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ワークショップ無事終了

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『感動は冷めない内にかけ!』

ということで、今日のワークショップの事を書きます。



上の写真は、ワークショップの時に撮ったものです。


揃えられる範囲の素材を揃え、参加者さんに工作をして頂きました。





5月に自分の個展が終わり、それから、このワークショップの準備に入りました。

ワークショップなんてした事がなかったので、全くの一からの挑戦でした。


素材集めの為、いろんな画材屋さんに行ったり、新しく出来たという100円均一のお店に行ったり、ネットで取り寄せたり、安くて品ぞろいの良い問屋さんに行ったりと、暇があればあちこち歩いていました。

もちろん、沢山のマネーは持ち合わせていないので、本当に自分が揃えられる範囲のモノを揃えました。

もっと沢山素材があると思われた方がいらっしゃったなら、申し訳ございませんでした。


でも、この素材集めの行脚も、リメイクの見本作りの失敗・成功、ワークショップの内容の構成、どうやったらお客さんに喜んでもらえるか?自分らしい講座の作り方は?などなど、様々な事を経験出来ました。


ワークショップが終わり、終わった途端に、大の字で寝ころびたくなるくらいの気持ちになりました。

クッタクタになりましたが、春に参加したマルシェや、ゴールデンウィークの個展の時と同じ充実感を味わいました。



たかがワークショップで、クッタクタ、なんてアホか?!と思われるかもしれませんが・・・。

でも、心地良い疲れなのです。




何故かと言うと、見えない糸がまた少し見えたからでした。

自分一人で制作している時とはまた違い、人が一生懸命工作する姿を見れた事が何より嬉しかったのです。


その昔、大学生だった頃、中学に教育実習に行き、めちゃくちゃ退屈そうにしている子供や、授業とは別な事をしている子供がいろいろ居て、その子達にどうやったら先生の言葉が届くのか?と思っていました。


