人の軸

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今日は、電車に乗り、出町柳まで行きました。

何故かというと、前日に友人との食事会があり、その席に自分の携帯電話を忘れてしまうというヘマをして、友人に預かってもらい、今日出町柳まで受け取りに行きました。



いつもなら、出町柳の駅を降りる事は少ないので、新鮮でした。

出町柳から叡山電鉄に乗り、鞍馬にはよく行くのですが、今日は駅に降りたので、近くにある下鴨神社に行きました。



初めてだったので、友人に神社まで道案内してもらいました。

長い参道があり、大きな木が幾つもあり気分が高揚しました。


道の先に朱塗りの建物が見えて来ました。

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門をくぐり抜けると、本殿があり、その周りには干支の神様を祀っていました。

まずは本殿にお参りし、私はメーメーの未年なので、そのお社をお参りしました。

梅の花もポワンと小さく姿を表していました。
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神社の立て看板を見ると、なんだか、とても恋愛色の強い神社でした。

京都の清水寺にも恋愛の神社がありましたが、ここ下鴨神社はとても大きな恋愛相談所のようだと感じました。


小川が流れているし、参道が長くて、まるで龍神さんがそこに寝そべっていて、恋愛相談に来る人を背に乗せてくれているようでした。
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樹を見上げると、龍神さんが天に登って行くようでした。
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糺の森のベンチでゆっくり休憩して、家に帰って来ました。




神社の近くに産まれた友人の気質がこの土地によって育まれたようで、一本気な質をとても感じました。






いつも不思議だと思うのですが、見えないモノなんて信じない!と言う人でも初詣には行きます。
自分が生まれた土地の神様にご挨拶するかのように、赤ちゃんの時はお宮参りをします。



自分が見えない存在と一緒に生きているなんて普段は考えもしないのに、神社やお寺やお墓参りには行きます。

それは何故かと言うと、ある一つのポイントを軸にしないと、人はブレて方向軸が無くなってしまうからではないかと、私は思います。

無意識にそのポイントを選んでいて、それを軸に自分の道を行こうとするのだと思います。



神社だけでなく、自分の心が求めてやまない土地を軸に。

パリ、ニューヨーク、スペイン、沖縄、北海道。


産まれた土地ではなくても、胸躍るモノや、取り戻したい物がどうしてもそこにあり、そこを時間軸にしているようです。



人と土地、これは切っても切り離せない 縁 なのだと感じました。



時空を超えてずっと変わらない力が鎮座している場所へ行くのは、実に面白いです。





食事会の席で携帯電話を忘れたのは、神社に行く為だったのだとしみじみ思いました。

今度は草木が茂る夏に来ようと思います。
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# by matsu-komichi | 2013-02-22 23:31

美しさ

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2月は一番寒さが厳しい時です。

でも、寒くても咲く花があり、この小さな淡い色を見ていると寒いと文句を言っているのは人間だけのような気がしてきてなんとも情けない限りだと思います。

春になるまで、まだ当分寒さが厳しいでしょう。



私は春生まれで、来月になるとまた一つ年を重ねます。



今日は用事で街で会った人に

『学生さんですか?』

と言われました。


『学校なんてとっくの昔に卒業しました・・・』

と言うのが恥ずかしかったです。



間違えられるのは、あまり化粧も好きではないので、ほぼスッピンに近いからでしょう・・・。



電車に乗ると、とてもよい香りがしたり、綺麗な爪をしていたり、高いヒール姿の女性を見ると、

『ああ、女の人だなぁ・・・』

としみじみ思います。



でも、女の人で

『この人はとても綺麗だ・・・』

と思うことは殆どありません。



男の人でも、

『この人はとても素敵だ・・・』

と心底見惚れてしまった事は殆どありません。


何故かと考えてみると、何となく街や電車で摺れ違う人はチグハグな感じだからなのです。




でも、今日、とても綺麗な印象を受ける人に出会いました。

その人は街で見かけるキラキラと煌びやかな恰好ではありませんでしたが、落ち着いた声をしていて、何故か私の心までリラックスしていました。

滑らかに会話は進むし、自然に笑顔が出て来るし、不思議だなぁと思いました。


時々、そんな人に出会うのです。


見た目がとても整っていても、受ける印象がめちゃくちゃな人もいます。




接していると心が温まる、そういう人を私は美しいと思ってしまいます。

男の人でも、そんな人が居たらいいのになぁと思います。



接していると、心が温まる人。



よし、今度から

『好きな男性のタイプは?』

と人に聞かれたら、

『接していると心が温まる人』

と言おうと思います。




と、ブログで宣言するような事ではないですね・・・。




美しさの定義は、人それぞれです。




今日会った人みたいな感じに自分もなれたらいいなぁと思いました。

見かけに騙されず、誰にも物怖じせず、穏やかに人と接する事が出来る人になりたいなぁと思いました。




でも、まず、緊張しぃな性格をどうにかしたいです。
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# by matsu-komichi | 2013-02-21 01:59

操作

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昨日の夜、お雛様を出しました。

3月3日までしか飾れないので、なるべく早く出そうと思っていたのですが、バタバタしていて、もう2月半ば過ぎました・・・。


お雛様をよく見てみると、お内裏様とお雛様は着ている着物の色が違うのですが、なんと隠れペアルックだと判明しました。
(私のお雛様だけかもしれませんが・・・)

お内裏様は濃い紫の着物で、お雛様はオレンジ色の着物なのですが、お内裏様の内側の方の着物はオレンジ色で、お雛様の内側の着物は濃い紫でした。

雅なお方もペアルックだったとは・・・操作されてます。




そして、よく人形の表情を観察すると、お内裏様はとても凛々しく真っ直ぐに前を向いているのですが、お雛様はと言うと、扇を持ちつつ、なんとなく目線はお花やお供え物の所に向かっているようで・・・好奇心旺盛というかなんというか、お内裏様そっちのけで花や団子に目が行っているのです・・・。

現代の女子像を反映しているかのごとく、です。





と、そんな感じでお雛様とのんびり向き合い日向ぼっこしている暇がないくらい、私はいろんなスケジュールが詰まって来ました。

自分じゃない誰かが、私の行動をコントロールしているみたいな感じで、何とも不思議な奇怪な事をしまくっています。



人にお誘いを受けると

『否、私はやめときます』

と頭では言うつもりが・・・

『はい、なんとかやってみます』

と言っているのだから・・・!




今年、予定している展覧会の数がなんと・・・・・・・7回!!(1回の個展と6回のグループ展)


そしてイベントにも参加したりします。

今までの私からしたら、あり得ないくらいのスピードです・・・。



去年の末、私の木版画を購入して下さった方が縁のある海外に私の作品を送って下さり、私の木版画は海を渡り、その地で元気にやっているみたいで、夢を見ているようです。

嬉し過ぎます。





そして、とある場所での共同アトリエに参加することになり、アトリエ無し状態だったのがなんとか作業スペースも確保出来ました。

未知数だらけの2013年です・・・!!



波止場でぼんやりいろんな船が行き来する様を見ていたのに、とうとう自分が船を出して行き来する事になろうとは・・・。



船の軸はしっかりしていないと、帆が張れません。

風を上手く読み、星の在りかや季節を知り、帆を張り、進めて行かなければなりません。



でも、急激にあれもこれも、と手出しは出来ないので、やはり自分の出来る範囲で進めて行こうと決めています。




去年のクリスマスに、クリスマスカードを送って下さった方がいて、その方のカードに

『私は○○さんの絵が好きです』

と書かれていて、とても嬉しかった事をよく思い出します。


トラウマ、心の鉛、エゴ、弱さ・・・・・そんな塊な自分なのに、そんな自分の書いた絵を好きだと言ってくれる人が居たなんて・・・。





不思議な世の中です。





言えないモノが心にたくさんあるのに、心に溜まれば溜まるほど、見えない別な何かが生まれて、それに気付くのは決まって自分ではなく周りの人なのです。


不意に涙が出る時は、そんな時です。




だからまた、今年も、展覧会を頑張ろうと思います。
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# by matsu-komichi | 2013-02-18 20:45

土地の質

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突然ですが、私はピアノが好きです。

昨日、BSで 加古隆さん の特集がやっていて、フリージャズというモノもいいなぁと思いました。



大阪出身で、若い頃、フランスのパリの音楽院で留学していたというのを初めて知りました。

音楽院での恩師が教会でパイプオルガンを弾いていたらしく、もう今はお亡くなりになっていたので、教会のオルガン奏者さんが恩師の曲を弾いていたのですが、その曲がもの凄かったです。

かなり前の時代の人なのに、とても斬新で枠に囚われない曲で、宇宙を思わせる音でした。

そんな人の下で音楽を習い、加古さんがその恩師に

『日本人という事は財産だ』

と言われた事が今でも心に残っているらしく、なるほどなぁと思いました。



アフリカから現れた人類は長い旅を続けて、世界の隅々に散らばり、様々な人種になり様々な特色を持つようになったと、学校で教わりましたが、学校で教わっている時は、今一つその壮大さにピンと来ませんでした。

でも、大人になっていろんな人に出会い、人にはそれぞれ特徴があり、性質が異なり、異文化の人と交流を持つ事で、自分は自分なのだとか、日本人なのだという実感が湧いています。



自分の生まれ育った国の特色を体で感じていて、自分がその土地の恩恵を受けているという事で、出て来るモノもその国の味になっているのだと感じます。

例えば、ピアニストのリストの超絶技巧曲をフランス人が弾くとフランスの香りがして、日本人が弾くと日本の香りがするでしょう。



それほど、土地の豊かな力は見えなくても息付いて人に影響しているのだと思います。






話は変わりますが・・・

私は日本人ですが、何故かフランスが好きです。

フランスに住みたいとは思わないですが、フランス語を聞くと何故か懐かしくなるのです。

フランス語なんてサッパリ解らないですが、フランス語の歌を聴きまくって意味は解らないけど耳コピしたりするほど、フランス語の音が好きなのです。



一度、梅田の劇場で美輪さんの舞台を見に行った事がありました。

エディット・ピアフの物語でした。

美輪さんの存在感が凄過ぎて、フランスとかエディット・ピアフとか消し飛んでいましたが、美輪さんがフランス語で歌う時、自分も一緒に口をパクパクさせて、フランス語の歌を歌ったりしてました。



日本人なのに、こんなにフランス語の音が好きだなんて、我ながら可笑しいですが、懐かしいのです。

かと言って、フランス語を習っているとかではないですが、なんだか遠い昔にフランスに居てたような感じがして

『ああ、私は今は日本人なんだなぁ・・・』

と変な気分に陥ってしまうのです。


でも、やはり自分で選んでこの場所に来た様な気もしていて、日本の土地の性質が自分に必要なのだと感じています。




最初の話に戻りますが、自分の生まれた土地の質は財産だと言う事。

それが心に残り、深夜なのにブログを書いているのです。

良い所も悪い所もありますが、それを使って舵取りをして、操縦して行くのだと思います。




加古さんの曲はパリを思って書かれた曲でしたが、何故か日本の 赤とんぼ の様な歌の情景があり、ポエジーでした。

音が広がって、その大きなスクリーンの中に色があり、香りがありました。




私も、自分の生まれた土地を財産だと言えるようになりたいと思いました。






そんな事をつらつら考えていたら、バレンタインも終わってしまいました。

バレンタインは男女限らず、想いを寄せる人にチョコをあげて良いのだと思います。
チョコレートには目がないので、もらう側になってチョコをたらふく食べてみたいと毎年思います。

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そんな思いを込めて(?)チョコの版を息抜きに作ってみました。



チョコをもらわなかったそこのあなた!!

エアーチョコ、召し上がれ。

ボナぺティ。
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# by matsu-komichi | 2013-02-16 02:35

ものつくり

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彫刻刀を使う日が続いています。


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和綴じ本を作ろうと思っているのですが、簡単なノートをまず作ってみました。

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あまり紙でしおりとか。

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封筒なども作ってみました。
(・・・出来たけれども、完成したのを見ると、ピアノの形が左右逆・・・。昨日は傘を友人の車に忘れ、その前は封筒の上下逆で宛名を書いてしまうし・・・。うっかりミスはいったいいつまで続くのか・・・?)



