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名残

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木の葉っぱが地面に落ちていました。



この葉っぱの色は何色でしょうか??

単なる 緑色 でもなく、黄緑色 でもなく、 茶色 でもなく。

枯れ草色とでも言いましょうか。


否、単に枯れているだけの色ではないので、枯れと言うのは違います。

昭和枯れススキみたいに、時代を付けた名前にするべきでしょうか?
(否、どんどん趣旨が間違って来ています・・・)


残暑色とか、夏の終わりの思い出色とか。






色が世界には沢山あって、瞬きするのももったいなくなる時があります。





このブログのパソコン画面を見続けている事も目には良くないのですが、この時期になると何故か本を読みたくなります。

本も目が疲れるので、少しずつですが。



まだ日中は暑いですが、朝晩はだいぶ涼しくなったので、秋の予感がします。

なので、読書の秋を先取りです。



私が一番最初に読んだ単行本は 赤毛のアン でした。

中学一年の時に読みました。

中学に入っても私は小学校高学年の時の担任の先生と仲良くしていて、その先生に 赤毛のアン の本を頂きました。




それ以来、私は 赤毛のアン が大好きです。

赤毛のアンは10冊のシリーズになっています。
そのシリーズをまた読み返したりしています。

アンとギルバートが切なくて美しい・・・




私は不思議な事が好きなので、以前に読んだ、梨木香歩さんの 西の魔女が死んだ も読み返しました。

そして、梨木香歩さんの他の小説も読んでみたいと思い、からくりからくさ という小説を読む事にしました。


何となく読んでみたいと思ったのですが、冒頭からとても面白くてぐいぐい引き込まれます。

やはりピンと来る事はスゴイです。




私は、海外に住みたいとかいう気持ちが一切なく、やはり日本が好きだなぁといつも思います。

梨木さんの本に、日本の昔からの色の名前がいろいろ出て来て、その読み方も好きだなぁと思いました。



藤色。紅梅色。漆黒。珊瑚色。萌葱(もえぎ)。滅紫(けしむらさき)。


景色の中にあるもの凄い数の色のなかで、色の名前を聞くと

『ああ、あの色だなぁ・・・』

と思えて、色の記憶が蘇ります。




私は油絵を描いていますが、よく

『これって日本画ですか??』

とよく聞かれます。


『いいえ、日本画の材料は一切使ってないです。油絵ですよ。』

と答えます。



『じゃあ何故、油絵なのに日本画っぽく見えるのか?』

とも言われます。

『たぶん、私が普段日本の風景の中で、色や形を見ているからでしょう。』

と答えます。



油絵を習って来たのに、自分でも最近は日本画っぽいなぁと思ったりします。

でも、日本画の材料は一切使う気がなくて、油絵の具の塗り重ねる所が大好きです。


キャンバスにガシガシと描くのが泥臭くて手ごたえがあり、好きなのです。



でも、日本画っぽく見えるのです。

日本が好きだから仕方ないのです。



春夏秋冬があり、季節毎の行事があり、花や月を愛でたり、お箸で米粒を掴む事。

風のにおいで季節を感じ、目で移ろいゆく景色を追う。

頭にタオルを乗せ、湯船につかって、鼻歌を歌う。



私はどうしても日本に生まれて来たかったに違いありません。





この、夏から秋に変わろうとする空気の香りがたまらなく、それを肴に一杯、といった気分です。





しかし、本当は本をゆっくり読んでいる暇は無く、来月末の展覧会の油絵を仕上げないといけません。






あかあかと日はつれなくも秋の風。

この道や行く人なしに秋の暮。




芭蕉さん、素敵です。
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by matsu-komichi | 2013-08-28 21:45