でも、今日、私のワークショップに来て下さった方達は、皆、生き生きとされていて、パワフルで、マイナスをプラスにするような方達ばかりでした。

好きなモノをするとなれば、やはりおのずとパワフルになるのだと実感しました。


大学生だった頃に見た光景は、単に美術が好きではないからだったのだと解りました。

確かに、私も、中学生の頃は、芸術系は好きでしたが、数学が大嫌いだったので、きっと教室の壇上から見える私はつまらなさそうにしていたのだと思います。




やはり、好きな事や興味のある事をしている時が一番人は輝くのだと思いました。

工作のワークショップをしている時、皆さん笑いが止まらない時と、全く喋らない時と、両極端にあり、全く喋らない時の皆さんの横顔はとても綺麗な顔をしていました。


私は、そんな横顔の方達に見惚れてしまいました。



臨機応変に失敗を成功に変える方や、自分の世界に入りとても集中する方や、天真爛漫に楽しむ事を続ける方、様々でした。





時々、

『私は何をしたら良いかわからない』

と、嘆いている人を周りで見かけます。


『私は何もできない。何が生き甲斐か解らない。』

という人もいます。


何も見つからないし、何も手元に届かない、と。



でも、自分というものは、自分ではよく見えないもので、いつも閉ざしているのは自分だったりするのです。

ダメな方へ意識を持って行ったり、わざわざ苦しい方を信じてみたり。



でも、今日、私のワークショップに参加して下さった方達は皆さん、陰なモノを自ら払いのけるような強さがあって、スゴイなぁと思いました。



一人の人間に、何もないはずがない!!と強く思いました。

閉じた扉がなかなか開かないだけなのです。

ワハハハッと笑ったりする事や、なんとなくこれをやってみよう!と思った事を楽しむ、ただそれだけで閉じた扉は0.1ミリ動くのだと思いました。


何もない所から、何かを生み出すのは、とりあえず手や足を動かす事なのかもしれないと思いました。


難しい昔の格言や、宗教の教えや哲学などがありますが、一番身近な良い教えは自分の隣に居る朗らかな人なのかもしれません。






大学生の頃、友人がサリンジャーの本を勧めてくれました。



アホな私はなかなか読解力がなくて、あまり読書が好きになれませんでしたが、今はなんとなく解ります。

サリンジャーの『フラニーとゾーイー』という本の中に、ふとっちょのオバサマが出て来きます。


ご飯を食べないというフラニーに、少しでも食べなさいという母。



何も受け付けないという人間に対して、温かいスープを出してくれるふとっちょのオバサマ。


ふとっちょのオバサマは、限りなくゼロになろうとする者に、1を与えようとする存在なのだと今は思います。



自分に投げられたモノが、ごく当たり前の様でどんなに奇跡的な事か。




不思議と、スプーンを使ってスープを一口飲むと解るのです。






文句タレも、批判家も、ウジウジした引っ込みじあんも、皆この夏は、今まで自分がした事ない事を一つやってみると良いと思います。






今日は本当に、私の企画したワークショップに参加して頂き、ありがとうございました。

人見知りなので、初対面の方と会うと、極度の緊張で体がこわばるのですが、楽しいお喋りをして下さったり、黙々と作業する綺麗な横顔を見せて下さり、私はとても幸せを感じました。
楽しかったです!
約3カ月をかけて、準備した甲斐があった所と、なかった所、半々ですが、心が満たされました。

ありがとうございました。


今日、ご参加頂いた方々のノートリメイクの写真です。

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向かって左の方の作品は、何層にも重なった層が出来ていて、一つ一つの層(経験)にまるで良く出来ましたシールを張っているかのようでした。

向かって右の作品は、金魚と金魚を抽象化したようなピンクの形が印象的です。
何かが昇華していく様を表しているように見えます。


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向かって左の作品は、ピーヒョロロと音が聞こえて来そうで、夏休みの楽しい始まりの音が鳴っています。

向かって右の作品は、動物的感覚は繋がっていて、一つの道を差しているようで、それを辿って行こうとしているような絵です。


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向かって左の作品は、丁寧に何かを採集してカメラに収めようとしているようです。

向かって右の作品は、完成された雅な世界の記憶を手繰り寄せて楽しんでいるような感じに見えます。




作品には必ず、その人の心が垣間見えます。
面白いものです。


参加して下さった皆さん、私にお付き合い下さりありがとうございました。

手仕事が皆さんの力になりますように・・・
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by matsu-komichi | 2013-07-29 00:14

投じる

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暑い夏の日でも、草は茂り風に揺れています。

道の脇の土手のような場所で、茂り過ぎているので刈り取られる時が来ると思いますが、この大きく揺れる草達はとても綺麗です。



そして、反対側には サルスベリ。
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去年、京都の美術館のグループ展でこの花をモチーフに描きました。

あれからもう一年経ったなんて・・・



女の人に受けが良かった絵でした。
あのサルスベリの絵は実は女の人の情念のようなモノを描いたのです。

なので、女の人に受けたのかもしれません。

私なりに、女の恨みを晴らす、といった気持ちを込めたのでした。
今だから言えますが・・・(笑)

さて、今年はどんな絵を京都の美術館のグループ展で出そうかなぁ・・・?
なんてフワフワ考えてはいないです。

既に構想は出来ているので、後は動くのみです。




明日、私は自分で初めて企画した工作ワークショップをします。

前日はきっと緊張するだろうと思っていたのですが、不思議な事に、ワクワクしているのです。

いろんな所に足を運び、いろいろ工作に使う素材を吟味して、自分で試して、失敗して、また試して、の日々が続きましたが、ようやく明日、その決着が付くといった所です。


その準備が今日はあったのですが、何が何でも絶対行かなければならない事が今日の夕方あり、準備の手を止め、猛ダッシュでその場所へ向かいました。
(自転車で言ったので正確にはダッシュではないですね・・・)


それは何かと言うと・・・



地元の年下の友人の無料ピアノコンサートでした。



友人は2番目に出演するらしく、私は初めの時間に間に合わず、1番目の人達の終わりくらいに会場に着きました。

汗が滝の様に流れていましたが、ハンカチで仰ぎながら息を整え観客席に座りました。

すると、友人が会場の端からピアノの前に出て来ました。

綺麗なインドのサリーを着ていました。


満面の笑顔で、友人は挨拶をしていて、すぐにピアノのイスに座り、呼吸を整え弾き始めました。

私は目を閉じて、聴き入りました。



真っ暗闇の宇宙の彼方から、一つの惑星が飛んで来て私の前でグルグル回っていました。
惑星が生まれてそして惑星に温度や湿度や生き物の気配がして、パァッと世界が虹色になりました。

虹色の蝶が飛び交い、懐かしい風景が広がり、また夕闇が迫り、そして静かな音が広がりました。

次に、ラヴェルが少し出て来て透明な階段を地面から空に作り上げました。
でも、階段が出来たと思ったら、急にキラキラと階段が無くなり、噴水のようなモノになりました。

噴水の水のしぶきが飛んで来て、涼やかになりました。

やがて、水しぶきの中に赤とんぼが飛び交い、夏の終わりの風が吹き、幕は閉じられました。



・・・・・なんという説明だ!!