意外と簡単に作れるものです。

封筒なんかは、ここぞって時に

『あれ!?封筒ないわ!!どないしよ!!』

となるのですが、自分で作れたらもうそんな事にはなりません。
(ただし、本当に封筒が居る時にのんびり封筒を手作りしている暇はないですが・・・)




去年の末くらいから、何か簡単なワークショップとかが出来るといいなぁと思うようになって来ました。

出会う人達にいろんな刺激を受けて、自分も手で何か出来ないかと考えるようになって来たからです。



それに、お釈迦様の四門出遊ではないですが、行く先々で(否、家に居ても)出くわす人がいます。

ストレス過多で、自分を自分でコントロール出来なくなっている人です。


私が何か出来る事はないかとさえ思うくらい、コントロールがきかなくなっている人。
そんな人に出会う率が高いのです。





巷には 音楽療法 というものや アートセラピー というモノがあるみたいですが、今まで私はそういったものはノーマークで、それどころか自分を自分で立て直さなくては!といった具合だったので、何も知識はないのです。

セラピー的なものを受ける側だったのです。



でも、ある時から、バタバタと見聞きする人が過去の自分の姿の10倍20倍も酷くしたようなストレス過多の人が多くなってきたのです。


私が出来る事といったら、やはり・・・・・・美術だけ。

それも、私はあまのじゃくなので、人に教える美術は苦手なのです。



その昔、教育実習に行っていた時、心の中では

『1~5段階なんて付けたくないなぁ・・・』

と思っていたし、教室の中で周りの子達と馴染めないでいる子が気になり、ゆっくりじっくりその子とお絵描きや工作したいと思っていました。

そして、それは本当に叶い、じっくりゆっくりまったりな時間をその子と過ごせたりして、その時間が未だにかけがえのないものになっているのです。

教育実習での良い思い出は正にその子との関わりだけでした。



多分、私は少数派と馬が合うのだと思います。




やや話はズレましたが、たかが美術でストレス解消出来るとは思わないのですが、自分の出来る事で何かが出来るという事を出会った人達みんなに教わって来ているので、もしかしたら美術も、油絵だけの手段ではなく、何か社会に貢献出来る事があるのではないか?と思い始めているのです。

教育実習の時みたいに、たった一人とじっくりゆっくりとお絵描きや工作を一緒にする、という事がなにか将来必要になるような気がしてならないのです。


言えない言葉や、飽きるほど言っても足りないぐらいの気持ち、それが穏やかなものなら心配はないのですが、自分を見失うくらいの気持ちがストレス漬けになっていたら、隣で話を聞いてくれるだけで良い、というのに誰もいなくて、極端な行動に走る、というパターンになるような気がします。

人でなくても、何か対象物があり、何らかの表現が出来たら、鬱屈する気持ちを晴らせるのではないか?と思います。




多分少数派対象だと思うのですが、美術で ものつくりワークショップ が出来たらいいなぁなんて思います。



微生物だって、過酷な状況に追い込まれたら、体をひっ付けて、命が消えないように守り合う、と以前の職場の理数系の同僚さんが言ってました。




難解で、訳の解らない絵を描いている絵描きという種類の人間でも、何か出来ないか?と考えてしまう世の中になっている事はもしかしたら深刻な事態なのかもしれませんが、全ての時は黄金だと昔絵描き仲間が言っていました。


今になってその意味がよく解るようになって来ました。






よく行くカフェに、彫りがひと段落付いたら行って、企画書を見てもらおうと思います。



《ものつくりワークショップ》


どうなることやら。
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# by matsu-komichi | 2013-02-11 00:19 | 美術

芝生の色

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桜の樹の向こう側には芝生があります。

冷たい北風が吹く季節なので、草の色は落ち着いた色です。




【隣の芝生は青い】

という言葉があります。


お隣さんの芝生の方が自分の家より青く綺麗だ、自分の家のモノなんて・・・

という感じです。




私はよく人から

『好きな事が出来ていいよね』

と言われます。


殆どの場合は悪意のない、素直な言葉なので

『ははは、そうやね~』

なんて言って照れて、すかさず話題を変えます。



でも、たまに

『よくまあ、その年で好き勝手に生きて・・・』

というようなドロンとした気持ちの込められた

『好きな事が出来ていいよね』

という言葉を言われる時があります。


そんな時は、その言葉を言う相手がストレス漬けになっていると解るので、私はまた

『ははは、そうやね~』

とだけ言います。




『好きな事が出来て羨ましいわ~』

ともよく言われます。



でもやはり

『ははは~』

といって切り抜けます。



でも、私から見ると、私を羨む人は私が持っていないモノを沢山持っていて、私がどんなに頑張っても手に入れる事が出来ていないモノを持っています。


頑張っても頑張ってもクタクタになり、手からすり抜けて行くのに、他人はいとも簡単に手に入れている。

それを幾つも幾つも見て来ました。



でも、それを

『あんたは良いよな!!そんなに恵まれてて!!』

と自分の感情を人にぶつけた事は殆どないです。


あまりにも人に羨ましがられた時だけ言った事がありますが・・・。






【好きな事をする】

これは本当に条件が揃い恵まれている事なのですが、何かをずっと続けているという事は、永遠に続く片思いを強いられている様な感覚に近いです。

好きだけど、圧倒的に無力を感じたり底なし沼にいる怖さと、目の前に垂らされている馬の人参のようなもの。


ポジティブもネガティブも両方総動員させて、経験から色と形を習得する様な感じ。

それが付いて回るのです。




絵だけでなく、一つの道を貫こうとする人はそんな感じでしょう。


隣の芝生を見ていても仕方ないなぁと感じます。





今、フィギュアスケート女子のA選手の滑走が迫っています。

私は、A選手の滑りが大好きです。



アイスショー的ではなく、何かもの凄い気迫のある術の極みを追求しているようで、滑りを見ると涙が出るのです。


そして、今、A選手トリプルアクセル飛べました!!!(T_T)


周りの芝生なんて気にせず、自分の技を磨く事を貫いている人だと、いつも感動します。




本当は人と比べなくても良いのだと言う事が全国ネットで表されています。


勉強になります。
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# by matsu-komichi | 2013-02-09 21:56

船出

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これは何だと思いますか?





これは・・・船です。


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菱垣廻船という貨物船で、昔、大坂~江戸間を行き来していたそうです。

この船の帆は畳200畳分だそうです!
めちゃくちゃ大きいです!



父方の祖父が船大工をしていたので、船の全貌より細かな細工や木組み部分に何故か血が騒ぎました。

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湾曲している側面や、その曲がり具合に丁度はめこまれている板が美し過ぎます。

こんな綺麗で大きな船が木で出来ているなんて!!
船大工さん達が力を合わせて作り上げた事に感動しました。


博物館の真ん中にこの大きな船が展示されているので、何度も何度も周りをちょこちょこ歩き写真を撮り、一人で見に行ったので、一人でまた地味に感動大爆発でした。





何故、船の博物館を訪れたかと言うと、理由がありました。




実は、この春、船にちなんだ名前のある場所で個展をする事になりました。

私のグループ展を見に来て下さった方がお声をかけて下さり、実現する事となりました。
その方の大きな優しさに感謝です。


詳細はDMが出来てからお知らせしようと思います。
(もったいぶるなぁとお思いでしょう。でも、DMに載せる絵と共に詳細をお伝えしたいのです。なにせ、初めての個展なので・・・)



期間は 4月27(土)28(日)29(月) と期間は短いのですが、内容の濃い良い個展にしようと思っています。

木版作品を出品しようと思っています。
以前作った木版作品と、新作を何点か作ります。


自分の作品をじっくりゆっくり見てもらえる絶好の場所です。

頑張ろうと思います。
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# by matsu-komichi | 2013-02-07 19:17 | 美術

変わり目

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ここ最近、ずっと元気がなくなっていたのですが、ネットで偶然見たブログで 冬の土用 というものがあると知りました。


1月17日~節分までをそう言うみたいですね。

私はまさにその通りで、元気もなく、何かをする気力もなく、無理やり気力を振り絞ってクッキーや恵方巻きを作りました。

その結果、なんとか元気になりましたが、まだ何となくぼんやりしたり、眠気がしています。

そんなぼんやり系で、厄年のお参りに清荒神さんに行きました。
写真を撮る為にデジカメを持って行ったのですが、メモリーカード入れ忘れ・・・。



シャンプーを買いに行き、帰って来ていざ使おうとしたら、シャンプーのはずが・・・コンディショナーと書いてあり、目を疑いました・・・。

ゴーン・・・・・・・という鐘が鈍く鳴り、某テレビアニメの顔にタテ線○子ちゃんです。




そして今日は大事な打ち合わせがあり、京都に向かいました。

何事もなく打ち合わせが終わったと思ったら、最後に・・・・・・ゴーン・・・・・・・。


打ち合わせのお部屋のアロマポットを勢い良く倒してしまいました。すいません。

そういえば、最近夢で忘れ物をする夢をよく見ていました。
正に、正夢!



人のドジを笑えません・・・(^_^;)

日頃、いろんな人の面白エピソードに腹を抱えて笑っているせいか、自分がドジをする率も高いのです。



自転車がパンクしたなぁと思って自転車屋さんに行き、見てもらうと、絵に描いたようなパンクでした。

タイヤに画鋲がささっていました・・・。

店員さんも少し薄ら笑いをしていました。





春になる為に、冬の寒さがあったり、一定の期間自然のエネルギーが低下したりする。

そんなサイクルが世の中にあって、人間はもの凄くその影響を受けているのだなと思います。



『そんなもんあるか!?あほ!!』

と言う人も居ます。



でも、確かに、季節が切り替わる香りがしますし、何かを感じます。






ここ最近、食べるモノもいきなり極端になり、いつもは殆ど食べないのですが、ファーストフードが食べたくなり、ファーストフード店に何度か行きました。

とりあえず座った席が喫煙席でした。

ここでも注意不足です。
いつもなら禁煙席にすわるのに・・・。


普段ほとんどタバコとは縁がないので、煙を嗅ぐとクラクラしました。

目はショボショボするし、タバコの香りが鼻の奥に入って居座るし、タバコを吸っている人の話がやたらと聞こえ、聞きたくない話ばかりでした。




自分の感覚が鈍ったり、鋭くなったりする事が季節の変わり目には多いなと思いました。

伊勢の荒塩を友人にもらい、それをお風呂に入れたら、お湯がアスリートみたいに強くなるし、良い香りのオイルを体に塗ると、鼻がビシバシ脳に信号を送っていると感じます。





今日は無事、大事な打ち合わせが終わりましたが、はやく気力本調子になりたいものです。



そうこうしてる間に、またもやミス発見!!
ブログや書類の訂正・・・。

いつまで、ぼんやりが続くのか・・・?





話は変わりますが、何年か前、部屋で寝床にもぐっていた時、妙に自分が動物化していると思った事がありました。

何が動物化と言うと、冬は極力動かず、冬眠がしたいと本気で思ってしまった事があったからです。

健康的な女子ならまずそんな事は思わないでしょう。
だって、女子なら寒くても重ね着のオシャレをするし、寒くてもキャアキャア言いながら街へくり出すでしょうから。

春に備える為に、冬眠がしたいなんて・・・思う人・・・人ではないでしょう・・・。
嗅覚や聴覚を研ぎ澄ましジッとしている時もあります。

聴覚を研ぎ澄ますと、空間認識が良くなる気がします。

何処に何が居て、どんな動きをしているか?とかずーっとそんな事をしている時があります。

10代の頃は、自分の重さが無くなり、何かの大きな芯と自分が繋がれていると感じていた事がありました。
座敷に座っているのに、いきなり宇宙遊泳しているみたいに天地が無くなり、必死に机の角を掴んでいたりしました。




感覚とは、本当に人として硬められたら、枠は小さいのだと思えてなりません。




見えるものと見えないものの間で、四苦八苦する生き物です。
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# by matsu-komichi | 2013-02-05 21:45

カリッと甘い

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お菓子、第二弾です。

石畳のようなこれはクッキーです。
超素朴派の簡単クッキーです。



・・・どれだけストレス溜まっとんねん!!と言われそうですが、今日はかなり穏やかでした。

このクッキーは何の変哲もありませんが、お砂糖が白砂糖ではなく、サトウキビから作られた砂糖を使っています。

母の田舎の砂糖・ザラメです。

この南の島のサトウキビから作られた砂糖は黄金色で粒が少々荒いのですが、とても優しい甘さなのです。



自分で作っておきながら、作る度に

『美味い!!』

と言ってしまいます。





そんなお砂糖を使い、素朴派のお菓子を作ったのですが、少し工夫をしました。

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こんなのを作ってみたり。




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こんなのを作ってみました。

これは、クリアファイルを絵のように切り取り、それをクッキー生地に乗せて上からココアを茶こしでまぶしました。
(某お料理サイトに乗っていたのを応用しました。)



