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秋の始まり

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小さな植物も秋の装い支度です。



朝晩が冷えるようになり、秋の香りがしてきます。

秋と言えば・・・ご飯が美味しい食欲の秋です。

きのこの炊き込みご飯や、焼きサンマ、茶碗蒸しに入ったギンナン、柿、栗・・・などなど、秋ならではの食材が頭に浮かびます。

夏は暑いのでオーブンはあまり使いたくなかったのですが、涼しくなるとオーブンを使う焼き菓子も作りたくなります。

リンゴを使ったアップルパイも自分で作ると、焼きたてを食べれて最高です。
(でも、味をなじませる為に粗熱を取るともっと美味しいです。)

ドライフルーツのパウンドケーキも焼きたての香りが最高に良いです。



赤毛のアンみたいに、大きな切り株をテーブルにして、お茶や手作りお菓子を食べてみたい、というのがちょっとした夢です。
(アンタ、何歳やねん!!て言われそうですが・・・)



赤毛のアンと言えば読書の秋です。

私が初めて単行本の本を読んだのが赤毛のアンでした。



小学校の時の5,6年の時の担任の先生と今も連絡を取り合う仲なのですが、私が中学の時、その先生が赤毛のアンの本をプレゼントしてくれました。


今も時々、本棚から取りだして読み返します。

孤児院にいたアンは、緑溢れるグリンゲイブルスのマリラとマシュウに引き取られ、二階の自分の部屋の窓から見える目にも鮮やかな景色をこよなく愛していました。


いろんな場所に想像力で名前を付けたり、いろんな失敗や楽しい出来事を経験して、アンは勉強を沢山します。


素直で想像力豊かで勤勉なアンに、私は今も憧れます。

アンはグリンゲイブルスの村でギルバートという男の子に出会います。

ギルバートは最初はアンをからかっていましたが、やがてアンの心の美しさに気付き、アンに惹かれて行きます。

今の漫画やアニメみたいにハッキリくっきりの恋愛描写みたいなものはありませんが、自然の中でキラキラしたアンがギルバートの心を掴んで行く様はとても鮮やかな印象を受けます。

私が男性だったらやはりアンの様な全身で世界を愛している様な女性に惹かれると思います。


モンゴメリが生み出した物語ですが、素敵な物語はフィクションではなく、どこか遠い遠い時代に生まれた自分が経験した事を魂が記憶していて、ただそれを思い出しているのではないかと思います。




物語や歌や絵など、とても自分の心に沁み入って来るものはみんな、そういう要素があるような気がします。

自分という生は一度きりだと思いますが、私は遺伝子の中に組み込まれた膨大な情報や魂の中に刻み込まれた思いがあり、みんなリベンジしに来ているような気がします。


絶対に許せないモノや、もの凄く好きな事など、思い入れの強いモノは何か誰かに出会う為やある出来事を全うする為に必要なカギなのかもしれません。





気になる事や気になる人、何故かそれが今の私のキーワードで、今年からやっとカギを使って扉を開けたような感じがします。





さて、明日は芸術の秋を堪能します。

午前中は兵庫の美術館に行き、午後はこないだのグループ展で仲良くなった方のグループ展を見にまたもやマニアック大阪街に行こうと思います。

気になる絵にまた会える楽しみ。

(こないだはメイドカフェのメイドさんを生で初めて街で見て、内心かなりびっくりした33才です・・・。)


食欲の秋、読書の秋、芸術の秋の始まりです。
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by matsu-komichi | 2012-09-28 23:00

5円玉と星

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この週末、秋分の日もあり、ちょっと不思議な事がありました。

とはいえ、私はいろいろ不思議な事がよくあるので、不思議な事が起きた瞬間は驚きますが、ちょっと経つと不思議も普通に納得してしまいます。



正夢とか昔からよく見ます。

それに起きてても、不思議な事がいろいろあります。

・・・ま、それはさておき。



秋分の日、産土神社にお参りに行き、その帰りに駅の切符売り場で、切符を買う為にお金を機械に入れました。

10円のお釣りのはずが、なぜか5円玉が出て来ました。

・・・確か切符は10円単位の金額のはず。

・・・5円が出て来るなんて・・・??