と思われるでしょうけど、目を閉じていた私の脳裏に写った光景はそんな感じでした。



私としてはもっと、大きな音やもっと小さな音があっても良かったと思いましたが、全体的にとても素晴らしかったのです。

友人がようやく本腰を上げて作り始めた創作曲でした。

いつもはクラシックの曲をよく弾く友人ですが、クラシックの曲とはまた違った大きな広がりを音に表していて、やはりスゴイと思いました。


私はいろいろ好きなピアニストが居ますが、この私の友人は一番のピアニストです。

まだまだ原石ですが、絶対に友人は世界の人の心を打つピアニストになると思います。

インドの超魔術とアメリカの黒人の魂のコラボとも言いましょうか。
そんな印象を受ける友人です。



猛ダッシュした甲斐がありました。

時間の余裕がなくて、5分や1分でも無駄に出来なくても、この人の表すモノが見たい!!!

と思ったら、猛ダッシュして行くべきです。


息はかなり切れますが、ほんのわずかでもそのモノに出会える喜びといったらもうすごいです。


友人のピアノが聴けたのが嬉しくて嬉しくて、景色がより一層鮮やかに見えました。




昨日は、知り合いの方の個展に足を運び、目的地までの道中またも夏の暑さにクラクラしたのですが、その方の絵も素敵で、小さなギャラリーなのに大きな海の中にいるみたいで、雄大な気持ちになり心が涼しくなりました。




行って良かった・・・・・・



そう思える場所に行ける喜びをかみしめています。




自分から動く事は、骨が折れる事ですが、クタクタ感を帳消しにしてくれる程のモノが待っているのだなぁと思いました。




勝っても負けても、どちらでも良いです。

クタクタになるまで、人生を遊び尽くしたいです。


『思い残すことは無いぞー!!』

と言って、三途の川を渡りたいです。



気になる事や、気になる人を追いかけて行くのは実に面白いです。

たった一つの見えない真実だけで、景色が鮮やかに見えるのだから。



生き方はみんなそれぞれ違いますが、自分の本当の望みにただただ忠実になっていれば、他人がどんなに自分の許せない行動をしていても、気にならなくなるものです。

他人の事より自分を立て直す事に精一杯になるからです。



自分の持って生まれた心で、自分を完成させるのだから、あまりクヨクヨと周りを気にする事はないのだと、思いました。




私の心にボールを投げてくれる人達に感謝したいと思った一日でした。
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by matsu-komichi | 2013-07-28 00:25

言う事

本日は写真ナシブログ記事です。

私は結構どんな人とでも仲良くなったりする方なのですが、本当は内向的で人見知りなのです。
思った事もなかなか言わないし、周りの反応を気にしてしまうタチです。
こういう性格は、子供の頃から変わっていません。


なので家に居る時が一番リラックスできて、素のままでいられます。


思った事がなかなか言えないのはたぶん小学生の頃からです。

自分を押さえてしまうクセがあるのです。外では。



そんな事をしてるものだから、溜まる一方なのです。
アハハ、と笑うしかないくらい。

でも、そんな生き辛い性格ではあっても、なかなかこれが短所であり長所な所もあるのです。


ゆっくりなペースでしかも鈍いのですが、意を決してあることをすると必ず大きなものを得るのです。


今日はずっと言えなかった事をある人に言うという事をしました。
(普通の人ならそんな事普通に日常的に行ってるでしょう。)

言えなかった事を言うと、一瞬相手との関係がぐらつき、相手も私に対して言葉をピシャリと投げてくるのですが、そのやり取りを終えて数時間後に、

『ああ、私は自分の事を認めて欲しかったんや…』

と思いました。



言わないでいた時は、あーでもないこーでもないとあれこれ考え、相手の反応まで推測して、袋小路にはまるのですが、思いきって自分の声を相手にぶつけると、思ってもみない反応とかがかえってきたりしてまたイライラしたりもするのですが、言わないと自分の事が解らないのだという事がわかりました。