『ええ!!クリアファイルなんか使うの?!』

とお思いでしょう。


(版画をやっている人なら解るマニアックな話ですが、シルクスクリーン制作みたいな要領でクリアファイルを切り取るのです。)

どういう事かと言いますと、クリアファイルで型紙を作るのです。
カッターナイフで切り抜いた場所に降りかけたココアが付き、絵柄が完成するのです。
よく、ケーキの上にレースペーパーを引いて粉砂糖をかけるとレース模様が出来上がる、あのような感じです。

もちろんクリアファイルは新しいもので、きちんと台所の食器洗剤で洗って使います。

自由にいろんな形がプリントされたようなクッキーが出来上がるという訳です。




彫りの作業をここの所ずっとしているので、彫ったり切ったりする事に頭を使ってしまいます。

しかし、意外とクリアファイルをカッターで切り取るのが難しくて手こずりましたが、出来上がってみるとジーンと感動してしまいました。



そして、作り上げたという達成感があります。

食べてしまえば無くなるものですが、これだから手作りは止められないのです。


チョコの季節なので、ココアを使ってみました。





お菓子作りが好きで、手先が器用な方は是非、素朴派クッキーを自分色に染めてみて下さい。

コーヒーによく合うお菓子です。
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# by matsu-komichi | 2013-02-02 20:43

ふわりと甘い

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樹の年輪みたいですが、これはケーキです。



今日は家族の誕生日だったので、初めてシフォンケーキを作りました。


でも一度目は失敗しました。

焼き上がったらすぐに型から取るのだと思い、型の横から竹ぐしを差していたら、見る見る内に生地がしぼんで、10㎝以上の高さのある生地が5センチくらいになり、取りだすとバウムクーヘンみたいになりました・・・(^_^;)

失敗しても味は同じなので美味しかったですが、やはり失敗のままでは終わらせられない!!と、お菓子作り好きの魂が燃え、再度作りました。

それが上の写真です。




シフォンケーキは出来上がると、型からは外さずひっくり返して約1時間冷ますのです。

そうして出来上がった生地はふわふわでした。

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イチゴと生クリームを添えて食べました。

カフェみたいでした。





私はお菓子をたまに作るのが好きなのですが、どうしても作りたくなる時があります。

それは疲れている時や、ストレスがある時です。



ここ数日、何故かわからないのですが、イライラする事や、腑に落ちない事や、腹が立って仕方ない状態が続いていました。

天から魔法のストレスの粉をかけられていきなりヤル気がなくなったような感じで、好きな事でやらないといけない事があるのに、一向にはかどらなくて、まいっていました。


嫌いな事と、好きな事がハッキリ色濃くなり、頭がどうかしたのではないかと思い、友人に会ったりして自分が言いたい事を聞いてもらったりしました。

それでもなお、フツフツと湧いてくる原因不明の不満や怒りや不安があり、お菓子を作る事となりました。




お菓子を作っていると、頭が空っぽになり心地良いのです。


ふわふわシフォンケーキを食べていると

【自分を解ってもらえなくても、いいじゃないか】

とふわっと思えました。



甘いモノはなんていうか、実に、書物や言葉よりも感覚的でダイレクトに自分の芯に届くのです。

それが故に、甘いモノに依存してしまう事もあると思うのですが、ほっとするモノを体に取り込むと、緊張が一気に緩むのだと改めて思いました。



ほっとする食べ物や、飲み物があるのは救いです。

そして、ほっとする人も救いです。




今日は冷たい雨の夜ですが、冬の空は綺麗な星が幾つもキラキラしていて、星空を見ていて思い浮かべる人がいたり。

美味しい料理を食べた時に

『ああ、今度はあの人と一緒にこのご飯を食べたい』

とか。

あの人は何故か穏やかな空気がいつもあって、思い浮かべるだけで心地良い、とか。



人を思い浮かべる事などは、不思議と感覚的だと思います。

自分の芯にダイレクトに届くモノや人は、説明が付かないものでもあります。




その感覚を私は大事にしたいです。
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# by matsu-komichi | 2013-02-01 21:30

抱負

またまた珍しく写真なしの記事です。



『誰かにとって生きる力が、誰かにとってはちっぽけなもの』

というテレビのドラマの台詞がありました。



最近、こんな感じでふと見聞きする言葉が腹の奥にズシンときます。



学生だった頃、人は自分とは違うのだからなるべく誰にでも合わせられるようになろうと、実習室のテラスで街灯りを見ながら思った事がありました。

いくら自分の事を話しても人から来る反応はキツイもので、少し人が嫌になった時がありました。
苦手な人や私が一番嫌いな事を話す人とどう接したら良いか解らず、ボンヤリ景色を眺めていたら、相手に合わせれば良いとふと頭に浮かびました。

投げやりな感じではなく、相手のやり方でその相手に向かうという感じです。
これは以外に上手く行きました。

それとか、自分の意思は押し込めて、まず苦手な人に自分から積極的に関わりました。

帰りの電車の中では、

『何故こんなに骨の折れる事をしてるのか?』

とよく自問自答していました。



でもそのお陰で、自分が苦手な人が何故ヘンテコな行動を取ったり発言するかがわかるようになり、骨が折れる事でもしてみるものだなと思いました。




自分の生きる力が、誰かにとってはちっぽけなもの。

その当時、ものすごくそれを私は感じていたのだと、思いました。


でも人に自分の考えをちっぽけだと言われても、消えないし無くならないのだから不思議です。

自分とは違う考えの人を嫌いになる事はないですが、出会う人出会う人にちっぽけだと言われても、どうしても自分の中にあるモノは動じないのです。

それを探ってみたり、何故こんなに自分が強く思う事があるのか!?と考えて行くと、人には見えない自分の契約書みたいなのがあったりするのです。


私はその契約書を生まれる時に掴んで来たのだと考えると、静な気持ちになり孤独を感じ、清らかな音が聞こえて来そうな気がします。

瞬間、瞬間、人は引き裂かれて生きる。

と岡本太郎さんは言ってました。



ちっぽけなものでも、自分の生きる力になるもの。

言葉の配置を変えると意味合いが違って来ます。


人と、そのちっぽけなものの比べあいなんかせずに、ニッコリ笑って行きたいなと、
遅ればせながら新年の抱負を考えてみました。
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# by matsu-komichi | 2013-01-27 03:00

切り株テーブル

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今、森というテーマで木版を作っています。
樹の皮の断面が綺麗過ぎます。

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こんな切り株のお菓子があったような気がします。






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そして巨大な繊維の塊のような切り株。


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正体は切り株の後ろのモサモサ系の樹です。


中身を切り開かないと見えない部分なので、興味深いです。






【傷付いた心を取り戻す】

というような歌詞のフレーズがここ最近ずっと頭にあります。




取り戻したり、もう一度何かを掴みに行く、とか。

大きな穴が空いた場所を、もうずっと開けっ放しでいた事に気付いたような。



そんな気持ちがグツグツ煮えつつあります。


自分の一番大事な思いが、何かをやり遂げたいと思っているのです。

社会一般的でなく、超個人的な価値に基付いて、自分の像を作ろうとしています。




何十年も酷く嫌悪感を感じていた事があり、私はそれにものすごく苦しんでいたのですが、毒だと思っていたそれが私の軸であったことに気付いたりしました。

自分の軸を人にバカにされると傷付くのですが、みんな持ってる心で生きているので、自分の心以外のものは基本的に解らないのだと言う事を長い年月をかけて解ってきたように思います。



人それぞれ、好みも違うし、嫌いな事が違うので、傷付けられたり傷付けたりの連続です。

でも、それでも同じ星の下に生まれて、同じ学び舎で肩を並べているのだから、人はデコボコのパズルのピースなのかもしれないなぁと思います。



私はいろんな人とお酒を飲む時、よくそんな事を感じます。

思いも姿も全く違うのに、大きな切り株の周りに座ってお酒を酌み交わしているような姿はとても美しいと感じます。




色や形が絶妙に配置されて、良い構図となっているのかもしれません。
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# by matsu-komichi | 2013-01-26 11:38

場所の記憶

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これは、ユーカリの樹だそうです。

大阪にあるユーカリの樹は、なんだか元気がないようにも見えます。



私は、よくブログでも書いている事ですが、樹木が好きです。

もうこれは好みの問題で、きっとブランド品が好きとかイケメンが好きとか、そんな感じの人と同様な感じです。
(ちなみに私はブランド品もイケメンもあまり好きではありません。イケメンという言葉ももう死語になりつつありますが・・・)




今日は土曜の朝で、とても寒い朝です。

でも部屋の窓の外では、ピーチクパーチクと小鳥達は井戸端会議のようなものをしていて、

『奥さん、ちょっと聞いた?!あの木の周りにおる新しくやって来た新鳥の話?!』

『何何~?!知らん知らん!』

と慌しく喋っているようです。
(新鳥とは、人で言う新人さんのようなもの、という意味で私が勝手に作った言葉です・・・)



という小鳥達のおば様的なトークを聞き、私は木の事をまたぼんやり考えます。




記憶という言葉が浮かびます。




私は広島に友人が居て、その友人を頼り何度か広島に行きました。

友人宅に行く前に、必ず立ち寄る所がありました。


それは広島の平和公園です。


夏の暑い日に、そこを訪れた時、樹が沢山ある木陰で休憩しました。

汗をだらだらかいていたので、木陰の少し座れるようなスペースで座るとホッとしました。



しばらくその場所でホッとしていたら、だんだん不思議な感覚になりました。

街の喧騒と蝉の声が聞こえていたのですが、蝉の声がだんだん際立って来て、街の音をかき消して行きました。

よく、打楽器の音をループで聴いていると、トランス状態っぽくなると言いますが、それに似た感じでした。




蝉の声と樹と自分しかいない。




そんな感じになり、夏の暑さがフッと消えました。

今思うと、その場所はある瞬間を記憶していて、そのある瞬間を思う人の思いを記憶しているような気がします。


夏の暑さ、冬の寒さ、そんな人の思考を惑わす体感温度をもろともしない大きな存在がそこに鎮座しているような気がします。



私はそういう場所が好きなのです。



『じゃけん』

とか

『いけんのよ~』

とか

『たいぎーのう』

という広島弁を聞くと、何故か心地良さまで感じます。




教会やお寺や神社みたいな空気が、その場所にはあるような気がします。



でも、それは見えない存在だけが作りあげたモノではなく、小さな人間の一つの足や一つの手が長い時をかけて作りあげてきたものでもあるのです。

酷い哀しみや苦しみの記憶があり、色褪せない場所ですが、私は広島が好きです。




場所もそうですが、人に関してもそのような傾向があります。

大好きな人には、決まって大きな黒く赤い点があり、綺麗な眼をしています。





どこかの家の犬が外で何度も吠えているのが聞こえてきました。

サイレンみたいで、そろそろ我に帰れと言っているかのようです。



さて、また木でも撮りに行こうかな、と思います。
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# by matsu-komichi | 2013-01-19 09:46

黒い猫

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これは去年ベルギーの友人がお土産にくれたコーヒーです。

黒猫の絵柄がとても印象的です。

何かを企んでいる様にも見えます。



昨日の夜、ドストエフスキーの小説をもとに作られたドラマを見ました。

そのドストエフスキーの小説を大学の頃読んでいましたが、3巻の長編で2巻の真ん中あたりで読むのを止めてしまいました・・・あまりの字数の多さで、疲れてしまったのです。



でも、ドラマを見て、もう一度読んでみようと思いました。

ドラマを見ていると、私が読んだ箇所が幾つも出て来て、面白かったです。


ロシアのお話ですが、ドラマでは日本の設定になっていて、小説の登場人物の名前の頭文字とかで日本名を作っていて、面白いなと思いました。




そもそも何故、そのドラマを見る事になったのかと言うと・・・

一番初めは、私はテレビをあまり見ないのですが、たまたまテレビの番組宣伝でそのドラマを知り、何となく興味を持ちました。

そして、二番目に、これまたあるドラマの中で登場人物がドストエフスキーの小説の話をしていて、おおっと思いました。

そして、三度目は新聞の番組欄を見ていた時、ドストエフスキーのドラマの文字が飛び込んで来て、なるほど、と思い、見る事になりました。

個人的には、金曜日にやっていた 【コクリコ坂から】 の方がとても見たかったのですが、見逃してしまい、なんとなく気になっていたドストエフスキーの【カラマーゾフの兄弟】を見てしまいました。



こんな感じで、何となく気になるキーワードがよく私の生活では現れ、そのキーワードに吸い寄せられます。

単純なのか、思った事を結局やっていて、蔦の連なりのように面白くキーワードが並んで空に浮かんでいて、パン喰い競争でパンを食べる時のような感じもしますが、おとりの餌を辿って行きカゴに入ってガシャーン・・・みたいな感じもします。



幼稚園の時に、絵描きさんになりたいと思っていたら、今、油絵や木版をしていますし。

単純、単細胞な人間なのでしょうね。




そして、話はガラリと変わり、明日は成人の日です。

自分が成人の日を迎えた日から10年以上も経っているなんて・・・!

