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静観

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グループ展が終わり、なんだか静かな気持ちになりました。


何故かアヴェ・マリアを聴きたくなりました。



シューベルトのアヴェ・マリアです。



静かな救いを感じる曲です。

歌い手さんの声は、女神の慈悲を歌うというより、聴く者の見まいとしている自分の心の部分に一石を投じるような感じです。


極端に暴走してしまう事や、自分の本心を認めない事や、弱さ、妬み、などを色濃くして行く様な、辛い過程をまざまざと見る修練みたいな感じです。





絵はいつも素直です。

音も、文字も、色も。



でも心は違う気がします。






自分や人の中に、からまる糸を感じたり、傷付いている箇所を見たりしても、私はアヴェ・マリアを思い出します。



どんなに深い黒いモノを内に秘めていても、その存在を見付け、『そのままの自分でも良い』と言ってくれるような気がします。





ビートルズの 『Let It Be』 にも、マリアが表れ囁いた、という歌詞があります。



心に囁くのは、悪魔でもなく、天使でもなく、神様でもなく、マリアの場合が多いと思います。

自分の代わりに、その目に涙を浮かべてくれるような、不思議な存在だといつも思います。



自分ではなく、他の誰かの安否を思う時も、その誰かにそっと私の代わりに寄り添ってくれているような気がします。


自分が嫌いな人も、苦手な人にも、出来ればそのような寄り添う存在があれば良いなと、思ったりします。




自然の美しさの中にもそれがあると思います。

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by matsu-komichi | 2012-04-30 12:47 | 音楽

木版画、展示その後

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最近ずっと木版画をやっていたせいか、こういう切り取ったモノに目が行きます。

桜の季節が終わり(否、まだ八重桜は咲いてます・・・)、チューリップやタンポポが公園で咲き乱れています。


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このチューリップは水彩絵の具で赤色をスィーっと走らせた様な配色に心奪われました。


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このタンポポは、真ん中の部分がたくさんクルンとなっていて、不思議でした。


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そして、何より新緑の美しい季節になりました。
(これは自家菜園のサラダ菜ですが・・・)




と、タイトルとはかけ離れた内容を書いていますが、なんと、展示した私の木版画が全て売れました!!

お手頃価格だった、という事もあり、一人の方が快く全部購入して下さりました。



ギャラリーで、びっくりして興奮して、しばらく滝の様な汗が止まりませんでした。


本当に有り難いと思いました。




深夜にも関わらず、興奮の冷めない、妙な気持ちです。

そして、まだあと一日展示の期間はあるのですが、今回もまた、かなりの収穫を得ました。




私は今回、車をテーマにしたグループ展に木版を出品しました。

お誘いを受けた時に、頭に浮かんだ私なりの車のイメージは【だんじり】でした。



次に、神様の乗る乗り物、神様の宿る木、といった具合に、トントンイメージが湧き、最終的には、木をモチーフにした版を作っていました。



【星車】 【陽車】 【月車】 【サオリ】 という4点です。
(前回のブログに写真を載せてます。)


星車、陽車、月車は樹木に車輪を付けた様な絵です。

この車輪のデザインは実はケルトの渦巻きから発想を得ました。
(でも私が描いた渦巻きはヘンテコな形です・・・)



そして、サオリ。

これは一説によると、山の神様が田畑に降りて来て、穀物を実らせる前に、一旦桜の木に宿るらしいのです。

何故宿るのかは解りませんが、【サ】は神様という意味で、【サ】が【降りる】といった具合で、【サオリ】と言うらしいです。



それが面白いと思い、その作品が出来ました。



展示して、いろんな人に見てもらうと、思いの外、高評価で驚き、買ってくれる人まで現れました。

木版画、失敗300枚も無駄ではなかったと思いました。





そして、今回一番気付いた凄い事がありました。


作品は作家が作って仕上げた段階では、いくら最高傑作でも 9割 の出来で、後の 1割 は見る人が居る事によって、完成するのだと思いました。




その事を示すとても印象深い出来事がありました。


私がギャラリーの当番をしていた時の事です。

お客さんがギャラリーに入って来られて、作品を見て、何の悪意もなく、ある作家さんの作品を見て笑ったのです。

それがお一人の作家さんではなく、複数でした。


『私ならこれやわ~』 とか 『これはこんな時の気持ちやわ~』 とか言って、カラッと笑ったのです。



吉本新喜劇のような腹を抱えて笑う【笑い】ではなく、乾いた突き抜ける笑いです。
(ちょっと説明し辛いですが・・・)


