を模した模様のようだし、菊の葉が永続的に続くような模様だったりします。



知覚できないモノではあるものの、自然は何かを唱え続けていると常日頃から思っていました。

見えないモノがはっきり見える性質という訳ではないので、あくまでも感じる程度ですが、良い様に言うと自然の中にはいつも音楽が流れている様な、そんな気がしていました。


理解出来ないけれど、永続的に流れる呪文のような、そんなモノを模様がとても上手く表していたのだと今日気付きました。


私は学生の頃から油絵の画面に模様のようなモノを書きこんで来ました。

それがはっきりした模様になって来たのは、学校を卒業した年くらいからでした。



ずっとなにげに続けてきた事が、カチッとパズルの様にはまり、静かに心が高揚しています。





意味を模様に付けている模様もいろいろありますが、たいていはその模様の意味なんて知らずに日常生活の道具になったりしています。




言葉は姿を変え、模様になり、人のすぐ側でハーモニーを奏でている。

幾何学模様も、アラベスク模様も、チェック模様も、洋服になって身に付けられています。

レトロな建物の天井を見ると、そこにも模様があり、模様に囲まれていると感じます。

蔦の這う様を見ても模様に見えます。



人間は、可視・不可視が響き合う世界を、ずっと前から知っていて身近に感じていて模様として表していたのではないか !!



今日は科学者さんの宇宙的もの凄い発見があったとニュースで言ってましたが、私は私の発見が宇宙的に凄いと感じ、一人で熱くなりました。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-05 01:46 | 美術

夏の思い出

a0249049_23293198.jpg

去年の今頃、和歌山の友人の個展に行きました。

和歌山の海南市という所です。


電車を乗り継ぎ約2時間、そして海南市からバスに乗り、和歌山弁のおばあちゃん達が沢山乗り込んで来て、フムフムと楽しいお話を聞きながら、やっとこさ目的地のギャラリーに着きました。




ギャラリーとカフェが併設されている、とても素敵な場所でした。

オーナーご夫妻も作家さんで、陶芸をされていて、いろんな所にその陶器がありました。

大学時代の友人は、大学の時、構想表現というジャンルで立体のようなものを作っていましたが、今回は絵画を展示していました。

作品はここに載せれませんが、とても素敵でした。

内面と向き合い、甘美な像を作り上げているような絵でした。



そのギャラリーの隣にカフェがありました。

当日、そのギャラリーでオーナーと友人の撮影があり、私は少しお邪魔だったので、カフェでお茶して友人を待とうと思い、コーヒーを頼みました。






すると、コーヒーを淹れて店員さんが持って来て下さったのですが、なんと・・・・・・!!







a0249049_23461013.jpg


どどーん !!

とても片手では持てない器でコーヒーが出て来ました !!

両手で持ってやっとこさ飲めます、といった感じです。

でも縄文時代の土器で飲み物を飲んでいるようで、とても楽しくなりました。




お茶菓子を乗せている器もこれまた素敵 !!
a0249049_23501789.jpg


丸い円の中には個性的な花瓶があり、花が活けてあり、その丸い円の部分にちょこっとお茶菓子が乗っていました。
(お茶菓子を食べた後に写真を撮ったので、解りにくくてすいません・・・)


とても刺激的で、楽しいコーヒータイムになりました。




去年も丁度、梅雨時期だったので、雨が降っていました。


友人を待って居たら、偶然もう一人の友人もこのカフェギャラリーに来れる事になり、暫くして皆が揃い、三人で女子トークをしました。




この時、また3人で集まろうという話になり、この夏3人で再び集まり、和歌山ツアーをする事になりました。

その詳細はまた次に書こうと思います。




7月は近所の子供たちが待ちに待っている夏休みがあります。

そんな事を思っていたので、去年の夏の思い出を思い出しました。



私は夏になると海とか川とかは連想せず、何故か 水族館 を思い出します。

子供の頃から水族館が大好きで、何度も行っていました。

魚座だからなのかもしれませんが・・・

泳ぐのはヘタなので、ちっとも魚っぽくないですが、海の生き物は好きでした。


隣の家のお兄さんが熱帯魚をたくさん飼っていたので、しょっちゅうその水槽を見にお隣の家に行ったりしてました。
(飽きずにグッピーをアホ程見ていました・・・)