と思いましたが、ハッとしました。


5円・・・ご縁・・・。


ベタなコントみたいで一人で笑いましたが、ご縁を信じたいなと思いました。





話は変わり、友人のライブに行く機会がありました。

学生時代の後輩にあたる友人です。



社会人になり、バイトを転々としていた頃、とあるバイト先で出会った同じ出身校の友人です。

その友人は音楽をしていて、とても綺麗な声をしています。


私はそのバイト先を辞めてからも、ずっと彼女のブログを見ていて、ブログにライブ告知があったので、今回7年振りくらいに彼女のライブに行く事になりました。


ずっとブログにコメントを時々書き込んだりするだけだったので、行こうか行くまいかかなり迷いました。

でも、なぜかどうしても歌声が聴きたくなり、行く事にしました。





ライブ会場は大阪の中心地で、最寄駅に着いた途端、マニアックな店・店・店・・・。


ライブが行われるカフェに行くまでに、やや迷いマニアックな店と人の往来激しくて、心が

『もう帰りたい!!』

と叫んでいました。


でも、心をなだめながら歩き、コンビニで道を聞き、ようやく到着しました。

カフェに入ると、ワンドリンクオーダーをする為店員さんと話をしていたら、店内に友人が居て

『聞き覚えのある声だと思ったら・・・』

と友人が声をかけてきてくれました。


さすが音に敏感な音楽系の人だ!!


と思いました。

その友人に、私は私の得意なミニバッグをプレゼントしました。

その友人のイメージに近い布で作りました。(上の写真)

布屋さんで、何故かこれだと思ったのです。

そしたら、友人も喜んでくれたので、かなり久しぶりの再会でどう接したら良いか不安でしたが笑顔が見れたので少しホッとしました。


・・・まだその時も何故星柄の布を自分は選んだのか?と不思議に思っていました。




友人のライブが始まるまで、客席で座って待って居たら、友人の声が聞こえてきました。

さっきは緊張していたので、よく解らなかったのですが、友人の話声を聴いていると、話声なのに鳥の声の様な楽器の音の様な不思議な感覚を覚えました。

いろんな人の声がカフェに飛び交っているのに、明らかに友人の声だけが突出して聴こえました。

『綺麗な声だなぁ』

と思いました。



今回のライブは2組に分かれていて、最初は別な組が演奏していました。

ゴンチチのような音を出すグループでなごみました。

ゴンチチの様なのに、ある曲のタイトルが大阪のある地名だったりして、かなり笑え、でも静かな場所だったので笑いをこらえました。



そして、いよいよ友人のグループの演奏が始まりました。

友人が歌い出しました。

すると、パアアァっと空間が広がり、一瞬にして星空の様な空間になりました。

カフェの演出ではありません。

私の音に対する印象です。



バイトを一緒にしていた時も何度かライブに行っていましたが、その時よりさらに歌声に磨きがかかっていました。




私は音楽を聴く時、目を閉じるので、また今回も目を閉じて音だけを感じました。


透き通っていて、ガラス細工みたいな感じがしたり、綺麗な水の流れを感じたりしました。




そして一番凄かったのは、彼女が海外で作った曲でした。

《一人ぼっちになった子供がたった一つの希望を夜空に見付け、夜空の星もその子供を必死に守ろうと一番強い光で道しるべになろうとした》

そんな絵本の物語の様な映像が瞬時に浮かび、真っ暗な夜空にキラキラの星が瞬いていました。
(歌詞はそんな内容ではなかったです。)

歌でこんなに鮮明な映像を感じたのは、美輪さんの舞台で歌を聴いた以来でした。
(美輪さんの時は虹色が会場全体を包み込んでいる様でした。)


小さなカフェで、こんな凄い歌が歌われていて、ほんの少しのお客さんだけが、彼女の歌の星空の中に居て、なんて贅沢な場所に居合わせているのか?!とものすごく感動しました。




私はこの夏、F100号サイズの油絵を3枚描きました。

大学の先生にはたくさんダメ出しされましたが、倒れても構わない気持ちで暑さの中、絵を描きました。

何故、倒れても構わないと思って絵を描いたのか?