何かの本で読んだのですが、昔中国の偉い人が、夜空を見ていて、不意に雲間から月が覗いた時に、そういう笑いをしたそうです。
(この引用はもっと意味が解らないですよね・・・すいません)



小難しい事を考えずに、ただ面白いと感じた人の素直な表現を、私はギャラリーで見てしまいました。





昔、岡本太郎が万博の際、太陽の塔の事で、

『偉い評論家や美術家達に喜ばれるより、田舎から出て来た様々な家族に、作品の前で記念撮影されているほうがよっぽど嬉しい』

と言っていたのを思い出しました。




心に純粋になり、作品を作ると、そのような、岡本太郎が憧れた反応を得るのだと、今回の展示で思いました。




作家の純粋な気持ちから生まれた作品と、それを見るお客さんの姿を見て初めて、作品は完成するんだなぁと思いました。


作品が売れた事より、その仕組みが分かった事が何よりの収穫で、私は帰り道、自転車をこぐ足取りが軽く、
作品を作る情熱のスイッチがまた一つ押された気がしました。



そして、私のポートフォリオの油絵も面白いと言ってくれた人もいたりして、リンク展に続き、今日は人の反応に嬉しさを感じずにはいられない一日となりました。






次のグループ展の私の作品もおぼろげながら、決まりました。

【マギ・カルテット】です。


キリスト教の東方の三賢者と四重奏です。



私はキリスト教徒でもないのに、何言ってるんだ !

とお思いの方もおられるでしょう。



しかし、思い付いたのだから、それを表さずには居られないのです。

愛さずにはいられない、みたいな。

何故山に登るのか?と尋ねられ『そこにただ山があるからだ!』と言うように。




直感型人間ですが、その直感はいつもあながち間違いではないのです。

表すと、やはりそれを説明してくれる事象が後から後から現れるのです。




いつにも増して、文章ばかりのブログになってしまいました。

でも、表す事は、私にとって喜びなのです。


苦痛を伴うものですが、ひたすら無目的に宇宙に向かって爆発する岡本太郎のような気持ちに似てます。





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タンポポの綿毛も、密かに、爆発寸前です。
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by matsu-komichi | 2012-04-29 02:26 | 美術

突き抜ける

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油絵はブログに載せたくないのですが、木版画は何故か載せたくなりました。

版画を油絵より下に見ているとかそういう気持ちではなく、むしろ、今回は油絵より力を込めて制作しました。




木版画を本格的にしたのは初めてで、失敗の紙の枚数を数えると、約300枚・・・

木を彫る時にも失敗し、手にマメが出来、納得の行く摺りが出来るようになったのは、つい最近でした。


木を車に見立てた作品です。

ネット上ではなくやはり実物を見てもらいたいのですが、今回の展示は京都の北の方でのギャラリーなので、なかなか人を誘えませんでした。

遠過ぎて・・・




自分で納得行く作品が出来上がる時、絵が哀しみに満ちて突き抜けているような気持ちになります。

決して悲観的な作品ではなく、突き抜ける感、があるものです。



窮地に落とされて、逃げ場がない時の爆発するような心ひとつ。

過去も現在も未来も突き抜けて、意味の存在を笑うような、円空や木喰の仏像の笑みのようなもの。



モチーフを彫る手が震えるほど、切羽詰まった思いがあり、作品が煌びやかな姿になっても、その空間に綴じられた見えない要素は確かに在るのです。



綺麗な色が出せる時、気になる形が出来る時。

それらは心の中の膿んだ塊が表に出る時なのではないかと思います。




苦しい思いばかり抱えていたら、壊れてしまいます。

壊れないように、唯一、作品や言葉に表す事は許されると私は思います。

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by matsu-komichi | 2012-04-23 01:21 | 美術