つまり、頭で考えているだけでは心は納得行かないという事なのです。

相手とケンカになっても、いくら自分の意見が滑稽であっても、心を納得させるためには言葉にする事が良いのだと、わかりました。

人という混沌の塊を人は内側まで見ない。
自分さえも自分が何を欲し、何に傷付いているかを知らない。

解らない塊を胸に皆が持っていて、それを骨が折れる事をして1つ1つ解って行く事が魂の求めている事なのかもしれないなぁと思いました。



解ってもらいたい。

認めてもらいたい。

受け止めてもらいたい。


のなら、考えてないで言葉にすると良いのだと、単純ながら思いました。

そしてそれでも解らないなら、大海原を漕ぎ出すしかないのだと。


そして大海原を漕ぎ出して、いろいろピンチに遭った事を解ってもらいたいなら、それも臆せず表して、自分が何をしてきたのかを見れば良いのだという事。

自分を押さえているのは自分で、押さえてしまう強力なフタがとれにくいのなら、そのフタが何故あるのかという事に着目して、それを臆せず表すと自分の芯に納得するのです。


回りくどいけれど、響鳴させながら距離や温度や心を測って行く事がしたいのだと、改めて思いました。

自分も鈍感なら、きっと相手も鈍感なのです。
人は自分ではないと思っている自分が引き寄せた世界なので。

『本当はこう思ってた』

『もっと知りたい』

『もっと話したい』

『気力が消耗するからイヤ』

などなど。


溜め込まずに少しでも言えるようになりたいです。
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by matsu-komichi | 2013-07-23 23:56

夕暮れの音色

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今日は用事があり、京都の四条烏丸に行きました。

晴れてはいましたが、暑さは少し和らいでいました。


四条の道路沿いの商店街を歩いていたら、空に飛行機雲が出ていました。

行き交う人の群れから、自分だけ止まった様に、私は端へ寄り飛行機雲を見ていました。


その四条へ行く電車の中で、ずっと私はある事を疑問に思い、誰かこの質問の答えを教えてくれ!と心の中で唱えていました。

そんな思いで四条に着き、烏丸の方へと歩いていた時の出来事です。
飛行機雲を見たのは。



その時は

『ああ、綺麗な飛行機雲やなぁ・・・』

としか思わず、やり過ごしました。



四条烏丸で烏丸線に乗り、北大路のギャラリーでのグループ展を見に行きました。

出品者の人といろいろギャラリーで話し、楽しい一時を過ごし、また電車で帰って来ました。



帰りは四条烏丸から乗り換え、三条に行き、三条からおけいはんで帰って来ました。


そのおけいはんの電車に揺られていた時、ふと窓の外を見ると、絵に描いたような青い色が街を包んでいました。


夏の夕暮れは明るい青い色で、上の写真の絵に使っている青色みたいでした。

絵の具の青い色に染まっている街はとても愛おしく、本当に絵の具の薄い明るい青い色が世界にあるのだと感動しました。


だんだんその青色は濃くなり、紺色になって行きました。

家の最寄り駅から自転車に乗る時は、月が出ていました。


月が出ている時でさえ、空は青色でした。

深い深い紺色に近い青色で、色が心に沁みました。



家に帰って来て、ご飯を食べて、テレビを付けたら、宮崎駿さんのアニメがやっていて、ボンヤリ観ていましたが、エンディングになり挿入歌が流れ出したら涙がジワリと目に浮かびました。



そして、そのアニメが終わり、今年の夏の宮崎アニメの特番が少し流れ、私は驚きました。

今日、電車の中でずっと答えを欲していた出来事から、ようやく答えのようなキーワードに辿り着いたと思いました。

否、今日一日の一連の出来事はこのほんの少しの特番に繋がっていたのだと思いました。



電車の中でずっと、何故?何故?何故?と問いかけていたからでしょうか?


宮崎駿監督の今年の夏のアニメの主題歌はユーミンさんの ひこうき雲 。

それは前から知っていたのですが、ひこうき雲という歌を知らなかったので、初めてじっくり聴き、良い歌だなぁと思いました。


その時、アニメのあらすじも少し紹介されていて、そのあらすじを知り、納得が行きました。

飛行機雲を四条の街で見たのは、これに繋がっていたのかと、あらすじを見ただけで涙が出ました。



ユーミンさんの歌は私はリアルタイムで聴いていた世代ではないのですが、大好きで、パソコンの中にも入れて時々聴いています。

【春よ、来い】【アカシア】【ダンデライオン】【優しさに包まれたなら】【hello,my friend】【あの日にかえりたい】
などなど・・・心に響く歌ばかりです。