その本当の理由は解りません。


でも、本当に何か言葉を超えたモノが人の中にはあり、それを様々な手段で人はそれを表に出そうとしているのだと思います。


今回の友人の歌声を聴き、何故か今年の暑い熱い夏は無事に終わる事が出来たと思いました。

なんの変哲もない下手くそな絵ですが、三位一体の夏の花の門を仕上げる事が出来て良かったと思えました。

友人の歌が聴けた事が無性に嬉しくて、勝手に

『聴けた事、これは自分へのご褒美だ!!』

と思いました。




帰りの電車の中で、

『そういえば、バッグの布の模様・・・星柄やった!!自分で選んだのに何で選んだか解らんかったけど、友人の歌声が星空やったからなんや・・・!!』


と選んだ理由に妙に納得行き、スッキリしました。





今やほとんど会う機会もない、ブログを見るだけの間柄ですが、私は友人の歌声が大好きです。

また場所を変えて新たに活動して行こうとしている友人に滑り込みセーフで会えました。

歌を続けていてくれて、ありがとう。





いろいろありましたが、良い夏だったなと思います。
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by matsu-komichi | 2012-09-24 01:22 | 音楽

ドーナツ考察

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以前ブログで、朝ドラの登場人物が言っていた言葉を取りあげました。

その言葉が今日も胸に響きました。


【ドーナツの穴はドーナツの一部ではないか?】





写真のドーナツは某ドーナツ屋さんの人気ドーナツです。

モチモチ食感で、ドーナツの中で一番好きです。

この丸い繋がったモチモチを一つ一つ食べる時の幸せ。



学生の頃、

『お前はしょっちゅうドーナツ食ってそうや』

と友人に言われた事があります。


・・・しょっちゅうなんて食べてません !!!

・・・でも、このドーナツは好きです!!!



・・・という事が言いたいのではなく・・・ドーナツの穴です。


モチモチ食感と、空の関係です。

ドーナツをドーナツたらしめているのは、実はこの空間なのではないか?!という、朝ドラの登場人物の発言に私はとてもとても感動しました。


モノの姿を表しているのは、見えないという部分も大いに作用している、という事です。

真ん中に穴が無ければ、ただの揚げパンです。(と朝ドラ登場人物も言ってました。)

ねじねじっとしたヤツはいくらドーナツ屋さんにあっても、【ザ・ドーナツ】とは思えません。



空の部分があるからこそ、ドーナツと認識出来るのではないかと、朝ドラの登場人物に激しく共感です。


要は見えない所が肝心なのです。

プロセスや思い、費やして来た部分はこの【空】の部分に表されているのだと思います。



誰かとの間での事もこれは応用できます。

ぎくしゃくしたり、イライラしたりする時は、殆ど、自分の思いや相手の思いが原因だと思うのです。


自分と同じ価値観を無意識に求めてしまい、相手が自分の思う様な言葉を発しないとたちまちキレてしまったりするのです。




例えば・・・相手が ありがとう という気持ちを表す時、

ある人は言葉もなくハグをしてきたり、ある人は大声でありがとうと叫んだり、またある人は何も言わずニコリとほほ笑んだり。



でも、

『 ありがとう というものを表すには面と向かって言葉でハキハキ言うべきだろ !!』

とか思ってしまうと・・・・・なんとも言えず、ダメだこりゃ・・・となってしまいます。


相手の真意は見えにくかったりするのです。

【空】に隠れているので見えないのです。



自分の価値観と言うものは、自分を形取る上でとても大切です。

でも、自分の価値基準で相手を見てしまうと、永遠に向こう側は見えてこない様な気がします。





ドーナツの穴のように、予め見えない部分があるからこそ出来上がるモノがあるという事。

このことはまだまだ考察の余地がありますが。


出来事や、人間には隠れて見えない所にこそ重要な要素が詰まっているのだと思えてなりません。





モチモチ食感ドーナツを食べると、いつもこんな事を考えてしまいます。



人間関係の事で悩んでいても、食べ終わるとスカッとしたりするので不思議です。



おそるべし、モチモチ食感ドーナツ。
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by matsu-komichi | 2012-09-19 20:58