白髪もあるし、シミもそばかすもあるし、友人には小学生の子供が居ます。

時間が経ったんだなぁと思います。


でも、心はいつもある時点から変わっていません。

幼稚園の頃に抱いた絵描きへの気持ちよりも、もっと芯に迫る思いを抱いた頃です。



崖に立った時。

自分の気持ちを誰か一人にでも解ってもらわないと死んでも死にきれないと思った時です。


その、どす黒い様な、炎の赤の様な時点から、私は私の時間で生きている様に思います。



ヘラヘラしてても、そのポイントが常にあります。

悲しいのか、嬉しいのか、よく解らなくなってきていますが、そのポイントは生々しく息付くように、どくどくと心臓の鼓動のように存在しています。





ドストエフスキーのドラマは、怪しげで不吉な影のある映像になっていました。

でも、そのドラマは不思議な色を放っていました。


去年、不思議な赤い夕焼けを見た時の虹のようでもありました。





なんだか解らないですが、また、いろいろ気付く事がありそうな雰囲気です。




シャノワール、アンカフェ・・・・・。(黒猫、一杯のコーヒー)

ミステリアスな絵柄のコーヒーを運んでくれたベルギーの友人に、ちょっと似ているシャノワール。
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# by matsu-komichi | 2013-01-13 20:23

船と香り

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えべっさんに行って来ました。

商売繁盛、笹持って来い!という文句のえびすさんです。

えびすさん とちゃんと発音すると、漫画家のえびすさんを思い浮かべてしまい、なんだか儲かる気分にはならないですが・・・。


毎年毎年、私の家ではえべっさんの所へ古い笹を持って行き、新しい笹を買います。





笹を買い、お参りを済ますと必ず屋台のお菓子を買います。

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このポルトガル風の船の絵が描かれている袋に入った甘いお菓子です。

ベビーカステラです。

(私の父の故郷は長崎・平戸です。なので私はカステラが大好きです。なので、というのも少し変ですね・・・単なる好みの問題なだけです。)


これを買う時、焼きたてが欲しいと思うのですが、殆ど既に焼かれて保存されているモノなので、残念ですが家でオーブントースターで少し焼くとこんがり美味しくなります。

このベビーカステラの香りは、えべっさんにお参りに行く前から神社付近の町中に漂っています。



この香りと共に一年が始まるような気すらします。

この袋を見るだけで、香りが蘇って来ます。



私は鼻の力が結構あると思います。

とても印象的なモノと香りがセットになっていると、そのモノを思い出すだけで、香りが蘇って来ます。

良い香りだと、なんら問題はないのですが、嫌な香りだと結構困るのです。



こないだ、掃除道具の薬品クレゾールを嗅いでしまい、鼻がおかしくなりました。

鼻の粘膜までおかしくなり、鼻の中がゴミだらけみたいな感じです。

鼻の中がカチカチで、鼻を軽く押さえるとジワリと痛くて、鼻の機能がかなり低下しているような感じです。


でも、体はとても偉くて、そんな症状は片方の鼻だけでもう片方は普通なのです。

鼻なりに、一生懸命役割を分担しているのでしょう。



なので、寝る時は香りの良いモノを側に置いたり、体に塗れるアロマオイルを付けて寝ています。

そうすると、スィーっと鼻が通り眠れます。



香りがもたらす影響は計り知れないと思わずにはいられないです。

体に触れなくても、香り成分は人体に影響を与えるので、クレゾールがいかに強烈な香りかを体感したわけです。



日常生活で、鼻が活躍しているなんて、あまり思わないで生活していますが、鼻の機能がおかしくなると、もの凄く鼻の役割が大きなものだったのだと思います。


香りで安心したり、不快になったり、香りは見えないモノですが存在感の強いモノで、実に細かなものまで嗅ぎ分けていると思います。





唐突ですが、私はキムチの香りが苦手です。


何故苦手かと言うと、ある思い出があるからです。



高校生の頃、お昼休みに教室でお弁当を食べようとしていた時、教室で男の子がキムチのパッケージごと持って来ていて、そのパッケージ一杯のキムチと白ご飯サイコー!!みたいな感じで、日の丸弁当キムチ版の昼食をとっていたのです。

その男の子がキムチのパッケージを開けた瞬間から教室中がキムチの香りでいっぱいになり、昼食が終わってもその香りが教室中にあり、午後の授業どころではなく、私は倒れそうでした。
(キムチ好きの方には申し訳ありません・・・)



私はおそらく、強めの香りが苦手なのだと思います。

白菜もトウガラシもニンニクも、単品なら大丈夫なのですが、それらが合わさるとダメなのです。


エピソードを思い出していると、やはりあの時の香りが蘇ってきました・・・(;_;)




香りは脳の中にきちんと記憶されているんだなと思います。





また、形容でも 香り は使います。


『危ない香り』

など。



危ない香りのする人にも最近出会いました。

近寄ってはいけない、警戒してしまう人なんてめったに合わないですが、時々合ったりします。



蛇年だからでしょうか・・・?

危険とチャンスはとなり合わせ、みたいな文句が頭に浮かびます。




嗅覚をよく使って今年は生きろと言われているようです。


いろいろ始まる事があり、慌しい1月ですが、舟は漕ぎ出しました。






ベビーカステラは甘くて丸いですが、良くも悪くもヘビーな年なのかもしれません・・・。

(ヘビーという言葉がツボに入ったので、友人さん、使わせて貰っています・・・すいません(^_^;)
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# by matsu-komichi | 2013-01-12 01:23

聞く耳

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寒椿が咲く季節です。



この時期になると、学校出たての頃にしていた仕事を思い出します。

トロい私は仕事先でしょっちゅう怒られていました。

その時、仕事に向かう道すがら、寒椿が咲いているのを見付け、花に向かって

『ああ、今日もまた怒られる・・・でも綺麗なお花さん、心の潤いをありがとう。頑張ってくるよ・・・』

と、心の中で呟いていました。


なので、寒椿を見るとその頃の気持ちが蘇り、きゅうっと胸が締め付けられます。



上司にはしょっちゅう怒られていましたが、不思議な事に、同僚さんの中にはとても私と仲良くしてくれる人がいつもどの職場にもポツリポツリ居て、私はその同僚さん達の存在に助けられていました。

優しい人がいろんな所にいつも居て下さったんだなと、本当に今しみじみ有り難く思います。



トロい私は私なりにいろいろ考えて行動しているのですが、あれこれ考えずに素早く動けと言う人には冷たい目線をいつも投げられていました。



でも、自分の事を弁解する様で可笑しいですが、上手く動けないのには必ず理由があるものなのです。

問題が起きる場合には理由があります。



私に優しく接してくれた同僚さん達は決まって、私にその理由を聞き出そうとしてくれていました。

焦らず、ゆっくりとした口調で、私が安心して心の内を話せるように。



怒ってカッカしてる人は、

『私やみんなが出来るのに何故あなたは出来ないの!?』

と、私が理由を話すどころの問題ではなく、むしろ理由なんて聞いてる暇などない!!といった感じでした。






何故、今日こんな話題をしているのかと言うと、少し厄介な事を見聞きしたからです。


せき止めていたダムが、決壊してしまったような話を聞きました。

壊れるだけ壊れたら、そこからまた新しく何かが構築される、と頭では解っていても、目の前で涙を流す人を見たら、どうしたものか・・・?と思ってしまうし、怒りだす人や片方の肩を持つ人がいて、水のかけ合いでしかない様な場面を見たからです。


問題を起こした人と、被害を被った人。

どちらも同じ分の言い分があって、その人を取り巻く人達も

『私は絶対この人の見方!』

とか言って、余計窯に火をくべているようで、どこの時点で歯車が狂い始めたのかを私は知りたいと思いました。



大人だから仕方ない、とか、子供みたいにワガママ言うなとか言ってしまいたくなるのは解るのですが、何故もっとゆっくりじっくり相手の問題に寄り添ってあげないのか・・・?と思います。


【大人】や【子供】なんていう言葉はあってない様なもので、本当にしっかりした人はそんな言葉で相手をねじ伏せようとはしないでしょう。

目の敵にされる人にもちゃんと理由あって行動があるのだし、たとえその理由が一般的には不甲斐ないものであっても、その人にとっては命の次に重要な事かもしれないのに・・・。


なかなか問題を起こしたきっかけは話辛いものなので、言えないモノを怖々抱えてたりします。

ホントの所の気持ちを話したいのに、あれこれ言葉を浴びせかけられると、言いたくても言えなくなるのです。


それが人と人との間にすれ違いを起こし、歪みが出来、顔も合わせなくなって行くのだと思います。



考え方の違い、育ちの違い、世代の違い、違いがいつも人との中をズタズタにしているように思えます。




『私は貴方の考えなんて解らない』

とか、

『知らないんだから解るわけないでしょう』

とか、いろいろあります。



魚は陸の生き物のようには生きれないし、人は水の中でずっと居る事はできません。




若い時は、年寄りの事なんて解らないし、年を取ると、最近の若者は・・・なんて愚痴るし。





どういう選択が一番なのかは解らないですが、自分が矢面に立たされていると仮定すると、自分はどうされたいか・・・。


私だったらやはり、話を聞いてもらいたいです。

笑わずに怒らずに、ゆっくりと話を聞いてもらいたい。





今日、話を聞いたある方に、ゆっくりと話が出来る機会が訪れますように。



側に人がいなければ、花に話しかけても良いと私は思います。

木でも、動物でも、お気に入りのカップにでも。



話を聞くという事は、一番強いモノな気がします。
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# by matsu-komichi | 2013-01-06 00:41

書き初め

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今日は書き初めをしたくなり、習字の筆は持っていないので、水彩の面相筆で書きました。

墨で字を書く事はとても面白いです。



墨の香りがまた何とも言えず、新春を思わせるのです。

で、今年に因んだ字を書いた所、上の絵が浮かびました。

美大を出てるくせに、絵が下手な事がバレてしまいますが、お正月でめでたいのでノープロブレムです。






この絵を連想させたのは、どういう字かというと・・・



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これです。

蛇という今年の干支を思い浮かべていたら 【蛇と舵取り】 という文句が浮かびました。

しかし、豪華客船などには乗った事がないので、やはり庶民的な ザ・舟 と言った絵です・・・。
しかも小舟の渡し舟・・・。

私は今年、小舟で大海原を行こうとしているのでしょうか・・・?!
いや、渡し船なので、小さな川岸に向かおうとしている感じですかね・・・。




そして、まだまだ書き初めは続きます。

自由に好きな言葉を書いて行きます。

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墨の香りがとても心地良くて、どんどん書いてしまいます。



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これは書いてから気付いたのですが、間違えました。

蛇という言葉から 

『じゃどう』

が思い浮かんだのですが・・・正しくは 邪道 でした。




今一番食べたいモノは・・・?と考えて

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これが出て来ました。

讃岐うどんは ゴーヤ の次に大好物なものです。

こんな張り紙してたら、うどん好きが集まって来そうですね・・・。
(香川県に行きたくなって来ました。)





そして、最後に今年の抱負のようなもの。

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【我が道を行く】 です。


自分の道を行く事です。






ちゃらんぽらんでも、何かに一生懸命に打ち込んでいたら一歩ずつ足跡は残って行くでしょう。



お正月、書き初め、おすすめですよ。
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# by matsu-komichi | 2013-01-02 23:53

年の初め

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新年あけましておめでとうございます。

という文句と共に載せる写真は初日の出とかが良いと思ったのですが、この写真は大晦日の夕暮れ時の写真です。

めでたいお魚みたいにも見えるし、砂漠にいるサソリみたいにも見えます。


12月になったくらいからとても空が綺麗で、雲も毎日嘘みたいに不思議な色と形をしています。

なので、大晦日も雲に見惚れていまい、大晦日の忙しい最終買い出しにも関わらず、自転車をとめてカメラのシャッターを押していました。




年末、姪っ子達が我が家にやって来て、私の部屋で連日寝ていました。

前回は ちびっ子怪物 と称しましたが、何が怪物かと言うと、寝相がスゴイからです。


私は部屋の隅っこにもやしの様に細くなって(細くなったつもりで)寝ていると、ぐいぐいと寝ながら体当たりで壁際に押され、押されなくなったかと思うと派手に布団を蹴飛ばしていて、風邪でも引いたら大変と思い布団をかけるのですが、意味なくはじきとばされます。