泳ぐ魚の生き生きとしている様や、悠々と漂うように進むクジラの姿をテレビで見ると、何故か落ち着き、そして憧れました。




水を得た魚の様に、自分も堂々と生き生きとしたいと思います。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-04 00:22

熱意

a0249049_2171247.jpg

梅雨の時期に載せようとあたためていた写真です。

木版画を作っていた時に書いたやつです。

ヘタな字ですが、私は字を書く事も好きだったのだと、5月に思いました。




熱意。  熱い思い。


時に暑苦しいとも言われますが・・・




それがあるかないかで、世界はガラリと変わります。




楽しさ、面白さ、悲しさ、怖さ、切なさ。

自分の気持ち、どれか一つを選んだ時、腹の底から冷え上がるモノが湧いてきたり、大きな水甕を用意しても足りないくらいの愛しさが込み上げてきたりする時があります。

嬉しくても泣けて、悲しくても泣けて、泣いてしまうエネルギーを出すものが腹の底にあります。




言葉が自分を表す時もあります。


大学の頃、初めて聖書を読みました。

私はキリスト教ではないですが、自分で本屋さんに行き、聖書を買い読みました。

全部は読み切れていませんが・・・


でも、その聖書の中に

【初めに言葉があった】

と書いてあり、何故か無性に嬉しくて感動したのを今でも覚えています。


言葉が大きなエネルギーのようなもので、人を生かしめるものなのだと感じたからです。

私は当時、それを知って絵と並行して文章を書いたりして、アートイベントで朗読とかしてました。



私は文字で必死にその時の思いを書いていました。


けれど空回り、結局人には通じず、辞めてしまいました。

今思うと、それはなぜ通じなかったのか、解ります。

熱意からではなく、邪な思いから作ったからでした。



でも、ずっと一つの事を見つめて来た自分にしか出来ない事があると、最近ある人が気付かせてくれました。

奇をてらうことなく、自分を騙すことなく、本当に表したい事を表す事が、賢明な手段だと。



素直に感情を見て、自分は大きな存在の使う単なる絵筆になっているような感覚。

それに尽きるような気がします。



誰かと比べる事もなく、自分がする事は、自分の思いに素直に忠実に成る事なのだなと、ある人との会話で気付きました。




ヘタな事をした恰好悪い自分も、ある意味、素直な自分です。

上手くいかなかった事も、大事なプロセスなので、私はそれを受け止めています。



蒸し熱い最中、暑苦しい内容になりましたが・・・・・・。



未だ消えずに在る熱意は、続けるという選択をするので、するのです。




この夏は、またいろんな人に私の油絵を見てもらえます。

熱い暑い夏の闘いです。




ヘタくそですが、私は絵が好きで、字も好きで、ピアノも好きで、お裁縫も好きです。

過去も現在も未来も、いろんな事が絡まり紡がれて行くような様が頭に浮かびます。



クリムトの金色の色が紙吹雪の様に舞い、ムソルグスキーのキエフの大門の曲が流れ、ロダンの地獄の門よりも壮麗な大きな大きな門をくぐり抜けて行く無数の光の粒を去年、フジコ・へミングのコンサートで見ました。

(厳密に言うと、私の頭の中に現れたのです。フジコさんの演奏を聴いて。)

上手くは言えませんが、そんな感じのものを表して行きたいと思います。
(どんな感じやねん !!と突っ込み入れられそうですが・・・)



素直になる夏、熱い夏。

(・・・甲子園球児のキャッチフレーズみたいです・・・。)
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-07-02 22:29

蘇る時


初めて携帯からのブログアップです。

a0249049_22552494.jpg

数秒・数分単位で池の表情が変わります。

a0249049_22563486.jpg

見逃すものかとデジカメを準備しようとしたら、こんな日にかぎってデジカメを持ってきていないではありませんか !