もがく事、磨く事

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深い緑を背景に、鮮やかな緑が映えます。




以前にもこのブログで書きましたが、私は宇多田ヒカルさんが好きです。

その彼女のご家族のニュースを聞き驚きました。



そのニュースを聞き、一番に思い浮かんだ歌がありました。

彼女の 【嵐の女神】 という歌です。




私はここ一番、とっておきの面白いネタを見付けた時、ある人に話したいと思ってしまいます。

その人は関西人でもないのに、お笑いが好きで、大阪の言葉をよく真似していましたが、全然関西弁になっていなくて、聞いてる関西人の私はしょっちゅう腹を立てて、

『もっと感情を込めてしゃべるんや!』

などと言って怒ったりして笑い合ってました。


時々、もの凄くその人と面白い話をしたくて仕方なくなり、ものすごく寂しくなります。

写真に話しかけても何も返事も無いし、部屋でひとりごとのように話している自分を虚しく思う事があります。




私は生まれも育ちも関西です。

普通に人と話していても、人が笑ってくれたりするので、

『ああ、自分は笑いの本場に生まれて良かったなぁ・・・』

としみじみ思います。



私の話で、大笑いしている人を見ると、自分も嬉しくなってつられて笑ってしまいます。

笑いは、人間の体にとっても良いもので、体の免疫力を高めたりします。
もっともっとたくさん、面白い話を友人にしてあげたら免疫力があがって元気になったのかもしれません。




笑いではないですが、歌もとても心をほぐしてくれます。

宇多田ヒカルさんの歌も、とても心に効くので、私は元気がなくなるとよく聴きます。


彼女の声は弦楽器の弦のようで、キリキリジワジワと胸の奥に響きます。

そんな彼女を産んで育ててくれた事への感謝を、衝撃的な事によって気付かされるなんて・・・・・・




一人でいる時、後悔や哀しみで押しつぶされそうになった時、何が救いになるのか?

もらうはずの暖かいスープがいつまでたっても自分の所に運ばれて来ない時、誰に思いをぶつけるのか?



そんな時、私はずっと自分を騙していました。
別になんてことない、と。


でも、いつの間にか、自分の知らない所でボロが出て、つまずいて、結局袋小路に陥っていました。


『ああ、悲しい。ああ、寂しい。』

ただそれだけの素直な言葉をかなり押しこめていたのでストレスが溜まり、人とギクシャクしたりしました。





宇多田ヒカルさんとは直接会ってお話する仲ではないですが、世間の事などは一切考えずに、自分の気持ちを言ったり叫んだり、泣いたり怒ったりを、どうか素直に出して欲しいです。



心をズタズタに切り裂かれた経験がある人は、その人の生きる為の道具をピカピカにしてくれると私は思います。

ある人は眼を。

ある人は声を。  

ある人は手を。


自分がその道具の加減に気付かなくても、必ず自分以外の誰かがそれに気付いてくれる気がします。




私も出来るだけ、気付いた事は人に伝えられる様になりたいです。
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by matsu-komichi | 2013-08-24 00:04

種と風

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10日以上の猛暑日が続いています。
掃除の仕事で、あり得ないくらい汗をかくので、もう何度なのかどうでも良くなって来ます。



先週、京都のギャラリーで版画のグループ展をしていて、京都に行きました。


本当に暑い最中、ギャラリーに足を運んで下さった方々、ありがとうございました。

私がギャラリーに居ない時に、絵を見に来て下さった方には申し訳ございませんでした。
芳名帳に知った名前を見付けた時はとても嬉しく、有り難いと思いました。




先週の金曜はギャラリーに居ました。

一緒に受付当番をしていた方と話をしていて、ジブリの 【おもひでぽろぽろ】 の話になりました。



こないだ 【風立ちぬ】 を見たので、私の頭の中にはよく『ひこうき雲』が流れていたのですが、その方との話で、おもひでぽろぽろの挿入曲の『The Rose』が私の頭の中のBGMになりました。