木版

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ホームセンターで、木版画を彫る際に試し彫りに使う為、木材の小さな切れ端を買いました。

その試し彫り用の木が余ったので、ちびっこいモノを作りました。



私の大好きなドラゴンボールの悟空の乗る 筋斗雲 です。

・・・しかし、作って摺ってみると、悟空が乗るあの超高速筋斗雲とは印象が違い、超ノロマな動きをしそうな筋斗雲になってしまいました・・・。


作者に似たのか・・・?





筋斗雲は、心が綺麗な者しか乗れない乗り物です。

少しでも邪な心があると、乗れません。

私はきっと、乗れないでしょう。




今回、3月末からずっと毎晩木版画をしていて、やっと出来上がりました。

油絵とは勝手が違い、木を彫り、紙に摺るという行為にとても苦戦しました。



最近は毎年、年賀状を木版にしていましたが、きちんとした紙に仕上げる事はした事がなかったので、大変でした。


木版の人にやり方を聞こうとしたら、急用で会えなくなって、結局、自分で一からのスタートでした。





でも、たまに自分の専門分野以外の方法で制作する事は刺激がたくさんあり、良いなぁと思いました。

集中してくると、同じ速さで何枚も版を摺っていて、一段落付くと、一気に気が抜けて無気力・脱力状態、それの繰り返しでした。


しかし、とても心地良い疲れを感じます。


目の前の大事な事に一生懸命になる事が、また何か大事なものに繋がる気がしてなりません。




私の下手くそな木版、なんてことない作品ですが、何かを表したいと思った気持ちは素直に出す方が、次へ行く勇気をもらえる気がします。
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by matsu-komichi | 2012-04-19 23:12 | 美術

字と絵

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木版制作がやっと峠を越しました。

越した峠から、夜明けが見えた様な気がします。

(大袈裟ですが・・・)




絵具の筆でそんな気持ちを書いてみました。


しかし、私の毛筆は何故か味けないです・・・





小学校高学年の頃、私の学校は書道の時間に力を入れていて、たくさん字を書いた覚えがあります。

とめ、はね、はらい、の練習などをたくさんさせられました。

私は、あまり字が得意でなかったので、今だから言えるのですが、書道の時間は周りの皆とは違う意識で参加していました。



どういう意識だったかと言うと・・・

『習字の時間は図工の時間と一緒』

と思っていました。


字がどうやったら綺麗になるのかサッパリ解らなかったので、とりあえずお手本のマネをしようと思い付き、お手本の字を、まるで風景スケッチするかのように、見て書いていました。
 

すると、思いのほかお手本通りに書けたので、この考え方は良い!!と思いました。




小学校の頃から、図画工作の成績はとても良かったので、モノを見て書く事は得意だったからです。



他の友達は、上手く書けない事で手こずって何度も練習していましたが、私は図画工作意識で、スラスラ書いていました。



そして、ある時、私の住む地域の書道展があり、小学校高学年は皆、出品する事になりました。

何日か経って、担任の先生がホームルームの時間にホクホク顔で、このクラスから書道展に入選した生徒が居ると言いました。

金賞と銀賞を取ったらしく、先生がその生徒の名前を言いました。


『金賞は・・・○○さん!おめでとう!』

呼ばれたのは私の友人でした。


そして、次に銀賞の生徒の名前を先生が呼びました。

それは、なんと、私だったのです。



書道の時間なのに、図画工作意識で、ややずる賢い気持ちで書いた書が銀賞・・・?!