まだ小学生の姪っ子達なのに、寝相はものすごく存在感があり、大きいのです。

何回か布団をかけてはいましたが、さすがに私も睡魔には負けてしまい、

『風邪を引いた時は仕方ない』

と諦めて、寝ました。


でも、不思議な事に、姪っ子が側で寝ているととても暖かいのです。

よく、犬とか猫と寝ると暖かいと言いますが、それに似ている感じです。


ちびっ子達は寝ている時も体全体が発熱していて、それで熱いから布団を蹴飛ばしたりして、エネルギーを発散させているのではないか?!と思いました。


おんなじ布団で寝ている訳ではないのに、隣に寝ている姪っ子達から明らかに太陽みたいなポカポカした温度を感じて、姪っ子達と数日間寝起きした間、私はとてもぐっすり眠れました。



冷え性なので、寝入りが悪く、冬なんかは湯たんぽが居るので、自分の寝床が最初から暖かかったことなどないのですが、ここ数日はポカポカの温泉気分でした。

寝ながら体全体で押されるのはちょっと・・・という感じでしたが、ちびっ子達のパワーを感じ、この子達をいつも大事に育ててくれている兄夫婦達に感動して感謝せずにはいられませんでした。




姪っ子が

『今年や去年はモクモクする時が多かったね~』

と言っていました。

『モクモク?!なんやそれ?!』

と私が聞き返すと、

『ほら、手を合わせて目を閉じてお祈りみたいにするやつ』

と言ったので

『ああ!黙祷やな!』

と言い笑い合いました。



元旦の今日、姪っ子達は帰って行ったので、また、自分の部屋が寒くて仕方ありません。

でも、先月、とあるお坊さんが、

『寒い時は寒さを楽しむ。暑い時は暑さを楽しむ。季節がゆっくり移り変わる事で、自然界のモノは成り立っている』

みたいな事を仰っていました。



寒いと感じる事も、一興。

一音。

一色。

一つのモノの在りか。



姪っ子達が来る前、作っていたお正月用の木版があります。

壺の中に 篆書 で 無 という文字がある版です。
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無というモノから響いて行くモノや、壺の中の無限な広がりを意識して作りました。

壺は一見閉じ込められている様な空間ですが、蛇使いが蛇を出しそうだし、歌えば壺の中から魔術師が出て来そうだし、音が聞こえてきそうだし、水が溢れて来そうな気がします。



そして、篆書はなかなか油絵では扱いにくいですが、木版には合っている様な気がしています。

人と人が向かい合っている様な字です。

人と向き合う事で、自分の中の無限さを感じているような字です。

やっぱり篆書は面白いです。

(去年の1月に神戸でお会いした書道家さんの作品がまた見たいし、本人にもお会いしたい!)





今年が始まってしまったので、今年の事をまた頑張りたいと思います。

続くかどうか解らずに始めたブログもようやく一周年です。




今年もすでに、絵をいろんな所で発表する構想を練っています。




今日、初詣に行ったら、神社の巫女さんの手違いでとても良いおみくじを頂きました。

普段なら律儀な性格なので

『おみくじ間違ってますよ』

と巫女さんに言うのですが、何となく今日は巫女さんが敢えて私のおみくじを間違ってくれたと思いました。



面白い年に成りそうな予感がします。



今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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# by matsu-komichi | 2013-01-01 23:46

一年

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昨日、姪っ子達とスケートに行きました。

姪っ子達は身軽にスイスイ滑っていて、私はトロトロと滑りました。


フィギュアの A選手 みたいな華麗な滑りに憧れますが、私は鈍い滑りに徹しました。

なぜなら・・・転びたくなかったからです。

でも、頑張って滑っても姪っ子達の足元にも及びません・・・。

A選手なんて、雲の上の存在です。

真っ直ぐ滑るだけでも私は必死です。




もうすぐ、2012年も終わり、新しい年がやって来ます。

今年はとてもいろんな事がありました。


初めてブログをして、初めて美術館でのグループ展をして(1月と9月、2回も!)、ギャラリーで木版画を出品(これも2回!4月と12月)。

いろんな人に出会い、いろんな人に作品を見てもらい、不思議な巡り合わせもいろいろあり、私の世界はガラリと変わりました。



『よし!やろう』

と決めてアクションを起こすまではとても怖かったです。

いろんな事を考えたり、もう落ち着く歳とかいう世間の声もあったり、不安要素の方がたくさんありました。


でも、やって良かった事ばかりでした。



今年初めの1月、初めて友人の参加しているグループ展に参加して、美術の学校を卒業して以来の息のし易さを感じました。

大学院を卒業したのが25才。

それから8年が経っていました。


その間、いろんな事がありました。

その間、私は何があっても油絵を描いていました。

『作品展すれば?』

と言われてホイッっとすぐに出来ない理由や、とても悲しい出来事や悔しい事が、幾つもありました。


それらの鬱屈したモノや10代からのモノが一気に今年、扉を見付けた感じでした。

1月、美術館で展示された自分の絵を見て涙が溢れそうになりました。

作品搬入を終えて、家に帰って来て一人になったら、涙が止まりませんでした。


それだけ、自分の一部を表に出す事は凄い事だったのです。

幸せとか嬉しいとかいう気持ちではなく、ただ流れる場所にやっと辿りつけたという気持ちでした。



それをきっかけに、不思議な出会いもいろいろありました。

1月のグループ展に出した私の絵の意図はきっと誰も見向きもしないだろうと思っていたのに、私の絵の意図が面白いと言ってくれた人が一人いました。
それは飛び上がるくらいの驚きと嬉しさでした。

その人を皮切りに、ポツリポツリと、私の絵の色が好きだと言ってくれる人が現れて、本当に、自分は絵を発表してももう良いのだという思いで胸が熱くなりました。


華々しく作家活動している人を密かに羨んでいた自分が、そんな人達の一言一言で、剥がれて行くようでした。

剥がれて、ただ今ここに居るのは、誰でもなく、自分でした。

自分と天との問題がただ在るのです。

でも、自己中になれと言っている訳ではなく、自分に一生懸命なら、自分と天との間も徐々に流れて来るのだと言う事を知りました。




正直、絵は苦しみを食い物にしているモノで、絵描きは底なし沼に居るものだと思います。

だから私は本格的に

『みんなで楽しくお絵描きをしましょう。美術は最高だー!』

なんて言えません。



でも、美術はいろんな側面があるので、きっと人の手からは離れないのだと思います。

一生寄り添ってくれる唯一のモノかもしれません。





善悪合わせ持った怪物、美術。

私は今年ようやくその怪物の門に立ったのだと思います。





そして、今夜もちびっ子怪物の姪っ子たちと川の字になって寝ます。

元旦の日にはちびっ子怪物達は巣へ戻るので、それまではまた木版制作中止・・・。




今年一年、私に関わって下さった方々、ありがとうございました。

今年に限らず、昔から私に関わって下さっている方々、ありがとうございました。

長ったらしい文章をいつも読んで下さる方々、ありがとうございました。




また来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
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# by matsu-komichi | 2012-12-30 15:57

年末

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クリスマスも終わり、いよいよ年越しムードに入って来ました。


私は、今日(というかつい2時間前くらいに)制作モードにやっと頭が切り替わりました。

ずっと何故かぼんやりしていて、昨日、原因不明の頭痛が起きて、携帯電話で時間を確認しようと思ったらいきなり原因不明で電源が切れていて、何度も電源回復に励むものの回復せず、不思議だなと思いながら激痛に耐えきれず吐き気がして来たので薬を飲み就寝しました。

せっかくハーブの頭痛講座を以前受けたのに、激痛の時は持病に影響が起きるのではと怖くなり薬を飲む始末・・・。
でも、ちょびっと痛む時は、紅茶にハーブのチンキを入れて飲んでいます。
じんわりハーブが効いて来るので助かっています。



とにかく、朝起きると痛みは消えていてホッとしました。

携帯は・・・というと、夜中に電源回復作業を何度もしたので、またダメかと思いながらもしてみると、なんと!電源回復しました。


・・・何故いきなり電源が付かなくなったのか、不思議です。


ま、不思議な事には結構慣れているので、一応解決したので、ノープロブレムです。




頭も回復したので、クリスマスらしくケーキが食べたくなりました。

いつもは自分で作るのですが、作る気力はさすがに無くて、美味しそうなショートケーキを買いに行きました。
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濃厚なチョコのケーキでとても美味しかったです。

私にはこんなの出来ません。

洋酒がきいているし、屋根の部分が板チョコの細工だし、可愛いサンタさんも居ます。

たまにはお店のケーキも良いモノだと思いました。



相変わらず、部屋はカオス状態で、机も絵の具やら彫刻刀やら鉛筆やらが所狭しと置かれています。

そんな机で素敵なケーキを食べました。


お行儀が悪い!

と言われてしまうかもしれませんが、この制作カオス状態での飲食もオツなモノなのです。

おそらく、あと少ししたら年末で、姪っ子達が我が家にやってくるので、それまではこのオツなカオス状態を満喫します。

掃除をするとなると、徹底的にする性質なので大丈夫なのです。





自分の部屋で油絵を描いていた時もありましたが、起きている時は換気をしますが、寝ている時には換気が出来ないので、油絵の蒸発臭で頭が痛くなったりしました。

なので、自分の部屋でも出来る制作は・・・と思い、木版を最近はしています。



本当に、ずっと木版をしている人からすれば、

『そんなにわか仕込みの技量で木版を発表するなんてアホか!?』

と思われているでしょう。


でも、これは自分なりに自分の部屋で出来る事を考えた結果で、誰にも教えてもらえないから、自分で調べながら手探りで作業をしています。

なので、にわか仕込みではあるかもしれませんが、本気を込めてはいるのです。



音楽を聴きながら、どのような版を作りたいのか念頭に置き、音に酔いしれて形を探ります。

大抵簡単には出て来なくて、切羽詰まってきます。


でも、ふと音楽から白い紙に向かうと、嘘みたいにあっと言う間に形が出来てしまう時があります。

それも不思議なのですが、そうやって決まった形が出来た時は、30秒くらいで色も形も頭に浮かんでいるのです。


我ながら、こういう作業は不思議でゾクゾクする程楽しいのです。



形が出来上がらない時は、

『エンドレスでマラソンかい!?』

みたいな心境なので、決まる時と決まらない時の理由が未だに解らないです。





人には話せないモノを、一人で描き起こす作業はずっとこれからもして行くものです。


時々、景色と鉛筆と紙と眼だけが在って、それ以外は何もないんじゃないのかと思う時があります。



それくらい、絵は自分の生活に馴染んでいるのだと思います。





私はコンパクトデジカメで、いつも絵に成る景色を見付けては撮ります。
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絵に成る景色、絵に成る人、絵に成る出来事・・・。

絵と言うものが、基本にある自分は時々頭が可笑しいのでは?と思う時もあります。



でも、こういう性質は多種多様にあるもので、きっといろんな人が一つの道を歩いているので、いろんな職種で

『ああ、俺も、私もせやで !』

とか言うでしょう。



違っているようで、みんな同じタイプなのかもしれないと思ってしまいます。



小石の中に一切のものを見出した人も、葡萄酒が好きだった人も、不思議ではなく、みんな同じな気がして仕方ありません。




出来る事をやはり来年も頑張りたいです。
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# by matsu-komichi | 2012-12-27 01:41

夕陽と虹

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暖かい飲み物が美味しい季節になりました。

お気に入りの緑のカップにカフェオレを淹れてよく飲みます。

お茶やコーヒーなど、飲み物をゆっくり飲む時間が私は好きです。



もともと、キビキビと素早く動く事が苦手なので、基本のんびりとしています。

昔、『コアラに似てる』と言われた事があった様な気がします。


一日中木の上で過ごして、同じ姿勢でハムハムと葉を食べ寝ている、コアラです。

でも、確かコアラってユーカリの毒を上手く消化させる為に寝ているとか聞いた様な気がします。




動物と言えば・・・


私はあまり動物大好きという感じではないですが、友人の犬に好かれたり、人見知りする猫に好かれたりします。

私は鳥が苦手なのですが、高校生の時に友人の家に遊びに行ったら、友人の家に居たインコが、部屋に沢山の人が居るにも関わらす、私の頭に飛んで来て、私は硬直しました。


ムツゴロウさん的な気質があるのでしょうか・・・??