展覧会・終了

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京都の展覧会会場に行く為によく使った電車から見える山と空です。

大阪から京都の境目くらいの、このあたりの景色が一番綺麗です。

電車の乗客は皆思い思いの事を電車でしていますが、ポカンと口を開けて景色に見とれている人は私以外他に居るだろうかといつも思います。

くっきりと木々の葉の色が見え、山が生きていると感じます。

空が毎日毎日違い、留まらない時を表しています。




今回は長い文章になりそうです。
(いつも長いやろ!と言われそうですが・・・)

展覧会が終わりました。

暑い中、たくさんの方が足を運んで下さりました。

出品した絵の、いろんな感想が聞けて、とても有意義な時間でした。



私は今回、植物の門を描きました。

その植物は さるすべり です。


でも、私の印象を混ぜて描いたので さるすべりのようなもの が正しいです。



昨日の土曜日、展覧会場で公開合評がありました。

その時はいつも通り、人前に出ると緊張してしまうので、作品についての事を上手く言えませんでした・・・。


なので、ブログで改めて作品について書こうと思います。



景色の中にある、言葉を必要としない救い、を描きたくて描きました。

人には言えない事、伝わらない事を受け止めてくれるような広がりに私はいつも助けられているからです。


夏に元気に咲く さるすべり の街路樹が私の住む街にあります。

駅までの長い道の脇に毎年ピンク色の花を咲かせます。

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こんな感じで、花のアーチが出来ます。

夏は私にとって、何十年も記憶に残る出来事があり、夏になると暑さは関係なく冷たいものを感じます。




何かを決意させられた時や、悲惨なモノを目の当たりにさせられる時が人にはあると思います。

その時の自分が事ある毎に出て来て、私はことごとくいろんな事に失敗してきました。


笑われたり、バカにされたり、何いつまで幼稚な事を大事に抱えてるんだと言わんばかりに接して来られた事が多々ありました。


心の中のしこりは腫れあがる一方なのに、現実は上手く行かない事だらけでした。

いろんな人に今まで出会って来ましたが、自分の心のしこりは誰にも見えません。

そんな思いを唯一大きく受け止めてくれるのが、景色でした。



そういった自分の体験の印象を絵にしました。


要は自分を自分で労いたくて、労いの絵を描く事を決めました。


大学の先生には

『写実的に描くなら写実的に、抽象にするなら抽象に、とメリハリ付けろ』

と言われましたが、今回、思春期の自分が現れて絵を描いた様な感じだったので、自分の描きたいように描く事を優先しました。

大学の先生には

『画面が汚い。ラインも嘘が多い』

と言われました。

それはその通りで、ごもっとも という感じです。

でも、私は今回、純粋に素直に絵を描く事をしようと思いました。


引っ掻くとどんな効果が生まれるか?

色を重ねるとどんな深みが出るか?

自分の表したい対象は何処にあるか?