仕方なく携帯のカメラで、撮影しました。

綺麗な一瞬を切り取るのはなかなか難しいです。

現実の風景は、見ているだけで様々な記憶を呼び起こし、繋げ、景色に加えられます。
あの日の、あの場所で、どういう気持ちで、何を感じたか…

私には、幾つか脳裏に焼き付いている瞬間があります。
それが絵を描くきっかけとなったような気がします。

何年経っても色褪せない、瞬間が誰しもあると思います。

一目見た瞬間に心を奪われた出来事もあり、その時私を捕らえたものが何であったか、10年近く経った後でその理由に出会ったりもしました。

その出来事も綺麗な景色を見ると、鮮やかに頭に蘇ります。


写真としておさめてはいないけれど、きっと一生心に在る絵みたいなものです。

その出来事や人に私は日々新たにされています。


夏の思い出と、私の心を一瞬にして捕らえた人に、恥じないような絵を描きたいなと思いました。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-06-29 23:26

内面

a0249049_11451330.jpg

切り倒された木です。

木の年輪はよく見ますが、こういう感じの木の内部って感じの部分はあまり見ないので、思わずパシャリと撮ってしまいました。



切り倒されていないと、こういう内部はなかなか見えません。

常日頃、私はこういう内面について考えます。



人間の内面が見えにくいものだからです。




私は、とてもストレスに弱い方で、ストレスがあるとすぐに体に出ます。

緊張するとお腹が痛くなるし、苦手な人が側に居ると、足がつったり、手が震えたりもします。

ストレスを我慢をしていると、皮膚に蕁麻疹が出て来たり、いきなり視野が半分欠けたりした事もありました。
(視野はその後、回復したので、一過性の視力障害でしたが・・・)

でも、ストレスで片目に病いを持ってしまい、今も通院中です。



病気が悪化するのが怖くて、とても疲れたりストレスを感じる事をするのをためらってしまいます。

前に、友人に

『なんでもっとキビキビ動かないの ?! 』

みたいな感じで怒られた事がありましたが、怖くて動けなかったのです。

でも、その理由は何故か言えず、ただただ謝るのみでした。



でもま、ストレスが体に出るのはまだ良い方だと思っています。

はっきりとした病気として現れたら、病院に行くなり薬を飲むなり、対処できるので。




でも、形として現れないストレスの影響があり、それはものすごい数で存在していると感じます。

すぐにイライラして、食べ物を食べないと落ち着かなかったり、お酒やタバコや賭け事や・・・様々です。

それをして、落ち着く段階なら良いのですが、慢性的にストレスが溜まっていると、思考が捻じ曲げられたり、ネガティブになったりして、精神的に辛くなる事が多々あります。


それに、外的要因だけではない場合もあります。


私の場合、10代からあるトラウマがあり、それが引き金になり、いろんな事が上手く行かず、ストレスを増大させていました。


幸い私には 絵 という手段があったので、絵が私の心をいつも受け止めてくれていました。

でも、やはりどうする事も出来なくて、いろいろ心理カウンセリングを受けたりして、今に至ります。



その胸の内を話すのさえ出来なくて、自分の心が壊れて行っているのにも気付かずに、暴走しそうになっていたので、私の目は病気という形でシグナルを発したのだと今は思います。