にも関わらず、決して進んで動物を買おうという気持ちにはなりません。

何故かわかりませんが・・・。






話は変わり、昨日の夜、地元のカレー屋さんに夜ご飯を食べに行きました。

先週も京都でランチにカレーを食べ、今週もカレーです。

嫌でもインドを感じてしまいます。



日本家屋のカレー屋さんで、靴を脱いで畳に座り、カレーを食べます。

かつて、カレーが辛いと言ってキレたロック歌手さんもいたらしいですが、そこのお店のカレーは程良い辛さで本当に美味しかったです。



そして、今日、用事で市内に行き、その帰りに友人がしている和カフェに行きました。

そこも靴を脱いでお店にお邪魔するスタイルでした。



そこで美味しいコーヒーを頂いたのですが、窓からふんわりと黄色いスパイスの香りが漂って来ました。

その和カフェの下がカレー屋さんだったらしく、またもやカレーでした。




カレーのみならず、香りと言うものはとても脳を刺激するものだと思います。

コーヒーも香りが良いです。

紅茶も。




私が一番好きな香りは、雨上がりの香りです。

土と緑の香りが空に昇っている様な感じです。

雨粒が空から落ちて来る事の逆な感じで、地面から空に向かって行く粒が見える様です。



昨日、夜ご飯に行く前に、雨がドカンとふりました。

そのあと小降りになったかなと窓の側に行くと窓が赤紫色になっていて、驚き、素早く窓を開けました。


すると、空一面が赤紫色をしていて、綺麗だけれど怖い印象を受けました。

でもさらに驚いた事に、その赤紫色の空に虹がかかっていて、その虹が金色を帯びて見えました。


こんな空、見た事ない!!と思いました。

カメラを向けましたが、上手く撮れませんでした。



幼い清らかな子供が魔物の吹く笛を聴いてしまった様な、どうしても避けられない運命の輪を見た様な感じがしましたが、救いの光の矢が飛んだ様な弧を描く虹がどんな所にも届くような感じがして、大きな希望を感じ、私はとても胸が高鳴りました。


私自身、人に面と向かって思っている事を上手く言えない性質なのですが、そういう性質の不具合は何かの帳尻合わせな気がします。

それぞれがその人らしい像を見る眼を作ってくれている気がします。



何年かかっても、どんなに回り道をしても、その像の出来上がりを待ちわびている存在が居る気がしてなりません。



死ぬ間際に出来上がって、たまたま通りがかった人とかが

『あ、これいいじゃん』

とその像を見付けてくれるかもしれません。



そんな瞬間を心は求めている様な気がします。




だから、自分を諦める必要はないのだと、思わせてくれる夕陽と虹でした。
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# by matsu-komichi | 2012-10-20 00:37

旅の気分

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ハーブの講座を受けに京都に行って来ました。

以前、アロマオイルを買いに行ったお店です。



私は頭痛持ちなので、頭が痛くなると市販の頭痛薬を飲んでいましたが、ハーブを家でも育てているので、ハーブの力に興味を持ちました。


京都の北にあるそのお店は住宅街の中にあるお店で、お店の中に入ると明るい色調の洋風のお部屋ですが、森といった感じの印象を受けます。

ケルトの森の小さな小屋といった感じの印象で、アロマの瓶が沢山並び、ハーブのオイルやお茶や、香りに関する本が並んでいます。

そこで、頭痛緩和のハーブ講座というものが受けられるとの事で、受けて来ました。



痛みを感じるとすぐに 『薬、薬・・・』 と薬に手が伸びますが、痛みが何故起きるのか?また痛みは体のSOSのサインなのだと言う事、それらを詳しく教えて頂きました。


よしもとばななさんの薬草に詳しいおばあちゃんと暮らす女の子の話【王国】や、梨木香歩さんの【西の魔女が死んだ】という本を読んでいたので、ハーブは面白いとずっと思っていました。


昔、ある方に 『食べられる草や命を守る自然の恵みについて、現代の人は知らないといけない。昔の人の話を聞く耳を持つ事』と言われた事がありました。

最先端な医療開発の発見も最近ありました。

そういう医療と並行して、植物の力もこれからは大事になって行く気がします。



ハーブ講座をして下さった方は

『お茶を飲む時も五感を使って飲むと良い、と私は教わったんですよ』

と仰っていて、なるほどと思いました。



一杯のお茶を煎れる時、白い湯気がゆらゆら出て、香りが立ちのぼり、気持ちをほぐしてくれます。

お茶の葉は何処の国のどんな人が摘み、どれだけの距離を移動して来たのか?とか、香りが記憶を呼び覚まして、あの時、あの場所で、こんな気持ちで同じお茶を飲んでいたとか、いろいろ感覚を刺激するものです。

あるいは、ほっと一息ついて、煮詰まった頭を緩めてくれます。

味わう暇もないくらい忙しい暮らしをしているストレス大国日本ですが、お茶一杯の効果を知らないでいるのはなんてもったいないのか!?と思いました。




ハーブ講座では、お手製のジンジャーエールを御馳走になり、講座をうけました。

そのジンジャーエールの美味しい事 !!

私はジンジャーエールはお酒だと思っていたのですが、甘くて生姜の効いた美味しい飲み物でした。



頭痛に効くハーブの話が終わると、ハーブチンキというものを作りました。

ハーブをアルコールに何日か漬けて、ハーブの成分を液体にして、薄めて飲んだりルームスプレーにして使用するみたいです。



透明なアルコールにハーブを入れましたが、成分が出て来ると茶褐色になりました。
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この瓶を見ているだけでも何故か心が落ち着きます。


普段植物の絵を描いていますが、その植物にはいろんな力があるんだなと、改めて植物を尊敬してしまいました。




それから、ハーブ講座の先生と、先生のご姉妹の方と、これまたハーブ繋がりのカレー屋さんでランチを食べました。

辛過ぎるモノは苦手ですが、基本的に私は香る食材が好きなので、カレーも大好きです。

楽しいお喋りをしながら美味しいカレーを食べました。


その次に、ランチをご一緒させて頂いたハーブの先生のご姉妹のお姉様がなんとタロット占い師さんで、タロットカードをして頂き、ある迷いを取り除いて頂きました。

良い船出が出来そうです。





そして、その後、こないだのグループ展で仲良くなった人と合流して、これまたグループ展で仲良くなった方のバーに行きました。

(ハーブ講座ではお酒の飲み過ぎも頭痛の原因、と教えて頂いたので、ハーブの先生にはこれから飲みに行くとは言えず・・・)

とりあえず飲み過ぎには注意しようと思いました。



ケルトの森から、インドへ行き、その夜に行き着いたバーは沖縄でした。

沖縄風な雰囲気のあるバーで、奄美の焼酎を飲み、女子3人で語り、とても楽しい一日がお酒に溶けて行くようでした。

沖縄風バーで、北海道のアイヌ魂にも出会え、私は本当に出会いに恵まれているなと思いました。

自分の生まれた土地の文化を愛する人や、心の故郷を大事にする人達。

綺麗な心を持った人があちこちに居るのだと気付きました。




みんな、最近出会った人達です。

去年の末から今年にかけて、ものすごく行動範囲が広がり、いろんな人に出会いました。

何度も書いていますが、今年から、ずーっとずーっと苦しくても続けて来た絵を表に出すようになった事、これがこの変化だと、思えます。


絵を出さないでいた時の自分は、心のどこかで、人を羨んだり妬んだりしていました。

自分は仕事と制作の狭間でキリキリしているのに、どうして周りの人は・・・とずっと思っていました。



自分の心をまず先に解放してあげないと、自分ではなく他者に攻撃の矛先が向くという、最悪な自分も経験して、やっと今があります。



したかった事をするようになって、本当に面白い出来事や人に沢山出会えています。




一日、世界各国を旅した様な気分でした。
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# by matsu-komichi | 2012-10-12 22:12

お引っ越し

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昨日、スマホで写真ナシのブログを書いていたのですが、いろいろ訂正していたら、記事が消えてしまいました・・・。

なので、写真アリで、もう一度記事を書こうと思いました。



上の写真は、倉庫のドア付近の写真です。

作業場として使っていましたが、倉庫がたちのきになるので、引っ越しの様なかたずけに追われています。



要らないものは片っ端から捨てています。

思い返せば、この倉庫を借りる時らへん、母がクモ膜下出血で倒れ、1ヵ月半入院したりしました。


それまで、私は密かに一人暮らしをしようかと思っていました。

でも、母の突然の病に、気が変わりました。



夜の10時から朝6時まで、母は頭の手術を受けました。

その間、父や兄は病院のロビーのベンチで寝ていましたが、私は一睡もしませんでした。

ずっと 『まだ向こうには行かないで!!』 と心で叫んでいました。

その時、家族と一緒に居られる時間は限られているのだと思い、もし手術が成功したら、私はお嫁に行くまで家族の側に居たいと強く思いました。


手術は成功したので、今も実家暮らしです。

昔は『こうあるべきだ』とか『これはこうでないと』と変に頭堅く生きていましたが、今は『今いる所で精一杯暮らして居たら良い』と思います。


そんな事をつらつら考えたり、思い出したりしながらの倉庫のかたずけなので、一向にはかどりません・・・。

それに、この倉庫でいろんな時間を過ごしてきたので、思い出が在り過ぎて、寂しくなります。

一生忘れる事はない出来事が幾つかあり、家族に見られまいと隠れるようにしてこの倉庫で一人泣いた事が何度あったか・・・。



仕事を頑張れば頑張るほど、ストレスが溜り病気になるし、手狭な自分の部屋では思う様な制作はもう無理だと限界を感じていた時、偶然に倉庫の話が来て、伯父が昔大工さんだったので倉庫を一部改造してくれると言い、私は伯父の手伝いを喜んでしました。

木の骨組みの釘打ち、ベニヤ張り、などと、伯父は黙々と作業し、私には軽く手順を言い、いろいろ私にも仕事を振ってくれました。

その伯父の作業の綺麗な事。

一切の無駄がなく、ぴったりと木がはめ込まれて行くし、釘がとてもテンポよくリズミカルに打たれて行きました。
(見惚れていて、釘打ちを何度失敗したことか・・・)

天井の壁打ちが一番難しかったです。


部屋が出来上がると、壁紙は自分で張ったりしました。

初めは皺が寄ったりしましたが、終わり頃には綺麗に張るコツを覚えていました。

大工仕事はとても楽しかったです。



そんな手作りの作業場だったので、取り壊されるのがやはり辛く、かたずけの手も止まるのです。





かたずけをしていたら、大学院時代に描いていた絵がありました。

大学から持って帰る時に梱包材を巻いて保管していたので、梱包材が表面に所どころ付いていて作品とは言えないですが・・・

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昔の作品を見ていると、昔の気持ちが鮮やかに蘇り切なくなります。

そして、今の自分の作品の軸になる原点の様な作品もありました。
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三つで一つの作品、三副対です。

不思議です・・・。


これを描いていたいた時は三副対について何も知らなかったし、そんな事を意識すらしていなかったのに。

過去から現在に繋がるものがあったのです。




なかなか掃除も良いもんだな、と思えるようになった頃にお腹がすき、今日の掃除は終了です。



次の作業場に果たして移れる事が出来るのか?全く見当も付かないですが、今年から自分の周りが賑やかになり、いろんな人や出来事に出会えているので、不思議とまた何か良いタイミングで何か起こる様な気がしています。

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よく、作業場の作業着を着て、ホームセンターに行くと、スッピン・ザンバラ髪、絵の具まみれの私を見て工具売り場にいるオジサン達は『おおッ』とやや驚いていたのを思い出します。


しかし、この作業着を着て、絵を描く時間が三度の飯より好きなのです。

底なし沼の様で、荒野を一人歩く様で、絵を描く事は、私は怖いものだと思います。

でも、リベンジで生まれたからには、止める訳にはいかないのです。



何処かで、私の絵を見て、静かに二ヤリとする人がいるだろうし、今を生きている人に今の私を見てもらいたい。


糸と糸が出会うと、幾通りもの絵が出来上がります。





見る事、作る事はデタラメな私でも生かしめてくれています。
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# by matsu-komichi | 2012-10-08 21:20 | 美術