英語の歌ですが、歌詞を調べたらすごく胸に響きました。


掃除の仕事中もその歌が頭の中に流れていて、大量の汗をかいているのに、心はとても静かになり、タエコが過ごした田舎の夕暮れの中に自分もいるようでした。


人とゆっくり話をすると、普段の生活からは出てこない様な言葉があり、キーワードがあります。

それを追うと、一番に自分に今必要なものだったりするので、嬉しい驚きです。




愛は花、君はその種子。




いろんなモノを受け取り、種は芽吹き花を咲かす。

そして、花が終わり種が出来、風が種を運ぶ。




お盆の季節、亡くなった人達は私たちの所に来られて、また向こうへ帰って行かれました。

私はこういう、見えない者と見える者との行事が好きです。


会いたい人や、話がしたい人は、見えないだけで、いろんなキーワードをくれます。

大きな手や、柔らかい手が自分の頭を撫でてくれなくても、それを含んだ風を吹かせてくれます。





愛は川のようだ。

愛はカミソリのようだ。



全てが一緒に流れているようだし、とても深く傷付く事があったり、誰にも言えない宝を見付ける事があります。


明日も、歌を心で歌って、頑張ります。





先週ギャラリーに出した作品達です。

また、解りにくいアングルの作品写真ですが・・・


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森がテーマの展覧会でした。

森・・・と言えば、
即座に 赤毛のアン を思い付き、アンが切り株の机でお茶をしているような感じで作りました。


版画は年賀状の季節まではしないので、一件落着です。

次は油絵・・・・・。
(来月の展覧会に間に合いますように・・・・・)
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by matsu-komichi | 2013-08-19 23:42

暑い日の考察

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連日、猛暑です。

夕方、樹の側に行くと、綺麗な夕焼けが迫っていて、木々をオレンジ色に染めようとしていました。

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自分の家に、大きな庭があって、こんな大きな樹があればいいなぁといつも思います。

夕方でも、暑さはあまり下がっていないのですが、植物を見た感じ心がホッとして、その日一日の暑さを和らげてくれます。



こないだ、ずっと気にかけていた人と話す事が偶然出来て、ホッとしました。

ホッとすると、気が緩み、水彩画の水張りを6枚家でしたのですが、1枚失敗しました・・・。
(水張りと言うのは、水彩用の紙を水で濡らして板で出来たパネルに糊の付いた紙のテープで貼り付けます。水彩で着彩する時に、紙が水彩絵の具の水分でボコボコに湾曲しない様にする下準備です。)

上手く行く事と失敗の連続です・・・。



でも落ち込む暇なく、次にする事がやってくるので、

『なんなんだ、今年の忙しさは・・・!』

と思ってしまいます。




こないだ、テレビに俳優さんが出ていて、俳優になったきかっけを話していました。

学生の頃からの夢破れて、何も無くなった時に、ふと、幼い頃に好きだった事を思い出して、その道へ進もうと思った、と言っていました。

それが俳優という仕事でした。

下積みの期間はありましたが、いざ俳優になると、トントン拍子で仕事が決まり、叶えたい事も何年か置きに叶って行ったそうです。



へぇ~すごいな~、と思いました。



そういや自分もちょっと似てるなぁと思いました。
長年作品を発表しなかったのに、急に表に出す事になったら、いろいろと自分でピョンピョンと飛び石に飛び乗っているなぁと。