いろんな所で事件が起きたり、悲しい出来事が起きたりしているのをテレビや新聞などで見る度、私は自分の分身が様々な所に居るのだと思えてなりません。

ストレスがいかようにも人を変化させてしまうからです。


たった一人でも、自分の胸の内を聞いてくれる人が居たら・・・とか、自分の本当の気持ちを認めてくれる人が居たら・・・

人でなくても、自分を受け止めてくれるものがあれば・・・


と、思います。

人間的に出来た心を持っている人なら大丈夫ですが、そうは行かないのが常です。



自分の中を自分で治せる薬が居る気がします。

しかし、光と影が作り出す神秘の像もあるわけで・・・。



私の考えを遥かに超えた所に世の中の秘密があるのかもしれませんが。






大学院の時、よく校舎のテラスで夕陽を見ながらコーヒーを友人と飲んでいました。

真っ赤な夕陽は、いろんな人の思いを吸い込んで静かに沈む様に見えました。


それを、何も言わずに、ただコーヒーをすすりながら友人と見つめる時間が私はとても好きでした。

今はそんな絶景な場所でコーヒーは飲めませんが、自宅で豆を挽きコーヒーを飲む時が好きです。



でもまた夕陽コーヒーが飲みたいものです。
a0249049_1258223.jpg

[PR]
# by matsu-komichi | 2012-06-26 13:03

再会の時

a0249049_2141889.jpg

大学時代、近所のピアノ教室に通っていました。

この写真は、ピアノの先生に無理を言って私がピアノを弾いている所を昔、撮ってもらいました。
(私の手だけ写っています・・・。)



大学時代に通っていた、ピアノの先生から歌のコンサートのチケットを頂き、行って来ました。

自転車を走らす事、約10分の所にコンサートホールがあり、開演15分前に着き、席に着きました。



コーラスの人達がステージに上がり、その衣装の凄さにびっくりしましたが、その動揺もどこかへ飛んで行ってしまうくらい、私は歌とピアノに魅了される事になりました。




ピアノの先生にお会いするのは、8年振りでした。

ずっと年賀状のやり取りをしていましたが、ずっと会う事は出来ませんでした。




そんな、会えない事情が長年続いたのですが、今年ようやくまた縁が繋がり、今年1月の私のグループ展を見に来て下さりました。

去年のクリスマス前に駄目もとでグループ展の案内を送った所、なんとクリスマスにその先生から8年振りにメールが来て、私のグループ展に来れるとの事で、これはクリスマスの奇跡だと思い涙が出ました。



グループ展では、行き違いになり、会えなかったのですが、今日はとてもタイミング良く会えました。




先生は黒い艶やかなドレスを着て、コーラスの人の歌の伴奏を弾いていました。

でも、先生のピアノの音は、コーラスの人の声より存在感があり、私はコーラスより先生の奏でる音を集中して目を閉じ聴き入りました。



先生のピアノの音はとてもキラキラしていました。

先生のピアノが大きな樹木みたいになり、コーラスはその樹木の周りを舞う花のようでした。



先生は華奢な体なのに、その指から紡がれる音色達はいろんな表情があり、大きな樹になったかと思うと、次は柔らかい絹のようなものになりました。

民話をテーマにした歌だったので、絵本を読んでいる気分にもなりました。



そして何より印象的だったのは、先生から受けるものが前と変わらずあった事です。

【音楽を好きになった時から灯されている灯りがずっと消えずに在る】

という事です。



年上の先生ですが、幼い少女みたいな印象を、私はピアノを習っている時よく感じていました。

それが今もあり、先生はキラキラしていました。



音が先生の姿を映していました。


感動したり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、を素直に表していて、5歳くらいの女の子が楽しんでピアノと向き合っているような、そんな絵が頭に浮かび、私は何度も感動して涙が出そうになりました。



コーラスの伴奏ではありましたが、私は充分、先生のピアノを堪能し、家に帰って制作の続きをしようと思い、早々にコンサートホールから出ようと思いました。

久しぶりにお会いするので、少し恥ずかしくて、先生には後でメールで感想を言おうと思っていました。





・・・が、私が席を立とうとすると、出口までの道が人でごった返し、すぐには出れなくなりました。

仕方ないな、と思い自分の席で座って待つ事にしました。

私の席はステージの近くで、前から3列目くらいでした。



すると、ステージから姿を消した先生がいきなり私の目の前に現れ、先生の横にはこれまた久しぶりにお会いする先生の先生がいらっしゃいました。

(先生の先生・・・ちょっと解りにくい表現ですよね、すいません・・・。ピアノの先生のお知り合いの指揮者の先生です。)