という感じです。

大学で習った事や先生に習った事では、自分の表したい対象は表せないと思ったからです。

美術関係者の人には多分ダメ出しされるだろうと思っていましたが、私はここ最近、自分が歩んで来た事で表す事が出来るモノを軸にしようと考えるようになりました。

学校を卒業してから、いつも私はペインティングナイフで引っ掻きながら絵を描きます。

何故引っ掻くのかと言うと、魂に刻み込むという事が引っ掻く行為にしっくり合うからです。




トラウマ解消が目的ではなく、トラウマという絵筆が描く絵はどんなものかと思うようになりました。



そんな気分で描いた絵を、美術館の壁に飾ったら、なんとも不思議な絵に仕上がっていました。

油絵で描いたのに日本画に見えたり、さるすべりを描いたのに花が炎の様に見えたり、と自分でも予測しなっかった絵が出来上がりました。

嘘を描いていると大学の先生は言っていましたが、私は何故か、ずっとこんな絵を描きたいと思っていたのだと気付きました。

100%思った通りの絵 というわけではありませんが、これから描こうとして行く絵の軸が見えた様な気がしました。



大学の先生の意見は厳しいものでしたが、嫌味のない素直な意見で先生は真剣に話してくれたのだと感じ、私の絵と対話してくれたのだと思い、とても嬉しかったです。

ただ、普段、美術とはあまり関係のない人達の感想の方が、より私の表したいモノの軸を言い当てていました。

『心の奥に繋がって込み上げてくる様な感じがした』

というような意見が多く、不思議だなぁと思いました。



人知れず頑張る命が世の中には沢山あると思います。

その命が唯一己を解放するモノ。


そこに大きな救いがある気がして、絵になりました。





今日は展示最終日だったので、搬出を終え、手伝いの友人と夜ご飯を食べ、三条の川沿いで座り、川を眺めました。
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川沿いの飲食店の灯りが川面に映りとても綺麗で、夜風は優しく吹いていて、虫の声が聞こえ、夢心地でした。

ここにも救いがあるなぁと思いました。




そして、写真は前後しますが、展覧会の会場で搬出するまでの待ち時間、休憩所でも救いのような景色がありました。
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教会の様に自然光が窓から差し込み、讃美歌が聞こえて来そうな錯覚に陥りました。

丁度今日、聖母マリアのペンダントを首からかけていたので、マリアさんが天から降りて来たのかと思うくらい空間が清らかになり静かな気持ちになりました。




本当に、毎回展示をすると得るモノが多いです。

自分の事についての気付きもありますが、他の人の見えない部分も感じれて、とても胸がいっぱいになりました。


同じ出品者の作家さん達との交流も楽しかったし、話足りない人や、もっといろいろ話がしたい人など、いろいろいました。


本当に、お忙しい中、展覧会に足を運び作品を見て下さり、ありがとうございました。

私に良い刺激を与えてくれる出品者の方々、ありがとうございました。

搬入・搬出のお手伝いをしてくれた家族や友人達も、ありがとう。



以上、思いが冷めない内に書き込み、終わります。







そうそう、前に自分の油絵はブログに載せないと言っていましたが、ご都合上観て頂けなかった方にもやはり観て頂きたいので、ヘンテコなアングルで申し訳ないですが、載せる事にします。



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by matsu-komichi | 2012-09-17 01:16 | 美術

展示の不思議

今日はめずらしく(?)写真ナシです。



今日は受付人数が少なかった為、急遽また展覧会の受付に行きました。

すると、友人や小学校の先生や大学の先生が来てくれて、楽しい一日となりました。



三人とも三者三様、展覧会の絵の感想を言ってくれました。

友人は

『暖かかった』

と言ってくれて、

大学の先生は沢山ダメ出しして下さり、

小学校からのお付き合いの先生は

『歳を取ると、若いエネルギッシュな思いより、ささやかなものが伝わるモノがいい、アンタのはそれがあった』

と言ってくれました。

(確かに私はもう若くはないけれど・・・)