岡本太郎さんは

『上手くあってはいけない。綺麗であってはいけない。心地良くあってはならない。』

と言っていたので、私もずっと、絵は売れたりするものではないし、お金に換算出来るものではないと思っていました。


美辞麗句で絵を褒めちぎったり、趣味で描くナントカ画、とかあり得ない!と思っていました。

常にアバンギャルドで、絵は己の糞尿のようなモノ、とさえ思っていた時期がありました。



今でも、基本はそういうモノが根底にはあり、絵を褒められると

『自分の汚い事を表に出しているのに、この自分と人の温度差はなんなんだ・・・』

と思います。



誰誰のスゴイ方の下でお世話になっているとか、上下関係があるとかなんとか聞くと

『アホらし・・・・・』

と思ってしまうし、リーダーの教えに忠実になりそのリーダーの言うとおりに動く、というのがたまらなく嫌いです。

よく、私は真面目だと言われますが、そういう風な事も考えます。



なので、いつも人と自分との間にある温度差を感じます。

こんな私が戦時中に男子として生まれていたら、きっと隊長は困った事でしょう。



幼い頃、近所の年上の人が居て、友人と私とその人とで遊ぶ事がありました。

年上の人の存在は、優しいものでもありましたが、何故か威圧的な所もあり、私はけっこう自分の意見を言う方でした。

『それはイヤ、これは良い』

といった具合に。


すると、いつからか、その人は私の友人には優しくして、あからさまに私にはキツくあたってきました。

鬼ごっこをした時なんか、私がなかなか鬼から変われない様な手段を取り、友人が鬼に成ると

『鬼になって、可愛そう・・・』と言ってたりして、私がまた鬼に成るように仕組まれたりしました。


私は悔しくて悔しくて、家に帰ってから何度泣いたか・・・。



子供同志の事だから、今となっては思い出ですが。

でも、それと似た様なものを大人になっても見ました。




自分の考えに共感してくれない人や、自分が理解できない考えの人、いろいろいます。
でも、だからと言ってその人を攻撃しても意味はないし、する必要はないのです。

自分の美意識に当てはまらない、芸術はこうでないといけない、と主張はしてもその思いで人を良い悪いと判断しても意味が無いように思います。


強い思いはきっと魂の奥から来るものなので、自分では抑えきれないものなので、無理には切り離せないですが。

人の事まで考えられないくらい、自分のやる事に一生懸命に生きるしかないのかもしれないなと最近思います。



『文句言ってないで、実際にそこに行ってみればいいのに』

と思う事がよくあります。




暑いから動きたくない、とよく言ってしまいますが、動くと納得の行くモノが得られるモノです。


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by matsu-komichi | 2013-08-16 01:46

鼻の働き

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お盆の時期となりました。

お盆の時期に言う言葉ではないかもしれませんが、夏を満喫しています。

海へ行ったり、山へ行ったり、花火に行ったり、とかいう満喫ではないですが。



夏の暑さを満喫しています。


今、自分の部屋で油絵を描いています。
昨日から描き始めたので、まだ下地塗りの段階です。

さらっとそんな事を書きましたが、自宅で油絵(100号程度)を描くという事がこれほどまでに大変だとは思いも寄りませんでした。

アトリエを借りるというプロジェクトに入ってはいますが、締め切り差し迫り、自宅での制作となりました。



キャンバスを何個か作り、自宅に運ぶと、M100号はなんとか二階の自室に持ち込めたのですが、F100号は階段でつっかかり、自室では制作出来なくなり、仕方なく、一階の店で制作となりました。

お盆の時期は店を閉めているので、ほんの少しのスペースがあります。
空きスペース約畳1畳分・・・。
その畳1畳ほどのスペースで、分割して制作です。



しかし、スペースの小ささよりも私を悩ませるのは、油絵のにおいだったのです。

自分の部屋も約6畳の部屋ですが、いろいろ家具があるので狭く、油絵を押し入れに立て掛けて、そのすぐ横に布団を敷く、といった形です。

油絵は学生の頃からしているので、においには何ら抵抗はないと思っていたのですが、急遽寝床のすぐ側にM100号キャンバスが置かれる事になると、大変でした。

最初は、なんてことはない、と思って、換気をしながら寝たのですが、朝方、頭が鈍く痛くなり、気分が悪くなってきて、目覚めました。

今までにも、小さなサイズの油絵を自室で描いた事があったので、その時はなんともなかったので今回も大丈夫だと思っていたのですが、朝方、この自分の部屋に居たら本当にヤバい・・・!!となり、一階の居間に避難しました。



一階の居間の空気は、まるで軽井沢の森のようだと思いました。
(注:私は軽井沢には行った事はありません。)

普段、当たり前の様に過ごしている場所が、本当にスゴイ所なのだと思いました。

それだけ、大きな描きかけの油絵を置いた部屋の空気は危険でした。


そういえば昔、倉庫で油絵を描いていた時、倉庫に置いていた観葉植物の若い葉があり得ない形で曲がっていて、倉庫内の空気を植物にいっぺんに吸わせてしまったのだと思い、もう油絵を描く倉庫では植物は置かないと決めた事を思い出しました。


自然を模倣する様な絵を描いていても、その道具は科学的なモノなので、人体には良くないのだと思いました。

換気をよくすると問題は無いのですが、ただ換気をしていると、冷房はつけれなくて、結局夏をイヤと言うほど満喫できると言う訳です。




月曜日は版画の搬入作業のお手伝いの為、自室から離れ、夕方家に帰って来たら、においはかなり消えていました。



前にも書きましたが、人間の鼻というものは、本当に毎日毎日、あらゆる香りを嗅ぎ分け、危険を察知したり、良いモノを選んだりしているのです。

昨日、寝る前、確か鼻の粘膜が麻痺している様な感覚がありました。
朝方に頭痛を引き起こしてしまう前に、鼻は既に部屋の空気がおかしい事を知っていたのだなぁと思いました。
鼻は、もしかすると、自分の機能を自分で麻痺させて、科学的な香りを吸い込まない様にしようとしてくれていてたのかも・・・と思うと、鼻に申し訳ないと思いました。