と思い、嬉しさより、何故か恥ずかしい気持ちになり、先生や友人は喜んでくれましたが、モヤモヤした気持ちでいっぱいでした。



その書道展の授賞式が市民会館みたいな所であるというので、私と友人は二人でそこへ向かいました。


会場に着くと、所狭しと壁にお習字が貼られていて、賞を取ったものには、折り紙で作られた金と銀のタグが貼られていました。


金賞も銀賞も銅賞も、複数いました。


私はその賞を取った字たちをゆっくり見ました。



賞をとった人の作品を何点か見ていると、私の友人の字だけがものすごく目に飛び込んで来ました。




その時、私は    『ああ、なるほど』    と思いました。



金賞に選ばれた友人の字はとても伸び伸びと大きくて、勢いがあり、清々しい印象でいっぱいだったのです。

お手本通りに書いた私の字は、大きさもなく、勢いもなく、ただお手本に似ているだけでした。




その時初めて私は 個性 というものを強く感じ、字を書く事も個性の表れなのだと思いました。


友人が金賞になったのは当然だと思い、自分はなんと事務的に字を書いていたんだろうと、恥ずかしくなり、授賞式から早く抜け出したいと思っていました。



それから、書道の時間にはもう図画工作意識で臨むのは止め、周りの友人たちと同じようにああでもないこうでもないと言いながら、ヘタな字を書いていました。


しかし、子供の頃の習慣は大人になっても根強く残っているもので、筆で字を書くと、小学校の頃の図画工作意識が出てくるのです。

初めに習い始めた時の気持ちは、良くも悪くもそう簡単にはなくならないのだと思いました。



だから、私は未だに字のコンプレックスがあります。

(小学校低学年の時は字の汚さ故に、漢字ノートを担任に放り投げられたりしたし・・・)


自分らしい字を書きたいなぁと思いつつ、書き癖を治せずじまいです。


でもまぁ、字は個性的でなくても、美術ならそれを挽回出来るなと、勝手に思ってはいます。




もう一つ、字を書きました。
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なるべく気持ちを込めて書きましたが、味気ないです・・・

でも、落ち葉や冬の木をイメージして書いたので、枯れ感、出してるなぁと思います。




とにかく、木版画、峠を越し、小躍りしたい気分です。
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by matsu-komichi | 2012-04-18 00:59 | 美術

桜の歌

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お昼におにぎりを作り、一人お花見に行きました。

本当は何人かで楽しくお花見をする予定でしたが、制作の時間が居る為、泣く泣く断り、短時間の一人花見となりました。



いつも行く公園のお目当ての桜スポットに行くと、人は一人もいなくて、桜を私一人占めの贅沢なお花見となりました。

地面にたくさん花びらが積もっていました。
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おにぎりを食べ始めると、ふわりふわりと桜の花びらが舞い降りて来て、とても綺麗で幻想的でした。

何処かにタイムスリップしそうな雰囲気でした。


去年、宮部みゆきの小説で、桜の木にまつわる怪しげなミステリーを読んだので、少し不思議な感じのするお花見となりました。



木の枝に咲いている桜の花より、散り行く桜の花びらの方が可憐で美しく力強い印象を受けました。

風が吹くと一斉に一方向に向かって無数の花びらがハラハラと舞う様は、誰かが何か大きな感情を表している様でした。






私の好きな画家、岡本太郎さんのお母さんは歌人で、桜の歌がいろいろあります。

その中で、私が好きなのは、



【さくらばな いのちいっぱい咲くからに 命をかけて わが眺めたり】



です。


とても感受性豊かな女性だったんだろうなと思います。





彼女はゴッホの糸杉の絵を見た時、


『本当に糸杉が燃えるような佇まいをしているのか確かめに行って来ます』


と言って、出かけて行ったらしいです。

彼女らしいエピソードです。





私は桜を見る度に、彼女の歌を思い浮かべます。



命をかけて眺める。





私が桜をそんな風に眺めているのかと言えば、そこまで眺めてはいないのかもしれません。


桜を見る度、何に対しても、素直に情熱を持って事にあたる事、と言われている気がします。




見る事で、心の中に満ちるものがあります。

言葉よりも、真っ直ぐ直接伝わるものが、いろんな所に存在している。




日々勉強です。

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by matsu-komichi | 2012-04-14 19:51 | 写真