小学校の時の先生は、それからある人の作品の細かさに感心されていて、三人共、それぞれ好みが違い、異なる事を話してくれました。



a は b に伝わらず c に伝わる。

c は b に伝わり a には伝わらない。



と言った感じでした。


a の心は b には伝わらず c に伝わった。

b の心は a には伝わらず c にも伝わらなかった。 b は z に伝わった。


といった感じ。


お喋りな人が一生懸命 100 喋った事。

無口な人が一生懸命 1 喋った事。


どちらが良いとか悪いとかは言えません。

どちらも一生懸命なのだから。


『簡単に弱音を吐くな !』

という人と

『ストレスをためない為にも、愚痴は吐いた方が良い !』

という人。


人と人の違いがあり、思いの違いがあり、どちらを選んでも、賢明な事なのだと、今日思いました。






ブログで思いを書いても、100パーセント気持ちが落ち着くわけでもなく全て伝わるわけではありません。



時に私の思いが不快に感じる人もいるでしょう。

私と同じような心で居る人もいるでしょう。


一方的な書き込みなので、読んでいる人の反応は全くわかりません。

でも、人と人との違いがあっても生きて行こうと思うので、思いが伝わらない人にも感謝をしています。



私に出会ってくれた人みんなに出会ってきたので、私は今までやって来られたのです。

だから、伝わらなくてもいいのです。

誰かが誰かの手を掴んでくれていたら、どうにかなるのだと、今日思いました。


掴める人の手しか掴めないけれど、私が絵を描けているのはいろんな人のお陰なので、私の心が伝わらなくても、私はその人が好きです。




誰だったか偉い偉人さんが

『この世は全て自分の姿だ』

と言っていました。

もう一人ある方が

『それでも人を愛しなさい』

と言っていました。



あと2日で展覧会が終わります。

展示出来る幸せ。

それをこれでもかと感じていて、家に帰り一人になると意味の解らない不思議な涙が出ます。

不思議な感情です。



さて、明日も頑張ります。
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by matsu-komichi | 2012-09-14 21:28

対話

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今日は展覧会の受付当番の日でした。

朝からお昼過ぎまで、会場に居ました。

前回と同様、まだお客さんが来ていない時、自分の絵をじっくり見ました。

前回と同様、公の場に出れて、絵が静かにほほ笑んでいるようでした。





三連の作品なので、三つ並べて引きで眺められるのは展示して初めてでした。

改めて自分の作品をじっくり見ると、とても生生しい感情を感じました。



『見付けて欲しい』

『助けて欲しい』

『持ちきれない』


という自分の中の奥の奥の気持ちがある事を認めざるを得ない、といった感じで、必死に選んだのが【絵画】だったような気がしました。


小さな頃は絵を描く事が単純に大好きだったのに、思春期のある日、絵は辛いものを引き寄せてしまい、悲しさや不安や孤独というものも色や形になるのだと身を持って体験させられました。

醜いモノと清らかなモノは隣り合わせで、どちらも味わうようになっていたのだと今は思います。

自分の弱みが色になり、形になるなんてその時は思いもしませんでしたが、12色の絵の具には白から黒までちゃんと用意されているし、その色にまつわるエピソードが教科書よりも絵の事を教えてくれたように思います。

もちろんそれが学び終わったわけではなく、一生続くのですが・・・。

まだほんの少しの色と形しか知らないですが、展示された絵は下手くそながらもそのわずかな色と形を表していました。


出品して展示してなければ、改めて自分の絵と対話することは出来なかったので、美術館の片隅で無言で佇んでいる自分の絵を見るのはとても貴重だなと思いました。



いろんな作品を見ると、その作品のなかで一番突出している色や形や意図が見えます。

今回の展覧会の出品者全員の作品を今日はゆっくり見ました。

愛や信念や迷いや不安など、たくさんの展示作品から見えました。



思うように行かない物事、信じきれない自分の本心、心にいつもあるもの、などなど・・・。

みんなその人なりに賢明に生きているんだと、思わされました。



家に帰る途中、夜空がとても綺麗な色をしていました。

オレンジ、灰色、青、藍色、黒のグラデーションでした。

コンパクトデジカメではなかなか上手く色が出ていませんが、綺麗な夜空を思わず撮ってしまいました。


【積極的に自分の闇と向き合え!】

【自分の心は本当は何を求めているのか?】


と言っているような色でした。
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by matsu-komichi | 2012-09-12 21:17 | 美術

誕生日と空

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ルネッサンス絵画の背景みたいな空です。

とても静かな夕暮れ時の空です。

風はもう秋の気配を漂わしていて、虫の声が響いています。



来週から、展覧会が始まります。

1月の展覧会の時もそうだったのですが、会期が近付くにつれ、心がシーンと静かになります。

それまでは、

『ちゃんと作品が出来るだろうか?』

『いろんな人に見てもらえるかな?』

とかいろいろ考えてザワザワした気持ちなのですが、展覧会前になると何故か落ち着くのです。

余計な事はシュウウンと消えて行き、シンプルに、作品を発表出来る事が嬉しくてたまらなくて、でもまだまだながーい道を行く事を知っているので、まだまだ自分の作品は自分の思った通りには仕上がらないという事を感じています。