鼻の言う事を聞いておけば良かったと反省しました。




でも、そんな鼻が喜ぶものも私は持っているのです。

京都のアロマとハーブのお店の方が作った 香り があるので、鼻の機能が低下すると、いつも香りのスプレーをシュッとするのです。

自分は嗅覚が犬並みに発達しているのでは?!と思うくらい、香りというものは私の健康状態に深く影響を与えるのです。

以前仕事で、クレゾールの原液を嗅いだ時は、3,4か月、鼻の片方の粘膜がおかしかったです。



絵の次に何が好きですか?と聞かれたら、私はきっと 香り と答えるでしょう。

香りはダイレクトに脳髄の奥にまで響き、視覚センサーを揺さぶるのです。



京都のその方が作った香りは、まるで四六時中香っていたら、配合の分量まで明確に鼻が分析しそうですし、いろんな香りを配合すると自然界にある固有の物質の香りに変化しているような、そんな気がしてなりません。

香りから、現れるイメージも凄くて、今まで普通に雑貨屋さんとかで買っていた香りはなんだったのか・・・?!というくらいです。



そんな、香りとにおいと鼻の関係。


学生の頃から、風邪を引いている人の近くに寄ると、時々私は鼻がビリビリと振動している様になりました。

鼻ってすごい!!



五感はまだまだ機能を持てあましているのだと思います。

日焼け止めを塗った肌は違和感を感じているし、ジャンキーなモノや肉を食べると、皮膚からそのものの香りが何時間かしたら漂ってくるし。

やはりここでも鼻は大活躍しているのです。




こうなったら、幸せとかチャンスの香りも嗅ぎわけれるような体になってみたいものです。


生き物の感覚がどれだけ使いこなせるか。


私は猫よりも犬が好きなので、やはり、鼻が決め手です。



9月の24日から始まる展覧会の絵が出来上がったら、香りを部屋で思いっきり焚き、鼻を労ってあげたいです。
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by matsu-komichi | 2013-08-13 00:54

見えない力の業

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上の写真は前に公園で撮ったものです。

この花はなかなか写真を撮らせてくれなくて、動き回る子供のようでした。
風が少し吹くだけでも、花がフワフワ揺れて、写真はブレブレでしたので、しっかりと撮るのに時間が要りました。



よく人に

『ブログの写真はスゴイカメラで撮っているんですか?』

と聞かれるのですが、全くスゴくないカメラで撮っています。
全てコンパクトデジカメで撮っています。


写真学科の知人が

『高いカメラを使うと、それなりに上手く撮れる』

と言っていましたが、私は情熱と辛抱強さがあれば、お手軽なカメラでもきちんと撮れると思います。


学生の頃はフイルムの一眼レフでよくモノクロ写真を撮っていたのですが、今は一眼は使っていません。
学生の頃は、モノクロフイルムを自分で現像していましたが、今は自宅に暗室なんてないので、自然とやめてしまいました。

でも、暗室が作れるような家に住む事が出来るようになったら、またモノクロフイルムをしてみたいです。



友人と、前にイケアに初めて行き、イケアのでっかい花瓶を目にしました。
小学生の背丈くらいのでっかい花瓶があり、私は

『この花瓶が悠々と置けるくらいのでっかい豪邸に将来住もう!!』

と盛り上がりました。

その豪邸に住めるくらいになったら、暗室も簡単に作れるでしょう。





今日はお昼に、しゅん・・・となる事がありました。

また怒りをあらわにする人の話を聞いたからです。


もの凄く怒ったり、いつもイライラしている人は、一体いつ、救いの手に気付くものなのでしょうか・・・?

イライラしながら、人を恨みながら、この世を去るのでしょうか・・・?