直接お会い出来ると思っていなかったのに、同時に二人に会えました。



会わなければならない時は、私がどんな状態であれ、会うタイミングをセッティングされるのだと、思いました。

でも、ずっと会いたいと思っていた方達だったので、8年振りの再会に感動しました。




私と先生達はお互い驚き、ほんの少し会話をしました。

お互いを気遣う温かい言葉を交わしました。



先生はいろんな人に挨拶をしないといけない立場だったので、私は長話はせず、別れの挨拶をしてコンサートホールを後にしました。




離れてしまった人と再会するのはとても不思議です。

まるで入り込んだ迷路で出会い頭に再会した様な感じです。


嬉しいけれど、また、私は自分のゴールに向かう為、再会に別れを告げる様な、迷路の途中みたいなもののような気がしました。






家に帰り、ベートーヴェンの交響曲第7番を聴きながら油絵の続きをしました。


ベートーヴェンの音楽は一音一音に存在感があり、心を鼓舞してくれます。

苦い思い出もぎゅっと抱きしめて道無き道を勇敢に歩いて行く様な印象を受ける音楽です。





音楽に負けていられません。


いざ、美術 !! です。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-06-24 23:03 | 音楽

光と影

a0249049_22295980.jpg

奈良の美術館に行ってきました。

シカが美術館のすぐ側まで来ていました。

シカにつつかれそうで怖くて、かなり遠くから望遠機能で写真を撮りました。



ずーっと雨で、昨晩も凄い雨だったので、今日は傘がいるかなぁと思っていたら、ものすごく快晴でした。

日陰に入ると涼しい風が吹き、目の前には山が見え、シカがいました。

動物園の中にずっといるような感覚でした。



影絵作家さんの展覧会でした。

会期終了間際の為、かなりお客さんがいました。



でも、人の波をすり抜け、見えて来る作品達はどれも見応えのあるものでした。



見に来ていたお客さんの叔母様達は

『凄いわ~ ! こんなん置けるでっかい家に住みたいわ~ ! 』

とか

『アイデアがいいわ~ ! 細かいわ~ ! 目ぇ疲れたわ~ ! 』

と大きな声でしゃべくりまくっていました・・・。



丁度、この日、作家さんがサイン会をするとの事で、せっかくだからと、私は初めてサイン会なるものに参加しました。

かなりのお客さんがサイン会に並んでいて、私の前には40人くらいがいました。

サイン会は定刻通りに始まり、だんだん前へと進みました。



そして、私の番が来て、作家さんの居る机の前に立ちました。

スラスラとサインをされて、握手をしました。

事務的なサイン会かなと思っていましたが、寡黙なその方と握手をした時、手から伝わって来る意志のようなものがありました。

『一生をかけて取り組んで行く事を大事にしなさい。』

という感じがズーンと腹の底に響いて来ました。



サインを図録にして頂いたのですが、その図録の冒頭に展覧会に寄せた文章が載っていました。

『ほんものの美しさは奥にかくれていて、簡単にはみえない。時間をかけなければ物の本質は見えてこない場合が多い。失敗や挫折や様々の経験を味わわなければ、わからないものも多い。苦い経験の中に人間としてもっとも大切な宝が隠されているように思う。』

とありました。




そういえば、今朝、テレビで、サッカー選手が祖母に言われた言葉を話していました。

『失敗は人間の内面を豊かにする。』

と。




そしてそして、朝ドラの登場人物が

『ドーナツの穴はドーナツの一部なのか ?』

と言ってました。



見えないものがある事で見えるものも生きて来る。

私はそう感じました。



ほんものの美しさはきっと人によってそれぞれ違うと思います。

見て来た事や、体験して来た事が一人一人違うのだから。



仲の良い友人と絵画の事で意見が食い違ったりもしますが、それはそうなって当然です。

どちらが良いとか悪いとかは無いのです。


意見が合わないからこの人とは交流しない、とかそんなものもないです。

嫌いだからそっぽを向いても、心の底から嫌いという訳ではないのです。


要は焦って結論を出すのではなく、根気良くケンカしてでも人や事象に関わって、なかなか見えない部分を見る為に時間をかける、という事が大事なのではないかと、今日改めて思いました。