あんまり作品を量産しないので、学生の頃は

『もっと沢山描きなさい』

とよく先生に言われましたが、一点モノの油絵一つ描くのも相当頭と心を使うので、未だにポツリポツリとしか作品は作れません。

そんな感じで今の歳になっています。





先日、ある方のブログで、

『若い頃には出来なかった事を今とても楽しんでいる』

といった様な事が書いてあり、素敵だなと思いました。



私も、どちらかと言えばそんな感じです。

だから私は、10代や20代に戻してあげようと言われても、嫌だと言うでしょう。

思い出すだけで、腹の底から冷え上がる様な気持ちになる10代の自分にはもう二度と戻りたくありません。

同じく、20代もしっぽを追いかけては転び、それの延々繰り返しだったので、いくらピチピチお肌に戻れると言われても、私は嫌です。


年齢や見た目で判断する人は多いですが、私が良いなと思う人は皆、見えないモノを大事にしていて、心が年を取っていないのです。

だからいつ見ても綺麗に見えるし、日々魂は新たにされています。

そんな方達に憧れます。



地元の友人は25才くらいから

『もう25やで、四捨五入したら30やで !!嫌やわ~!!』

と言って嘆いていましたが、今も同じ様な感じで今の歳を嘆いています。

じゃあ一体いつが一番良いのか ? と私は思います。



こないだ、大学の友人の誕生日祝いをしました。

サプライズ誕生日にしたので、友人はとても喜んでいました。

3人でしたので、とても賑やかなパーティーになりました。

その時思ったのですが、誕生日が一番 【今】 を大事にできるものだなと思いました。



今、ここに居る。という事が一番だな~と思い、ほんの少しの量、お酒を飲みましたが酔いました。

キャアキャアと楽しむ友人の輪の中に居て、その雰囲気に酔ったのだと思います。




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雲が空を縫い綴じようとしていました。



その時その時にしか見れないモノ、感じれないモノが沢山あります。

空も、誕生日と同じ要素があるなぁと今思いました。





さてさて、今日は最後に告知です。

来週火曜日からの京都市美術館での展覧会、まだまだ残暑が厳しくお誘いするのが申し訳ないのですが、お時間ございましたら是非お越し下さい。
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by matsu-komichi | 2012-09-08 23:45

師の姿

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近所の公園で、冬に撮ったポプラの木です。

このアングル、ちょっと不思議です。

光と影みたいです。

両方とも同じ木です。



見方によっては同じ木も違う木に見えてしまいます。




私は 木 が好きです。

何故かと言うと、とても神秘的なものを感じるからです。

そして、姿形が美しいからです。

この【美しい】と感じるのはきっと木が内包している奥深さがあるからだと思います。



油絵のキャンバスは木組みで出来ているし、家も木で出来ていて、特に木造建築の家にいると木の中に住んでいる様で居心地良いのです。


昔見たアニメで 南の島のフローネ だったと思いますが、そのアニメでフローネの一家が無人島に辿り着き、大きな木の上に家を建てて生活していたのを見て羨ましく思いました。

フローネのお父さんは確かお医者さんだったと思いますが、やたらと大工仕事が得意で、家を作り、フローネ達が使うベッドやテーブルやイスまで作っていて凄いお父さんだと思って見ていました。


無人島で暮らすのはちょっと無理がありますが、やはり木造建築が好きです。



木は物質的にも精神的にも豊かなものだと思います。



北欧神話に、世界樹と呼ばれる【ユッグドラシル】というものがあります。

天界、地上、黄泉、その三つの世界にまたがる大きな樹木です。

その木の周りにはいろんな神話のエピソードがあり、木があらゆるものの根源的要素を持っているのだと思わされます。

私はいつかこのユッグドラシルを描いてみたいです。


シャーマンが木と友達になり木からインスピレーションをもらったり、熊楠と名付けられた和歌山の青年が世界的な学者さんになったり、屋久杉の森から日本を代表するアニメーションが出来たり、作物を実らす神様が山から下りて来て桜の木に宿り花を咲かせたり、木と人間の間にあるものが沢山あります。