こないだから、音楽の事もブログに書いているので、音がもの凄くクリアに聴こえて来ます。

【ひこうき雲】の歌は歌詞はあまり覚えていませんが、夏の日が陰り始めた空を飛ぶ飛行機雲そのもので、生温かい地面と河原の草を揺らす風を感じる音でした。



空がだんだん茜色に染まるのをじっと見ながら、自分の夢を信じてみようと決意したような。

どうする事も出来なかった死を、受けとめようとした日に見た空のような。

自分の行く末が見えない時の満員電車の中でふと見上げた窓の景色のような。


鮮やかで哀しくて誰にも言えないモノを空だけが聞いてくれたような。


そんなモノを思い出す、数分の夏の宮崎アニメ最新特番でした。




私は人が沢山いる映画館は嫌いなので、明日公開の宮崎駿さんのアニメはまだ見に行きません。
ちょっと空いたくらいのレディースディに行くのです。

大学時代の友人は、いつも初日に行くと自慢げに言っていたのを思い出し、

『ああ、また人ごみの中をかきわけて観に行くのだろうなぁ』

と思い二ヤリとなりました。





何年か前から、私は油絵を描く時、どうしても描きたいモチーフがその都度表れるのです。

それが表れるのは決まって、無念な気持ちや何かを晴らしたい一心の時に、ポワンとモチーフが決まります。



いろんな人が私の油絵を見て、素敵な感想を言ってくれたりしますが、私はいつも ”油絵は素敵なモノではない”と心で思っています。

感想を言って下さる人に反論をするわけではないのですが、素直な気持ちとして、”嬉しい!楽しい!”という感情で描いたモノは一つも無いのです。

ドロドロの後悔が引きずり出したボロ布のような思いや、積年の恨みつらみや、解り合えないどん底の諦めに似た思いや、泣き寝入りした思い出したくない気持ちを抱きながら絵を描くのです。

だから、

『素敵ですね』

なんて言われると、正直、赤面しそうになるのです。


でも、不思議なもので、どれだけ描き手が腐ったような気持ちを抱えながら描いていても、絵は反比例して生きるのだと思います。





病床の窓から見えた月。

別れを惜しんで泣いた目に映った嘘みたいな真っ白なシーツ。

もがいて引っ掻いた腕に滲んだ血の色。


鮮明に記憶に残るのは、私の場合、無念な気持ちの時や哀しくも美しいモノを感じた時で、そんなモノを実は絵にしていますなんて、大きな声では言えません。

何故言えないのか・・・?

言えない事程、己を眼の生き物にしてくれるのだと思います。




電車の窓からの景色が、夜ではなく、絵の具の色だと感じる事を、これほど愛おしくそして自分らしく感じる事はない、と思い、腐ったような心で描いている自分は何故か世界全体に抱きしめられているのだと思い、一人胸が熱くなりました。


片方の目がストレス漬けでほっておいたら失明するかもしれないという事を知った日、私は目が見える事がこんなに絵を描く自分にとって最高の宝物なのだという事を知りました。


まぁ人間なんて放っておいたら寿命で失明どころかぽっくり行くものですし、そんなに気にしてもいないですが。





何かを強烈に意識させる為に、自分に起きる事があって、それが生きる目的になって行くのだなぁと今日思いました。




夏が暑くて嫌だ嫌だ!と言っていましたが、夏の夕暮れは夏だけのモノです。

誰かの映画より、歌より、一番心に響く音が鳴っています。

そこん所は、やはり夏が来ていて良かったと思います。



ガンガンの蝉の合唱には毎朝参りますが、夕暮れが来ると思うと、夏も良いモノです。
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by matsu-komichi | 2013-07-20 00:46

響く力

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ちょっと前に撮った写真です。

これは何だと思いますか?


実はモクレンの花が終わった後に出現するモノです。

モクレンの花の内部は綺麗なピンク色とか黄色をしていたのに、花が落ちると緑色になるのです。

そして、このヤングコーンみたいなモノもやがて地面に落ちます。

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面白い形です。

見ていて飽きる事がないです。自然のものは。






さて、7月も半ばです。

今月に入ってから、全く思う事がはかどりません。

何故かと思ったら、天体の影響で、水星が逆行しているみたいですね。

夏バテかと思ったのですが、食べるものはちゃんと食べています。

なので、天体の影響が心の宇宙にも作用していると思われます。



懐かしいモノに心奪われ、昔よく聴いていた歌を聴いたりしています。

歌は良いです。

聴いていたその当時の自分に瞬時に戻れますし、絵とは違った意味で描く事を作曲家はしているなぁと思います。



例えば・・・・

絨毯を織るのが素晴らしく上手い人が一色の色の糸でいろんな図柄を織りこめて作った絨毯があるとします。

その絨毯はレッドカーペットの様に長く、その絨毯の上を堂々と歩くスターのような人。

曲の作り手は、いろんな要素を織りこめてはいますが、メインはスターなので、スターの衣装より煌びやかな見えない装飾品のようなモノで、絨毯を歩くスターを引きたてるのです。