鐘の音

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【 鐘 】 という字を書いてみました。

・・・ですがやはり習字も習っていないので、素人に篆書は難しいです・・・。


でも、柿食えば鐘が鳴るなり・・・という事もあって、秋の食べ物を食べたので、鐘が浮かびました。

鐘という字は、なんだか、お寺の和尚さんが大きな鐘をつこうとしている様に見えて、面白いです。





鐘は鐘でも、西洋の鐘というと、リストのカンパネラを思い出します。

カンパネラはイタリア語で【鐘】と言う意味らしいです。


リストというと、フィギュアスケートで昨シーズン華麗な滑りを見せてくれた A 選手 の使った曲 『愛の夢』 などが有名です。


そのリストのカンパネラが頭に響きます。


教会の鐘が色付く木々の葉を揺らす様でもあるし、何か急展開を告げる使者が現れて風が巻きあがる様な、私にとって秋を思わせるピアノ曲です。




ハリーポッターのDVDも何故か観たくなります。

ハリーポッターの映画に出て来る魔法学校の、生徒達がみんなで食事をしたり集会をする大きな部屋のシーンが浮かびます。

部屋の天空にキャンドルが何本も灯されていて、とても綺麗なシーンです。





秋は紅葉も綺麗です。

紅葉の時期に近所の公園に行くと、私は人目も気にせず、観察魔に徹します。

そんな時、公園で私を見かけて声をかけても私は反応しないでしょう。





今年は近所の公園にも行きますが、京都の紅葉も見に行こうと思います。

展覧会をよく京都でするようになって、なんだか京都と私の距離が近くなった様な気がします。


もみじ狩りというやつをしようと思います。

(20代の頃、もみじ狩りはもみじを取って天ぷらとかにするものだと思っていました。大阪の箕面では実際にもみじ天ぷらがあるので・・・。)




秋は何故か元気になります。

実りの秋でもあるし、無事に季節を過ごせている事をその土地その土地の神様に皆それぞれが感謝している事を感じるので、思いが空気の中に溶け込んで大きなものと一体化しているような気になります。




住まわせてもらっている事や、綺麗なモノを見させてもらっている事を有り難く思います。
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# by matsu-komichi | 2012-10-03 00:12

秋の始まり

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小さな植物も秋の装い支度です。



朝晩が冷えるようになり、秋の香りがしてきます。

秋と言えば・・・ご飯が美味しい食欲の秋です。

きのこの炊き込みご飯や、焼きサンマ、茶碗蒸しに入ったギンナン、柿、栗・・・などなど、秋ならではの食材が頭に浮かびます。

夏は暑いのでオーブンはあまり使いたくなかったのですが、涼しくなるとオーブンを使う焼き菓子も作りたくなります。

リンゴを使ったアップルパイも自分で作ると、焼きたてを食べれて最高です。
(でも、味をなじませる為に粗熱を取るともっと美味しいです。)

ドライフルーツのパウンドケーキも焼きたての香りが最高に良いです。



赤毛のアンみたいに、大きな切り株をテーブルにして、お茶や手作りお菓子を食べてみたい、というのがちょっとした夢です。
(アンタ、何歳やねん!!て言われそうですが・・・)



赤毛のアンと言えば読書の秋です。

私が初めて単行本の本を読んだのが赤毛のアンでした。



小学校の時の5,6年の時の担任の先生と今も連絡を取り合う仲なのですが、私が中学の時、その先生が赤毛のアンの本をプレゼントしてくれました。


今も時々、本棚から取りだして読み返します。

孤児院にいたアンは、緑溢れるグリンゲイブルスのマリラとマシュウに引き取られ、二階の自分の部屋の窓から見える目にも鮮やかな景色をこよなく愛していました。


いろんな場所に想像力で名前を付けたり、いろんな失敗や楽しい出来事を経験して、アンは勉強を沢山します。


素直で想像力豊かで勤勉なアンに、私は今も憧れます。

アンはグリンゲイブルスの村でギルバートという男の子に出会います。

ギルバートは最初はアンをからかっていましたが、やがてアンの心の美しさに気付き、アンに惹かれて行きます。

今の漫画やアニメみたいにハッキリくっきりの恋愛描写みたいなものはありませんが、自然の中でキラキラしたアンがギルバートの心を掴んで行く様はとても鮮やかな印象を受けます。

私が男性だったらやはりアンの様な全身で世界を愛している様な女性に惹かれると思います。


モンゴメリが生み出した物語ですが、素敵な物語はフィクションではなく、どこか遠い遠い時代に生まれた自分が経験した事を魂が記憶していて、ただそれを思い出しているのではないかと思います。




物語や歌や絵など、とても自分の心に沁み入って来るものはみんな、そういう要素があるような気がします。

自分という生は一度きりだと思いますが、私は遺伝子の中に組み込まれた膨大な情報や魂の中に刻み込まれた思いがあり、みんなリベンジしに来ているような気がします。


絶対に許せないモノや、もの凄く好きな事など、思い入れの強いモノは何か誰かに出会う為やある出来事を全うする為に必要なカギなのかもしれません。





気になる事や気になる人、何故かそれが今の私のキーワードで、今年からやっとカギを使って扉を開けたような感じがします。





さて、明日は芸術の秋を堪能します。

午前中は兵庫の美術館に行き、午後はこないだのグループ展で仲良くなった方のグループ展を見にまたもやマニアック大阪街に行こうと思います。

気になる絵にまた会える楽しみ。

(こないだはメイドカフェのメイドさんを生で初めて街で見て、内心かなりびっくりした33才です・・・。)


食欲の秋、読書の秋、芸術の秋の始まりです。
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# by matsu-komichi | 2012-09-28 23:00

5円玉と星

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この週末、秋分の日もあり、ちょっと不思議な事がありました。

とはいえ、私はいろいろ不思議な事がよくあるので、不思議な事が起きた瞬間は驚きますが、ちょっと経つと不思議も普通に納得してしまいます。



正夢とか昔からよく見ます。

それに起きてても、不思議な事がいろいろあります。

・・・ま、それはさておき。



秋分の日、産土神社にお参りに行き、その帰りに駅の切符売り場で、切符を買う為にお金を機械に入れました。

10円のお釣りのはずが、なぜか5円玉が出て来ました。

・・・確か切符は10円単位の金額のはず。

・・・5円が出て来るなんて・・・??

と思いましたが、ハッとしました。


5円・・・ご縁・・・。


ベタなコントみたいで一人で笑いましたが、ご縁を信じたいなと思いました。





話は変わり、友人のライブに行く機会がありました。

学生時代の後輩にあたる友人です。



社会人になり、バイトを転々としていた頃、とあるバイト先で出会った同じ出身校の友人です。

その友人は音楽をしていて、とても綺麗な声をしています。


私はそのバイト先を辞めてからも、ずっと彼女のブログを見ていて、ブログにライブ告知があったので、今回7年振りくらいに彼女のライブに行く事になりました。


ずっとブログにコメントを時々書き込んだりするだけだったので、行こうか行くまいかかなり迷いました。

でも、なぜかどうしても歌声が聴きたくなり、行く事にしました。





ライブ会場は大阪の中心地で、最寄駅に着いた途端、マニアックな店・店・店・・・。


ライブが行われるカフェに行くまでに、やや迷いマニアックな店と人の往来激しくて、心が

『もう帰りたい!!』

と叫んでいました。


でも、心をなだめながら歩き、コンビニで道を聞き、ようやく到着しました。

カフェに入ると、ワンドリンクオーダーをする為店員さんと話をしていたら、店内に友人が居て

『聞き覚えのある声だと思ったら・・・』

と友人が声をかけてきてくれました。


さすが音に敏感な音楽系の人だ!!


と思いました。

その友人に、私は私の得意なミニバッグをプレゼントしました。

その友人のイメージに近い布で作りました。(上の写真)

布屋さんで、何故かこれだと思ったのです。

そしたら、友人も喜んでくれたので、かなり久しぶりの再会でどう接したら良いか不安でしたが笑顔が見れたので少しホッとしました。


・・・まだその時も何故星柄の布を自分は選んだのか?と不思議に思っていました。




友人のライブが始まるまで、客席で座って待って居たら、友人の声が聞こえてきました。

さっきは緊張していたので、よく解らなかったのですが、友人の話声を聴いていると、話声なのに鳥の声の様な楽器の音の様な不思議な感覚を覚えました。

いろんな人の声がカフェに飛び交っているのに、明らかに友人の声だけが突出して聴こえました。

『綺麗な声だなぁ』

と思いました。



今回のライブは2組に分かれていて、最初は別な組が演奏していました。

ゴンチチのような音を出すグループでなごみました。

ゴンチチの様なのに、ある曲のタイトルが大阪のある地名だったりして、かなり笑え、でも静かな場所だったので笑いをこらえました。



そして、いよいよ友人のグループの演奏が始まりました。

友人が歌い出しました。

すると、パアアァっと空間が広がり、一瞬にして星空の様な空間になりました。

カフェの演出ではありません。

私の音に対する印象です。



バイトを一緒にしていた時も何度かライブに行っていましたが、その時よりさらに歌声に磨きがかかっていました。




私は音楽を聴く時、目を閉じるので、また今回も目を閉じて音だけを感じました。


透き通っていて、ガラス細工みたいな感じがしたり、綺麗な水の流れを感じたりしました。




そして一番凄かったのは、彼女が海外で作った曲でした。

《一人ぼっちになった子供がたった一つの希望を夜空に見付け、夜空の星もその子供を必死に守ろうと一番強い光で道しるべになろうとした》

そんな絵本の物語の様な映像が瞬時に浮かび、真っ暗な夜空にキラキラの星が瞬いていました。
(歌詞はそんな内容ではなかったです。)

歌でこんなに鮮明な映像を感じたのは、美輪さんの舞台で歌を聴いた以来でした。
(美輪さんの時は虹色が会場全体を包み込んでいる様でした。)


小さなカフェで、こんな凄い歌が歌われていて、ほんの少しのお客さんだけが、彼女の歌の星空の中に居て、なんて贅沢な場所に居合わせているのか?!とものすごく感動しました。




私はこの夏、F100号サイズの油絵を3枚描きました。

大学の先生にはたくさんダメ出しされましたが、倒れても構わない気持ちで暑さの中、絵を描きました。

何故、倒れても構わないと思って絵を描いたのか?

その本当の理由は解りません。


でも、本当に何か言葉を超えたモノが人の中にはあり、それを様々な手段で人はそれを表に出そうとしているのだと思います。


今回の友人の歌声を聴き、何故か今年の暑い熱い夏は無事に終わる事が出来たと思いました。

なんの変哲もない下手くそな絵ですが、三位一体の夏の花の門を仕上げる事が出来て良かったと思えました。

友人の歌が聴けた事が無性に嬉しくて、勝手に

『聴けた事、これは自分へのご褒美だ!!』

と思いました。




帰りの電車の中で、

『そういえば、バッグの布の模様・・・星柄やった!!自分で選んだのに何で選んだか解らんかったけど、友人の歌声が星空やったからなんや・・・!!』


と選んだ理由に妙に納得行き、スッキリしました。





今やほとんど会う機会もない、ブログを見るだけの間柄ですが、私は友人の歌声が大好きです。

また場所を変えて新たに活動して行こうとしている友人に滑り込みセーフで会えました。

歌を続けていてくれて、ありがとう。





いろいろありましたが、良い夏だったなと思います。
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# by matsu-komichi | 2012-09-24 01:22 | 音楽

ドーナツ考察

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以前ブログで、朝ドラの登場人物が言っていた言葉を取りあげました。

その言葉が今日も胸に響きました。


【ドーナツの穴はドーナツの一部ではないか?】





写真のドーナツは某ドーナツ屋さんの人気ドーナツです。

モチモチ食感で、ドーナツの中で一番好きです。

この丸い繋がったモチモチを一つ一つ食べる時の幸せ。



学生の頃、

『お前はしょっちゅうドーナツ食ってそうや』

と友人に言われた事があります。


・・・しょっちゅうなんて食べてません !!!

・・・でも、このドーナツは好きです!!!