自分より年上の人間が居なくなって、自分の行いを正してくれるような人にもう会えないのだとしたら、それはそれできっと寂しいものだと思います。

自分のお母さんやお父さんや、自分を理解してくれる夫が側に居たら、その人のイライラは少しでも軽減していたのかなぁ・・・と思いました。


寂しいと、心がねじれます。
人が妬ましくなり、自分だけの事を解ってもらいたいと思うものです。

悪いモノにも手を出してしまうでしょう。

心が悲鳴を上げているのに素直になれず、イライラするものだから、誰も自分の闇に気付いてくれなくて、本当は誰かに寂しさを聞いてもらいたい。


そう思っているのかもしれないなぁと私は怒る人に対して思いました。



他人が寄り添えなくても、きっと何かが救いの手に成ると私は信じてみようと思いました。




私はよく、いろんなものはみんなエネルギーなのかもしれない、と思います。

見えるものも、見えないものも、みんなエネルギーで成り立っていて、それを自由に使いこなす為に、生き物は長い長い旅をしているのではないか・・・?と思います。



信じる事も一つのエネルギーで、祈る事も一つのエネルギーで、それを上手く使う事が出来たら、寂しさでいっぱいの人はいなくなるんじゃないかなぁと思います。




花からは無条件に信じる事や祈る事のようなエネルギーが出ているから、自然と、花を見る人は心穏やかになるのかもしれません。




イライラしている人や、クタクタの人に、

『おつかれさん』

と言っているような気がします。



人に自分を解ってもらえないという事を前提にしていても

『よくわかる。よう頑張ったなぁ。』

と言ってもらいたい気持ちをみんな心に持っていて、それをなかなか言われない事に傷付いているのかもしれません。



他人は自分の心まで見えません。
本当に言ってもらいたい言葉や、してもらいたい事が解らないものです。

だから思い通りに成らない事は極自然な事で、でも、思い通りに成らなくても巡り巡って納得行く時が来るのかもしれません。



ものぐさで、あまのじゃくで、ひっそりと地味にブログを書いている者ですが、私は信じる事を続けようと思います。

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by matsu-komichi | 2013-08-09 02:12

かみひこうき

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夕方、宮崎駿さんの 【風立ちぬ】 を観て来ました。

まだ観ていない方がいらっしゃると思うので、内容は言いませんが。



私の感想は・・・・・・

『かみひこうき』

です。



真っ白い紙を渡されて、ひこうきを作っても良いし、絵を描いても良い。




私はこの映画のコマーシャル映像を観て不覚にも泣いてしまったのですが、映画を実際に観ると、泣きませんでした。

私では解らない所がありました。
私の血肉にはないものがあり、どう頑張っても今の自分では歯が立たないと思いました。


ただ、心が揺れた箇所が2つありました。


もっと生きたかっただろうな・・・と思わせるシーン。

そして、紙ひこうきのシーン。




まだ観てない人は、レディースデーに是非行ってみて下さい。

あ!男の人は意味無いですね・・・。レディーが得する日なので(^_^;)



誠実な人の熱意は、種々雑多なものに巻かれても、何十年経っていても、涼やかで美しいと思いました。



私は、何をこれから観たいか・・・?

映画館から離れるに連れ、ズシーンとみぞおちにくるものがありました。



まだまだ、腕を振ってガシガシ歩いて、生きないと、と思いました。
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by matsu-komichi | 2013-08-07 21:29

師匠のような

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綺麗な花が咲いています。


眠いのに、ブログを書こうとしています。



いろいろと、人間なので、感情の幅があり、いろいろ考えるものです。

嬉しい事や悲しい事など。


でも、不思議と悲しい事や嫌な事や不安な事はもの凄く頑固に居座るもので、京都風に

『そろそろお茶漬け出しましょか~』

と言っても、なかなか帰ってくれません。


『なにグズグズ居すわっとんねん、われ!はよ出て行かんかい!』

と大阪風に言っても無駄な時があります。



哀しみや不安の記憶は一番脳にインプットされると聞いた事があります。

動物の時のなごりで、危険を回避する防御の役目だとかなんとか。


でも、人間となっているので、もはやグズグズしたり怯えて一歩も冒険をしないでいたら、危険を回避というより、幸せを回避しているようなものです。




人と比べると・・・・・

もうこんな年だし・・・・・

相手にどう思われるか・・・・・

失敗はしたくないし、カッコ悪くなりたくないし・・・・・



人はそんなバカな事を考えてしまう生きモノなのです。



自分の立場を優位に持って行きたいが為に、他人の荒を探したり、自分と比べて

『あの人より私が勝ってる』


とか思ったり、自分が劣っていると感じたり。



渦が巻く巻く、渦潮祭り・・・といった感じ。


そんな空気を察知して、さて自分はどうなのか・・・?と考えてみたら、目に見えている様は自分の心の裏返しのようだと思い、少し落ち込みました。




いろんな思いが交錯する中で、不安や哀しみをどうやったら軽減できるか・・・?