絵の事

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またもや、制作脱線です・・・。


友人と南の島の話をしていたら、なんと、水入れに使っている瓶の水が南国の海の色の様になっていて、また魅入ってしまいました。



色はいろんな所にあって、目に見える視界の中の色を一つ一つ見て行くと大変時間がかかります。

視界の枠の中全部が一枚の絵の様に見える時もあります。


パレットの上に絵の具をのせて、思う色を作る時も同じ色に成る事はないんじゃないかと思うくらい、色はいろいろです。




学生の頃、人が絵筆を持ちキャンバスに向かっている姿を見ると、まるで魔法の杖を振りかざしている様に見え、そんな姿を見るのが好きでした。

その魔法は、自分にしか効かない魔法で、自分と世界との間を取り持ってくれるような気がしました。



周りと関わる術を教えてくれたり、心の膿を治療するべきだと教えてくれたり。

隠し持った秘密を絵なら表しても良いよ、と言ってくれたり。




今、自分の部屋で出来上がりつつあるたくさんの絵に囲まれているせいか、なんらかの治療センターにいるような気持ちになっているので、ふとそんな事を思い出しました。






いろんな思いを抱えながらも、めげずに制作して、出来上がった作品を見ると、いつも救われる思いでいっぱいになります。


自分よりも自分を知っていて、向こう側から私を穏やかに見つめてくれている気がします。

不思議です。
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by matsu-komichi | 2012-04-12 01:40 | 美術

木は語る

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只今木版を毎晩作っています。

彫っていると、木がクルンっと丸まり、可愛い形態になりました。

(彫らないといけないのに、何故クルンとしたモノを撮っているのか?!何故その事でブログを書いているのか?!)



彫刻刀を使うと、とても腕や指が疲れます・・・。

疲れを取る為に、ちょっと休憩をしようと思ったら、クルンとしたヤツの写真がどうしても気になりました。



人の手で木は加工されるけれど、木の本質はいつも 木 なのです。

チビッこくても、切れっ端でも、木は木なのだという存在感がすごいです。



硬い木や、柔らかい木があり、木版の葉書サイズの木でさえ、彫り易い所と彫りにくい所があり、これまた木の個性はいろいろです。



頭の硬い人や柔らかい人が居て当然だと、思わされます。

考え方が違う人が居て当たり前で、自分は自分以外には成れないし。



自分と考えが異なる人が居ても、同じ電車の座席に座って、電車の窓から見える景色を一緒に眺める事が出来たらいいなぁと思います。


(何の話やねん!!って感じですが・・・)




昨日、家の用事で なんば に行き、電車に乗って居る時、そんな事をぼんやり考えていました。


見ず知らずの人達が、同じ電車に乗り合わせて、みんな疲れた様な顔をして、眠っている人や、携帯を見ていたり、思い思いの時を過ごして居て、でもみんな目的地に自分らしい手段で向かっている。

木の様で、一人一人が美しく見えました。





さて、また木版を彫る事にします・・・。
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by matsu-komichi | 2012-04-06 23:49 | 美術

シイタケ

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友人からシイタケを頂きました。

広島の山の上で栽培されています。

肉厚で、香りも良くて、とても美味しいシイタケです。



私は、お料理上手という訳ではないですが、自分で作る事が基本的に好きなので、よく料理もします。




先日、友人に誘われて女子会ピクニックに行ったのですが、自分の作れる料理をお弁当に詰めたら、あら不思議。

見事に地味なおかずばかりで、友人達はいろいろ持ち寄ったご飯を写真に撮っていましたが、私は何故か地味弁当にちょっと恥ずかしくて、取れませんでした。

私は、白ご飯に合う常備菜を作るのが好きなので、やはり、地味な料理です・・・。

お料理上手な友人も居たので、ヒヤヒヤしました。




しかし、今日は美味しいシイタケがあるので、見た目豪華(?)に見えるかもしれない シイタケ肉詰め を作りました。

それがこちらです。
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シイタケのヘタを取り、シイタケのひだの所に具材を詰めてオーブンレンジで焼きました。