・・・という事が言いたいのではなく・・・ドーナツの穴です。


モチモチ食感と、空の関係です。

ドーナツをドーナツたらしめているのは、実はこの空間なのではないか?!という、朝ドラの登場人物の発言に私はとてもとても感動しました。


モノの姿を表しているのは、見えないという部分も大いに作用している、という事です。

真ん中に穴が無ければ、ただの揚げパンです。(と朝ドラ登場人物も言ってました。)

ねじねじっとしたヤツはいくらドーナツ屋さんにあっても、【ザ・ドーナツ】とは思えません。



空の部分があるからこそ、ドーナツと認識出来るのではないかと、朝ドラの登場人物に激しく共感です。


要は見えない所が肝心なのです。

プロセスや思い、費やして来た部分はこの【空】の部分に表されているのだと思います。



誰かとの間での事もこれは応用できます。

ぎくしゃくしたり、イライラしたりする時は、殆ど、自分の思いや相手の思いが原因だと思うのです。


自分と同じ価値観を無意識に求めてしまい、相手が自分の思う様な言葉を発しないとたちまちキレてしまったりするのです。




例えば・・・相手が ありがとう という気持ちを表す時、

ある人は言葉もなくハグをしてきたり、ある人は大声でありがとうと叫んだり、またある人は何も言わずニコリとほほ笑んだり。



でも、

『 ありがとう というものを表すには面と向かって言葉でハキハキ言うべきだろ !!』

とか思ってしまうと・・・・・なんとも言えず、ダメだこりゃ・・・となってしまいます。


相手の真意は見えにくかったりするのです。

【空】に隠れているので見えないのです。



自分の価値観と言うものは、自分を形取る上でとても大切です。

でも、自分の価値基準で相手を見てしまうと、永遠に向こう側は見えてこない様な気がします。





ドーナツの穴のように、予め見えない部分があるからこそ出来上がるモノがあるという事。

このことはまだまだ考察の余地がありますが。


出来事や、人間には隠れて見えない所にこそ重要な要素が詰まっているのだと思えてなりません。





モチモチ食感ドーナツを食べると、いつもこんな事を考えてしまいます。



人間関係の事で悩んでいても、食べ終わるとスカッとしたりするので不思議です。



おそるべし、モチモチ食感ドーナツ。
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# by matsu-komichi | 2012-09-19 20:58

展覧会・終了

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京都の展覧会会場に行く為によく使った電車から見える山と空です。

大阪から京都の境目くらいの、このあたりの景色が一番綺麗です。

電車の乗客は皆思い思いの事を電車でしていますが、ポカンと口を開けて景色に見とれている人は私以外他に居るだろうかといつも思います。

くっきりと木々の葉の色が見え、山が生きていると感じます。

空が毎日毎日違い、留まらない時を表しています。




今回は長い文章になりそうです。
(いつも長いやろ!と言われそうですが・・・)

展覧会が終わりました。

暑い中、たくさんの方が足を運んで下さりました。

出品した絵の、いろんな感想が聞けて、とても有意義な時間でした。



私は今回、植物の門を描きました。

その植物は さるすべり です。


でも、私の印象を混ぜて描いたので さるすべりのようなもの が正しいです。



昨日の土曜日、展覧会場で公開合評がありました。

その時はいつも通り、人前に出ると緊張してしまうので、作品についての事を上手く言えませんでした・・・。


なので、ブログで改めて作品について書こうと思います。



景色の中にある、言葉を必要としない救い、を描きたくて描きました。

人には言えない事、伝わらない事を受け止めてくれるような広がりに私はいつも助けられているからです。


夏に元気に咲く さるすべり の街路樹が私の住む街にあります。

駅までの長い道の脇に毎年ピンク色の花を咲かせます。

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こんな感じで、花のアーチが出来ます。

夏は私にとって、何十年も記憶に残る出来事があり、夏になると暑さは関係なく冷たいものを感じます。




何かを決意させられた時や、悲惨なモノを目の当たりにさせられる時が人にはあると思います。

その時の自分が事ある毎に出て来て、私はことごとくいろんな事に失敗してきました。


笑われたり、バカにされたり、何いつまで幼稚な事を大事に抱えてるんだと言わんばかりに接して来られた事が多々ありました。


心の中のしこりは腫れあがる一方なのに、現実は上手く行かない事だらけでした。

いろんな人に今まで出会って来ましたが、自分の心のしこりは誰にも見えません。

そんな思いを唯一大きく受け止めてくれるのが、景色でした。



そういった自分の体験の印象を絵にしました。


要は自分を自分で労いたくて、労いの絵を描く事を決めました。


大学の先生には

『写実的に描くなら写実的に、抽象にするなら抽象に、とメリハリ付けろ』

と言われましたが、今回、思春期の自分が現れて絵を描いた様な感じだったので、自分の描きたいように描く事を優先しました。

大学の先生には

『画面が汚い。ラインも嘘が多い』

と言われました。

それはその通りで、ごもっとも という感じです。

でも、私は今回、純粋に素直に絵を描く事をしようと思いました。


引っ掻くとどんな効果が生まれるか?

色を重ねるとどんな深みが出るか?

自分の表したい対象は何処にあるか?


という感じです。

大学で習った事や先生に習った事では、自分の表したい対象は表せないと思ったからです。

美術関係者の人には多分ダメ出しされるだろうと思っていましたが、私はここ最近、自分が歩んで来た事で表す事が出来るモノを軸にしようと考えるようになりました。

学校を卒業してから、いつも私はペインティングナイフで引っ掻きながら絵を描きます。

何故引っ掻くのかと言うと、魂に刻み込むという事が引っ掻く行為にしっくり合うからです。




トラウマ解消が目的ではなく、トラウマという絵筆が描く絵はどんなものかと思うようになりました。



そんな気分で描いた絵を、美術館の壁に飾ったら、なんとも不思議な絵に仕上がっていました。

油絵で描いたのに日本画に見えたり、さるすべりを描いたのに花が炎の様に見えたり、と自分でも予測しなっかった絵が出来上がりました。

嘘を描いていると大学の先生は言っていましたが、私は何故か、ずっとこんな絵を描きたいと思っていたのだと気付きました。

100%思った通りの絵 というわけではありませんが、これから描こうとして行く絵の軸が見えた様な気がしました。



大学の先生の意見は厳しいものでしたが、嫌味のない素直な意見で先生は真剣に話してくれたのだと感じ、私の絵と対話してくれたのだと思い、とても嬉しかったです。

ただ、普段、美術とはあまり関係のない人達の感想の方が、より私の表したいモノの軸を言い当てていました。

『心の奥に繋がって込み上げてくる様な感じがした』

というような意見が多く、不思議だなぁと思いました。



人知れず頑張る命が世の中には沢山あると思います。

その命が唯一己を解放するモノ。


そこに大きな救いがある気がして、絵になりました。





今日は展示最終日だったので、搬出を終え、手伝いの友人と夜ご飯を食べ、三条の川沿いで座り、川を眺めました。
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川沿いの飲食店の灯りが川面に映りとても綺麗で、夜風は優しく吹いていて、虫の声が聞こえ、夢心地でした。

ここにも救いがあるなぁと思いました。




そして、写真は前後しますが、展覧会の会場で搬出するまでの待ち時間、休憩所でも救いのような景色がありました。
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教会の様に自然光が窓から差し込み、讃美歌が聞こえて来そうな錯覚に陥りました。

丁度今日、聖母マリアのペンダントを首からかけていたので、マリアさんが天から降りて来たのかと思うくらい空間が清らかになり静かな気持ちになりました。




本当に、毎回展示をすると得るモノが多いです。

自分の事についての気付きもありますが、他の人の見えない部分も感じれて、とても胸がいっぱいになりました。


同じ出品者の作家さん達との交流も楽しかったし、話足りない人や、もっといろいろ話がしたい人など、いろいろいました。


本当に、お忙しい中、展覧会に足を運び作品を見て下さり、ありがとうございました。

私に良い刺激を与えてくれる出品者の方々、ありがとうございました。

搬入・搬出のお手伝いをしてくれた家族や友人達も、ありがとう。



以上、思いが冷めない内に書き込み、終わります。







そうそう、前に自分の油絵はブログに載せないと言っていましたが、ご都合上観て頂けなかった方にもやはり観て頂きたいので、ヘンテコなアングルで申し訳ないですが、載せる事にします。



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# by matsu-komichi | 2012-09-17 01:16 | 美術

展示の不思議

今日はめずらしく(?)写真ナシです。



今日は受付人数が少なかった為、急遽また展覧会の受付に行きました。

すると、友人や小学校の先生や大学の先生が来てくれて、楽しい一日となりました。



三人とも三者三様、展覧会の絵の感想を言ってくれました。

友人は

『暖かかった』

と言ってくれて、

大学の先生は沢山ダメ出しして下さり、

小学校からのお付き合いの先生は

『歳を取ると、若いエネルギッシュな思いより、ささやかなものが伝わるモノがいい、アンタのはそれがあった』

と言ってくれました。

(確かに私はもう若くはないけれど・・・)

小学校の時の先生は、それからある人の作品の細かさに感心されていて、三人共、それぞれ好みが違い、異なる事を話してくれました。



a は b に伝わらず c に伝わる。

c は b に伝わり a には伝わらない。



と言った感じでした。


a の心は b には伝わらず c に伝わった。

b の心は a には伝わらず c にも伝わらなかった。 b は z に伝わった。


といった感じ。


お喋りな人が一生懸命 100 喋った事。

無口な人が一生懸命 1 喋った事。


どちらが良いとか悪いとかは言えません。

どちらも一生懸命なのだから。


『簡単に弱音を吐くな !』

という人と

『ストレスをためない為にも、愚痴は吐いた方が良い !』

という人。


人と人の違いがあり、思いの違いがあり、どちらを選んでも、賢明な事なのだと、今日思いました。






ブログで思いを書いても、100パーセント気持ちが落ち着くわけでもなく全て伝わるわけではありません。



時に私の思いが不快に感じる人もいるでしょう。

私と同じような心で居る人もいるでしょう。


一方的な書き込みなので、読んでいる人の反応は全くわかりません。

でも、人と人との違いがあっても生きて行こうと思うので、思いが伝わらない人にも感謝をしています。



私に出会ってくれた人みんなに出会ってきたので、私は今までやって来られたのです。

だから、伝わらなくてもいいのです。

誰かが誰かの手を掴んでくれていたら、どうにかなるのだと、今日思いました。


掴める人の手しか掴めないけれど、私が絵を描けているのはいろんな人のお陰なので、私の心が伝わらなくても、私はその人が好きです。




誰だったか偉い偉人さんが

『この世は全て自分の姿だ』

と言っていました。

もう一人ある方が

『それでも人を愛しなさい』

と言っていました。



あと2日で展覧会が終わります。

展示出来る幸せ。

それをこれでもかと感じていて、家に帰り一人になると意味の解らない不思議な涙が出ます。

不思議な感情です。



さて、明日も頑張ります。
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# by matsu-komichi | 2012-09-14 21:28

対話

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今日は展覧会の受付当番の日でした。

朝からお昼過ぎまで、会場に居ました。

前回と同様、まだお客さんが来ていない時、自分の絵をじっくり見ました。

前回と同様、公の場に出れて、絵が静かにほほ笑んでいるようでした。





三連の作品なので、三つ並べて引きで眺められるのは展示して初めてでした。

改めて自分の作品をじっくり見ると、とても生生しい感情を感じました。



『見付けて欲しい』

『助けて欲しい』

『持ちきれない』


という自分の中の奥の奥の気持ちがある事を認めざるを得ない、といった感じで、必死に選んだのが【絵画】だったような気がしました。


小さな頃は絵を描く事が単純に大好きだったのに、思春期のある日、絵は辛いものを引き寄せてしまい、悲しさや不安や孤独というものも色や形になるのだと身を持って体験させられました。

醜いモノと清らかなモノは隣り合わせで、どちらも味わうようになっていたのだと今は思います。

自分の弱みが色になり、形になるなんてその時は思いもしませんでしたが、12色の絵の具には白から黒までちゃんと用意されているし、その色にまつわるエピソードが教科書よりも絵の事を教えてくれたように思います。

もちろんそれが学び終わったわけではなく、一生続くのですが・・・。

まだほんの少しの色と形しか知らないですが、展示された絵は下手くそながらもそのわずかな色と形を表していました。


出品して展示してなければ、改めて自分の絵と対話することは出来なかったので、美術館の片隅で無言で佇んでいる自分の絵を見るのはとても貴重だなと思いました。



いろんな作品を見ると、その作品のなかで一番突出している色や形や意図が見えます。

今回の展覧会の出品者全員の作品を今日はゆっくり見ました。

愛や信念や迷いや不安など、たくさんの展示作品から見えました。



思うように行かない物事、信じきれない自分の本心、心にいつもあるもの、などなど・・・。

みんなその人なりに賢明に生きているんだと、思わされました。



家に帰る途中、夜空がとても綺麗な色をしていました。

オレンジ、灰色、青、藍色、黒のグラデーションでした。

コンパクトデジカメではなかなか上手く色が出ていませんが、綺麗な夜空を思わず撮ってしまいました。


【積極的に自分の闇と向き合え!】

【自分の心は本当は何を求めているのか?】


と言っているような色でした。
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# by matsu-komichi | 2012-09-12 21:17 | 美術


『コミチ ピクトゥーラ』 油絵・写真・音楽・自然観察を楽しみながら日記のようなものを書いています。


by matsu-komichi

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