木の側に居ると落ちつくし、百戦錬磨の師匠と対面しているような気持ちになります。

様々な世界神話や日本の神話を書かせたのは樹木なのではないかとさえ思います。

風景が人を育ててくれているような気がします。




近所の公園のポプラ並木は緑いっぱいの姿をしていましたが、秋を迎える準備をしている感じでもありました。

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秋になるとまた綺麗な色が木に宿ります。

1年通して見飽きる事のない 木 が大好きです。
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by matsu-komichi | 2012-09-05 23:53

雨と虹

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花の上に雨粒が乗っていました。

雨上がりの植物は何故こんなに綺麗なんでしょうか?


空を見ると、半月型の大きな虹がありました。
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急いで歩道橋に駆け上がり、まだ雨がパラパラ降っていましたが、傘を差すのも忘れてしまいました。

良く見ると、虹が2つ出来ていました。

2つ目はうっすらとしか見えませんでしたが、初めてダブルレインボーを見て感動して写真を撮りました。
(これは二枚の写真ですが、いつもタテ構図で写真を撮る癖があるので、この二枚は一つの虹です。パノラマ写真的に左右二回に分けて撮りました。その一つの虹の外側にもう一つ虹がかかっていました。解りにくくてすいません・・・)



3、4日前、不思議な夢を見ました。

晴れ渡った空に大きな入道雲かと思ったら、やけにリアルな龍の雲が天に昇っているような形でした。

その時も必死に夢で写真を撮っていました。



人間関係で納得行かない事があり、最近ずっともんもんとしていました。

眠る時に

『何故こんな事が起きるのか?!』

と心に問い、眠る日々が続きました。


すると、龍の雲を夢で見たり、現実で私の苛立ちを教え諭すような出来事が起きました。

私は価値観の違う人に対してもんもんとしていたのですが、現実に起きる事は嘘みたいに私の考えから外れたモノばかりで、初めは

『なんでこんな事ばかり起きるんや??』

と思ってびっくりしていました。

でも、私と価値観が違っている人の、事を起こす原動力というか根っこの部分は 【愛】 から発していて、私が考える愛とは別物だけれど、相手は相手なりに最善を尽くそうと言う愛から生まれた出来事だったのです。


自分と価値観が合わないとすぐに嫌気がさしてしまったりしがちですが、相手が何を根本に置き、何を伝えたかったのか?という事に気付かない時が多いと思わされました。


相手の気持ちになって考えよう、とかいう事を掲げたりしていますが、大抵自分の基準で物事を判断してしまうのだと、改めて感じました。

むむむ(怒)・・・と思うより先に、幾つもびっくりな出来事が起きたので、頭が

『いやいや、怒るより先にクールダウンや!』

となったのが良い結果を生みました。



トラブルや怒りが出て来る時は、相手を理解していない時が多いのだと思いました。

理解しようとしても無理なら、相手とやり合う(自分から意志表示する)。

解決しても、またトラブルが起きると、やっぱりまたちゃんと自分の意見を言わないと相手の意見も聞けないのだと思わされました。


そうやって、相手が自分の知らない愛情を持っていた事に気付くと怒りや不安はすうっと無くなるのです。

不思議ですが。

気付いたからと言って、自分が相手の心と一緒になるわけではないのですが、相手の愛情を知ると、不思議と怒りはおさまるのです。


心と心に虹が掛るような・・・

(カッコ良く言い過ぎですが・・・)

自分の周りに起きる事は、理不尽のようで、実はそうでない事が多いのだと思いました。
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by matsu-komichi | 2012-09-01 22:03


『コミチ ピクトゥーラ』 油絵・写真・音楽・自然観察を楽しみながら日記のようなものを書いています。


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