見えはしませんが、音の中にはそんな装飾品のようなものがあり、スターを取り巻いている気がします。

エネルギーと言うべきかどうか解らないですが、見えない所にある音の1要素だと思います。


もっと解り易く言うと、美空ひばりさんの【川の流れのように】を聴くと、雄大な大河を私は思い浮かべます。

そういうものをイメージさせるのが、音の1要素なのだと思います。



曲を聴いていると、何か昔の事を思い出しそうになって涙ぐんでしまう事もあります。

ハッキリと思い出してはいないのに、込み上げて来るものがあり、一人部屋で鼻をすすってしまいます。




短絡的な行為が大問題になってしまう事を今日、ニュースで知り、もしかしたら長い間、知らず知らずの内に体に蓄積されたモノが人体に影響を及ぼしているのではないかと思いました。

直接胃に取り込むモノもそうですが、自分が覚えていないけれど心が記憶しているモノがやはりあるのだと思いました。


体や心から、なかなかそれが出て行かない、というのがお決まりになっていて、辛い状況が日常だと思い込んでいたりします。

心に問いかけても、シーンとしていて何も聞こえない、という状態で。




『ごめんね、本当はこう思っていたんだよ』

とか、

『これをしたのには、こんな理由があったんだよ』

とかを素直に言えたら良いのになぁと思いました。



心の奥の奥が、自分に

『ごめんね、本当はこんな理由があったんだ・・・』

と話し出したら、訳が解らないまま動き続けていた自分は納得行くでしょうね。



幾つもの弱さを内に持っている事、意外に自分では気付かないものです。



懐かしい歌を聴くと、そこらへんの弱い自分が曲の装飾エネルギーで少し落ち着く気がします。






もっと、響鳴する事が必要だと思います。



大人も子供も、響鳴力を養わないと、と思いました。
(響鳴力とは私が勝手に作った言葉です・・・)
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by matsu-komichi | 2013-07-18 01:17

現象ハーモニー

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蒸し暑い日が続きます。

樹の陰でひとやすみしようと思っても、さほど涼しくないのが困ります・・・。



暑さが苦手な私は、夏になると

『ああ、北海道に行きたい・・・』

と呟いてしまいます。
(北海道に行った事がないので。)


でも

『北海道も夏は暑いやろ』

と言われそうですね・・・(^_^;)


北海道の白樺の樹の林などで、恋人と追いかけっこなどをしてみたいです。
(恋人はいないので、友人と、となりますが・・・。)

その追いかけっこをしている時のBGMは絶対に 北の国から の爽やかなバージョンの挿入曲でないといけません。
よく北の国からのドラマで回想シーンなどに用いられている曲です。
(春の訪れを感じさせるようなシーンで使われている曲。)



と、暑さを回避するために日々妄想をしています。
(でも、妄想をするなら、友人ではなく、恋人と白樺の林で追いかけっこをイメージした方がいいのでは・・・?と今気付きました。)



ま、そんな事はどうでも良いのです。



最近、立て続けに、あるキーワードが自分の周りに現れます。

そのキーワードの良い点を話す人や、悪い点を話す人。


自分がそのキーワードに興味を持った瞬間から、バタバタとそんな事が私の周りに起きています。

良い点と悪い点。


どちらも自分の意見が正しいと信じているので、私の割り込むスキがないのですが、さてはて自分は良く思っているのか?悪く思っているのか?と考えると、あまりよく知らないくせに気になっていた、という事に気付きました。

私は、昔からあまり知りもしないのに気になり、選んでいた事が実に多かったのだと実感しました。

嫌いな事も、なんとなく嫌、という理由で選んでいない事が多いのです。



堅実で慎重な人なら

『なんという曖昧な頭なのだ!』

と呆れられそうです・・・。



でも、根拠もなく予め与えられる情報もなく、ピンと来るものがあるのです。

それを頼りに生きて来たのだから、我ながらアホで面白いです。


そのせいで、よく不思議な一致や偶然とは思えない出来事が起きています。


自分の合わせ鏡のような人や、自分の欲しいモノを含んだ出来事などなど。

私が地球の裏側に居ても、特定の人と同じモノを選んでニコリとほほ笑んでいるような事があるような気がして、場所も時間も、単なる概念でしかないのかもしれないと思ってしまいます。