根気と一言で言っても、根気を養うのはとても難しいのです。

根気の邪魔をする輩がたくさんいるからです。

無理は禁物ですが、物事や人を知るには時間が居るのだと思います。


時間と言う概念は無い、という考えもありますが・・・。




私は文句を言いながらも関わって来ている人や物事がたくさんあり、長い時間をかけてみないと解らないものがある、という影絵作家さんの言葉は少しわかる気がします。






地元に帰り付き、公園の池で蓮を見ていました。
a0249049_23282534.jpg

時間の移り変わりによって、陽の光の変化を追いかけたモネを思いました。

モネはどれくらい時間をかけたのか ?

『まだまだ時間がいるよ。』

と言いそうです。




空を見上げると、綺麗な影絵みたいなものが広がっていました。
a0249049_2331433.jpg


a0249049_23315524.jpg


光と影、喜びと哀しみ。



心をえぐる様な哀しみが沢山あると辛いですが、それを受け止めてくれるのが光で、両方がお互いの存在なくしては居られないような気がします。



いい絵にはその両方が在る気がします。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-06-22 23:46 | 美術

その色

a0249049_19571071.jpg

雨が降り続く、梅雨の真っただ中です。

以前、雨上がりに撮った写真です。

おそらく コノテガシワ という植物だと思います。

花が小さいのにやたらと個性的な可愛い形です。



そして、今が旬の さくらんぼ です。
a0249049_2011122.jpg


国産のさくらんぼをお客さんから頂きました。
(実家が商売をしてるので、美味しいモノをあげたり、貰ったりします。)

国産のさくらんぼは東北の女子の冬の頬のような色です。



そして、こないだスーパーでお安くなっていた アメリカンチェリー です。
a0249049_2053751.jpg


ブルースを歌い出しそうな色です。
(ブルースの時に吹くハーモニカの音が勝手に頭に流れて来ます・・・。)


色はいろいろ連想させます。




昨日、ようやく携帯の機種変更をしました。
(古い携帯で、来月から使えなくなるらしいので、頻繁に携帯会社から催促の電話があり、うんざりしていたので、変えに行きました。)

スマホ・デビューです。

その時に一番気になった色は 黄色 でした。

なので、黄色の色がちょこっと施されているスマホにしました。



・・・しかし !

初スマホなので、やたらと押し間違えたり、メールを打つのに時間がかかります。

ウイルス対策の事もよく解らないので、また携帯屋さんに行こうと思います。



そして、そして、今日は家庭菜園でトマトがやや採れたので、ラタトゥィユのようなモノを作りました。
a0249049_20194669.jpg


乾燥バジルとトマトがよく合い、美味しかったです。




緑と黄色と赤・・・

今日のブログは信号機を思わせる配色です。




色が見える、認識出来る。

毎日毎日、目は動いている。



♪ 飽かず 眺む 紅におう ♪



その色愛でつ。
[PR]
# by matsu-komichi | 2012-06-21 20:38 | 写真


『コミチ ピクトゥーラ』 油絵・写真・音楽・自然観察を楽しみながら日記のようなものを書いています。


by matsu-komichi

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

カテゴリ

全体
ブログ
写真
音楽
美術
裁縫
料理
未分類

以前の記事

2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月

フォロー中のブログ

Mimosa Garde...
タルラタンタンの銅版画日記☆
二人乗り

注意事項

komichi-pictura ブログの文章、写真、等を無断で使用する事を禁じます。

最新のトラックバック

ライフログ

検索

その他のジャンル

最新の記事

お詫び
at 2013-09-12 17:45
秋の声
at 2013-09-10 21:40
メッセージ
at 2013-09-06 18:55
名残
at 2013-08-28 21:45
もがく事、磨く事
at 2013-08-24 00:04

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事

画像一覧