恐れや恨みなどをどうすれば良いか・・・?



それは全て、何かのエネルギーになろうとするもので、物体が平面上に立っていられる力に、動きと言うものを加えられる事で、その動きというモノを生み出す元になっているのだと思いました。


なんの動きに変えるかは、個人次第ですが、その動きは花の蕾を開かせたりする事に似ているのではないかと最近思いました。

まだまだ、熟考しないといけないですが、人間の動きのエネルギーは想いを喰って栄養とするのだと思いました。

そう考えると、正も負も、どちらのエネルギーも有効活用して、一個の絵にした方が良いなと思います。
欲望が強い人も、幸福を強く望む人も、絵描きになったら良いのになぁ、なんて思います。



花の様に、無条件に開いている事を恥じないモノって、スゴイなぁと思います。

なので花にはいつも負けてしまいます。

優しいし、潔い。

『師匠、カッコイイ・・・』

と一人花に呟きます。
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by matsu-komichi | 2013-08-07 02:02

水鳥のごとく

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近所の公園の池の鳥達です。


カメラを向けたら、なんとなく鳥がポーズを取っているようでした。

そして・・・・



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スイスイっと行ってしまいました。
綺麗な夕暮れとスイスイの鳥達。



スイスイっと優雅に動いてはいますが、水面下では足をめいっぱい動かしているのでしょうね。
こんな綺麗な姿で私も動けるようになりたいものです。

でも、実際は水面下も水面から上もバタバタです・・・。





ついこないだ、今月にする事になった展覧会の事を聞きました。

実は、春に個展をした時に作った木版画以外にも木版作品を作っていました!
(年末のバタバタした12月の末に!)


『来年、木版の展覧会をするから、作品出してみる?』

と年末にある人にお誘い頂き、

『えー!!春に個展があるのに・・・さらに木版作品が居るやんか・・・!!』

と心の中で叫び、このお誘いの分はなんとか年内に作ろうと思い、作ったヤツでした。



神経がかなり要る木版。

なので、春の個展の作品が出来上がった時は、

『もう年賀状の季節までは版画はしない!!』

と心に決めました。



なので、もう年賀状の季節までは彫刻刀は触りません。

でも、版画のグループ展を来週します。



ちょっと遠い所なので、どうも人をお誘いするのが気が引けます・・・。
いつも遠い所のお誘いをしてしまい、すいません・・・。

そして、このギャラリーでのグループ展の際はほとんどDMが早くに送られて来ないし・・・(ToT)




今年は本当に展覧会ずくめです。


9月の末には京都の美術館でグループ展。
10月は大阪のギャラリーで絵画の展示即売のイベント参加。
11月はまた大阪のギャラリーでグループ展と、作品だけが海を渡ったりする展示。


自分の出来る範囲での参加なので、グループ展が多く、見に来て下さる方々には私のまとまった作品を見て頂く事が出来なくて申し訳ないです・・・。





優雅にふるまう水鳥の様にはなかなか行きません・・・。



でも、自分のしたい事が出来ているのは、幸せな事です。

上手く立ちまわれなくても、肩すかしを何度くらっても、自分の場所に居れる事は嬉しい事です。



時々、本当に辛くなって、王子様が表れて、アタフタする私をササッと抱きかかえて白馬に乗り、目的地まで連れていって欲しいと思う時もあります。



でも、足にマメが出来ても自分の足で動く方が私には合っているから、こんなにノンビリなのだろうなぁと思います。




夕暮れの池の鳥を見ていると、

『お疲れさん』

と言ってくれているようにも思えるし、

『もうちょっとだから、まだまだ頑張りなよ』

と言われてる気もします。




こないだの日曜日にワークショップを終えた私を見た方が

『キラキラしてましたよ~』

と言って下さいました。


内心、クタクタでしたが、自分の出来る事をすると人にはキラキラとした姿に見えているのだと思い、とても嬉しかったです。



殆どの人がクタクタなのに容赦なく明日は来て、越えないといけない問題を毎日毎日与えられて、電車に乗ると、電車の揺れが母親のお腹の中みたいな心地で、すぐ眠ってしまいます。


一杯のお酒やタバコやお茶などで、その日一日の自分を自分で労う。

あるいは、好きな事をしたり、好きなあの人の笑顔を思い浮かべたりなんかして、心を落ち着かす。




本当に心が喜ぶ事はなんなのか?