和音や不協和音があるように、自分とある事象は音楽を奏でているのかもしれません。

気になるモノとの音楽はきっとバッハの曲のようなモノかもしれません。

タリラリと弾いたら、タリララララと流れるように自分の後を弾いてくれるような。

調和と誠実な祈りの旋律です。


何かの本で読みましたが、宇宙は全て調和している、らしいですね。
(何が調和しているのかはさっぱり解りませんが、宇宙はべラボーなモノの塊な気がするので、解らない大きな調和もあるのでしょう。)


あまり物事が上手く行かなかったり、進めたいのに進まなくてイライラする時が多々ありますが、自分の頭上には調和の音楽が鳴っていて、夏らしい音がキラキラしています。


もう七夕は過ぎて、織姫と彦星さんはまた離ればなれですが、夏の夜空は調和を奏でている気がします。


日が昇ればまた、空からテンペストが大音響で聴こえて来そうです。

あくまでも、私のイメージですが。



ハーモニーと言う名の現象の美。








7月28日(日)工作ワークショップ参加者募集中です
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by matsu-komichi | 2013-07-15 01:46

模様好き

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模様好きにはたまらない布の模様を何も考えず一日中眺めていたいです。


何も考えられない時が最近多いです。

それは何故かというと・・・・・・・暑いからです。


掃除の仕事に入っている時、あり得ないくらい汗をかきます。



私は普段からよく汗をかくので、友人が驚いて

『汗すごいよ!』

とよく言うのです。


そんな時、何故かちょっとイライラしてしまい

『それくらい私自身が一番よく知ってるわい!』

と言うのですが、掃除の時にふとトイレなんかで自分の姿を見ると

『汗すごいで、自分!!』

と言ってしまいたくなる程・・・・・。

まるで滝行でもなさったのですか?と言いたくなる程。



仕事の時は自分の事を 掃除の鬼 と暗示をかけて掃除をするのですが、仕事が終わって帰宅する時や、一晩寝てもずっと思考回路は停止中です。




それなので、模様を眺めているのが心地良いのです。

模様的に絵を描いてみようと思いました。


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木の国、日本列島、の模様といった感じです。


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山岳地帯の雲海の雲がやはり模様に見えます。


そして、暑い暑いと思っていたら手が勝手に同じ二文字をを連続で書いていました。
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字だって模様に見えます。



全てが模様に見えるのは何故・・・・・?!



なかなか進めたいのに進めない事があって上手く行かず、それも何故かと思ったら、天体の影響もあるらしく、なかなか人間は面白いものだと、雲海を眺める仙人気分です。




仙人と言えば、先日仙人のような人に会いました。

厳密に言うと、仙人ではなく、仙人役が似合いそうな同い年の青年です。


インスタレーションという現代美術をやっている、同じ大学出身の人でした。

その人と話をすると、意識が一気に大学時代に戻りました。



暑い暑い夏、大学に行くまで少しの坂があるのですが、その坂が辛かった。
そして、坂を登り終えても、学部の建物に行くまで更に歩かないといけませんでした。
(ま、そういう程長い距離ではないですが、なにしろ夏だったので、余計しんどかった・・・)

アホな私は暑いからという理由でビーチサンダルで大学に通っていたので、足がすぐに疲れました。



大学4年の時、クラスの皆(20人近く)で夏休みに、大学の宿舎がある和歌山の白浜に行った時の事。
夜、浜辺でバーベキューをしました。

一段落ついて夜空を見上げると、幾つも星が見え、流れ星も幾つも見ました。
皆が空を見上げていました。
ギターを弾いている男の子もいました。

大学4年で、もう1年も経たない内に卒業して、みんなどうなって行くのか?とか、自分はどうなるのか?と考えていました。
(結局私は大学院に進学しましたが・・・。)
夏になると、その時にみた星をよく思い出します。