シイタケのヘタの部分もみじん切りしてミンチに混ぜ込みました。


シイタケの香りが良いし、食べ応えのある料理になりました。


鳥ミンチとネギと生姜と卵と塩・胡椒少々を混ぜて、少しカタクリ粉を入れ、シイタケに詰めて焼いただけです。

オーブンレンジで焼いたので、余分な油が出て、ヘルシーでとても美味しかったです。



料理をすると頭がスッキリします。

集中しているからかもしれませんが、イライラすると私は無性に台所に立ちたくなります。

(ただ・・・硬い食材を切る時や、ジャガイモの皮むきを延々とする時は肩が凝り、逆にイライラしますが・・・)



とにかく、お料理は頭を使ってなさそうで実は使っていて、脳にとって良い効果があるのではないかと思います。

あと、作ったモノを食べて美味しければさらに嬉しいし、一緒に食べた人が喜んでくれると幸せ気分になるし。




いつか赤毛のアンに出てくる様な、切り株をテーブルにして、ピクニックがしてみたいです。





ところで、もう一つ撮ってみた写真があります。
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シイタケと一緒に入れられていた、たぶんヒノキの枝だと思うのですが。



これがまた凄い形態をしていて、私の目は釘付けになりました。

幾何学模様のパーツを積み上げたような連なる緑。

レゴブロックや、ロボットの変身形のようで、とても面白い姿です。


自然が作り出す形は、驚きがいっぱいです。
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by matsu-komichi | 2012-04-03 20:54 | 料理

空間の文字

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桜はまだ少ししか咲いておらず、またもや モクレン の写真です。

このモクレンは、毎年不思議な姿を見せてくれます。

花が宙に浮いて、空間を楽しんでいる様に見えます。




この写真を見ていると、今年1月に出会ったものすごい書道家さんを思い出しました。

卆寿を迎えた書道家さんです。


私が大好きなイラストレーターのおばあさまです。

私は今年1月、好きなイラストレーターさんの展覧会があると聞き、その方や作品に会いたくて神戸に出向きました。


以前のブログに少しこの時の事を書いたのですが、今日また、この事について書きたくなりました。




神戸のギャラリーに着き、イラストレーターさんにもお会いし、彼女の作品を始めに見ました。

重たい荷物をポーンと放り投げて、芝生の上で寝っ転がるような印象を受けたり、ケルト音楽や神話を思い浮かべるようなイラストを描く彼女の世界が私は大好きだと改めて思いました。


見終わると、何やら見慣れぬ絵のような字のようなモノが私の目に飛び込んで来ました。




それは 書道 だったのです。

(展覧会は、イラストレーターさんとその書道の人の2人展だったのです。)



初めて見る不思議な字体の文字に私は腰が抜けました。


篆書 という文字でした。

『壺中天』 や 『金字塔』 や、一字一字に仏の姿を描いた 『一字一佛』 など、漢字の美しさや、字と字の間にある空間の美しさに驚き、足がガクガクしました。


他にも、絵と文字を合わせた書道が幾つかあり、一つ一つの文字が走り出しそうで、なんじゃこれ!!と唖然としました。

その方が丁度会場にいらっしゃって、卒寿を迎えられていて、立ち居振る舞いも、その方の文字同様、とても清々しく美しいのです。


美しい雰囲気を出している方には、なかなか近付けないもので、話しかけたいのに話しかけられませんでした。



その方は若い頃は絵を描いていらっしゃったみたいで、その絵も抜群に上手くて腰が抜けました。


とにかく、今まで私は書道展を見る機会もなかったので、書道家さんの事は何も知りませんでした。

でも見付けると思っていなかった場所に、とんでもない人がいました。


岡本太郎、田中一村、に継ぐ、私の心を捉えて離さない人です。

書道をきちんと習った事がないので、よくわからないのですが、限られた空間の中で、字が美となったり、字が遊ぶように飛び跳ねたり、字が景色を思い浮かべさせてくれる事を、初めて知りました。


モクレンの枝や花みたいだなと、思いました。




書道家<春水>さん。

彼女のような心で作品を作れたらいいなと思います。
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by matsu-komichi | 2012-04-01 22:45


『コミチ ピクトゥーラ』 油絵・写真・音楽・自然観察を楽しみながら日記のようなものを書いています。


by matsu-komichi

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