と最近自分に問いかけた所、人が笑ってしまうようなバカバカしい事を心が言っていました。

恥ずかしくて言えないですが・・・。



本当の望みは、シンプルというか、単純というか、とにかく自分の心にダイレクトに響くものでした。



その為に、クタクタでもバタバタでもアタフタでも、何をしてでも動くしかないのだと思いました。





・・・・・・でも、やはり王子さんに抱きかかえられて白馬にも乗ってみたい・・・。


王子さんと言うと、モノに【~さん】という、あの感じがします。
お豆さん、とか、お揚げさん、みたいな・・・。
王子様より、王子さんという苗字の人に会いたいのか?!といった感じ・・・・・・

(王子さん、おーじさん、・・・・・オジサン!!オジサンは困ります!!)




王子様、と正しく発音したいと思います。





とにかく、また展示です。
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by matsu-komichi | 2013-08-05 19:02

惚れた日

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暑い一日でした。

今日は画材や梱包材などを買いにあちこち行きました。




夕方、地元に着いて、自転車を走らせていたら、いつもの道がいつもの景色ではなく、ジブリの映画に出て来そうな風景に変わっていました。



誰かが手描きしたような、オレンジ色の光と、真っ直ぐに伸びる道路と雑多な建物。

しずく と せいじ が自転車を二人乗りしている姿や、ナウシカ が雲の間をメーヴェで飛んでいる姿や、さつき と メイ のお父さんが家で書き物をしている様な、街にみえました。

何故なのか・・・?

解らなかったですが、自転車に乗り目に飛び込んでくるもの全てが絵画のようでした。



大学院に通っていた時も、こんな風に、景色が全て絵画に見える時がありました。

そんな事を考えながら、家でテレビを付けると、今日もジブリの映画がやっていました。




ジブリの映画が何故人を魅了するのか・・・・・?

なぜ、今日の景色はジブリの映画の様に全て愛おしく見えたのか・・・・・?



それは、きっと自分の声を観ているからなのかもしれません。

そして、自分の思いがしっくり合う瞬間に立ち会えたからなのだと思います。




私は、ジブリ作品で、一番心に響くのは トトロ です。

一番人が泣かなさそうな作品ですが、私は何故か トトロ を観ると映画の冒頭から涙がジワリと出て来ます。
初めから終わりまでキューンとしっぱなしなのです。


夏の匂いがして、蝉の声がして、暑いけれど哀しく冷たい記憶を思い出したり、蚊取り線香の香りや、おばあちゃんの着物を思い出したり、夏休みの家族旅行で兄が夏風邪を引いて母親を一人占めした事や、冷たい川に足を浸した事、いろんな感覚が蘇るのです。

この 呼び覚ます という作用がジブリ作品には多く散りばめられている気がします。




今日、私がいつもの景色を観て、違った印象を得た時も、呼び覚ますという感覚が使われていたように思います。

たまらなく愛しい人に会った様な感じもしました。



ラジオのチューニングが合った時の感じにも似てました。

その景色をまた写真に収める事が出来なかったのですが、どうしても心が記憶していて、心から離れません。



私は一目惚れというのはした事がないのですが、今日の出来事は世に言う一目惚れに近いのではと思いました。





心が記憶していて、心から離れないもの。

誰かと会っていても、何かの作業をしていても、ずっと心にある胸を締めつける笑顔みたいなもの。


心を奪われるという事は本当にあるのだなぁと思いました。



キラキラしていて、消えてしまいそうで、でもずっと自分の胸の奥にキューンと響いている、そんなもの。

それがジブリの映画にあったり、日常の中にいきなり現れたりしているので、驚きです。



8月もいろいろありそうです。
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by matsu-komichi | 2013-08-03 00:51


『コミチ ピクトゥーラ』 油絵・写真・音楽・自然観察を楽しみながら日記のようなものを書いています。


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