そして、その時に見た静かな海。

真昼のカンカン照りの日差しの海も綺麗ですが、その時に見た夜の海は懐かしい場所や人に繋がっているような海で、不思議でした。



専門学校も大学も大学院も、いっぱいいろんな人に出会えて、そして今、またその人達との縁でいろんな事が成り立っているなぁと思いました。


人との出会いや出来事も、模様になるような気がします。

好きな人も嫌いな人も、良い味出して、良い模様に。

ドビュッシーのアラベスクのような、滑らかに流れるような模様。

アラベスク模様のような音楽と絵。

輪廻の中から逃げ出せないのではなく、軽やかになればふわりと、しがらみや苦いモノが溶けて行くような、そんな事を表しているような模様。



一番の思い出も、いつか絵に織り込めたいです。



2013年7月28日(日)工作ワークショップ 参加者募集中です
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by matsu-komichi | 2013-07-09 12:55

見えない真実

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日曜日、午前中からある場所へ出かけていました。


私の関わっているプロジェクトの一員の人の展覧会を見に行く為、初めて 能勢電鉄 というものに乗りました。

だんだん街から離れて行き、山の中を電車は走りました。
山登りに行くのか?!と思えて来て、不安が頭をよぎりましたが、とにかく行ってみよう!!と思いました。


目的地に着くと、やはり山登りの雰囲気漂う駅で、初めての所に行く時は必ず緊張してトイレに行きたくなるので、トイレに向かいました。

トイレを見付けて、さて一息付こうと思ったら・・・・・・・
トイレの入り口付近の窓に、私の苦手分野の虫がいました、大き目のヒラヒラ飛ぶ虫です・・・・・(ToT)

幸い、窓にひっついていたので、触らぬ神に祟りなし、という事で急旋回をし、トイレに行きたい気持ちを忘れる事にしました。




駅を出ると、本当にここは住宅街なのか?!といった感じでした。

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駅からの道を登り終わり、振り向くとこんな風景・・・。


その道の壁伝いのコンクリートには・・・
a0249049_0122311.jpg

こういう者がいました。


ここの土地で育ったプロジェクトの一員の人が何故天真爛漫なのかが解りました。


道を登り終えると、住宅街でした。
ベッドタウンで、大きなお家が沢山ありました。


駅からほんの少し歩いた所に、展示会場がありました。

展示会場と言いましたが、実はご自宅を展示会場にした、斬新な展覧会でした。

大きな洋風のお家に、その方の作品が所せましと飾られていて、暖かな展示だなと思いました。


でも、その展覧会のテーマは 岡本太郎さんか!?と言いたくなるような情熱的なテーマで、面白いなと思いました。

自分に起こった運命的な出来事をなんとかして消化させるため、一生懸命に何かを表そうとする姿勢が伝わって来ました。



その前日は、ご縁がありご近所さんの92歳の方とお話する事がありました。

耳に補聴器を付けて、時々は酸素のバックを引いたりしている方です。

腰や足が痛むと言いながらも、杖を使う事無く真っ直ぐな姿勢で歩いていらっしゃいました。

戦争で南方に行っていたお話や、幼い頃のお話やいろんな所へお仕事に行ったお話を聞き、体が弱ってなければまたいろんな所へ行きたいと仰っていました。

そんな方とお話が出来る事をとても有り難く思いました。




生老病死。

人間にはいろんな事が起き、その都度、人は何かを思います。

一つ一つの事が大きくて、でも他人からは見えないモノがたくさんあって、自分の足でその場所に動いて行かないと解らない事が沢山あるんだなぁと思いました。




こないだ、仕事でちょっとミスをしてしまい、上司さんに申し訳ない事をしてしまいました。
上司さんに手痛い事を言われてしまいましたが、何故か、私は冷静になり、上司さんも自分も、まだまだ周りを観察しきれていないのだなぁと感じました。


結果を見る事でしか状況を判断出来ない立場と、足しげくいろんな所へ動かないと事が見えない立場と、いろいろあるのだなぁと思いました。


見えない事が山ほどあるのに、決めつけて『これはダメ』と言ってしまう事は危険だなぁと思いました。


上司も部下にも、その人なりの真実があるので、柔軟にならないといけないなぁと思いました。

出来るだけ感情的にならずに、素直に謝り、素直に接する事を心掛けようと思いました。





人と関わると、見た目からは見えない所がじわじわと見えてくるので、焦らず、じっくりと観察して行きたいです。

その生活の中で見付けた貴重な見えない真実を絵にして行きたいなぁと思います。
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by matsu-komichi | 2013-07-02 00:56


『コミチ ピクトゥーラ』 油絵・写真・音楽・自然観察を楽しみながら日記のようなものを書いています。


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